第1回 賃料滞納を理由とする建物明渡請求訴訟
相談事例
相談者は、東京都23区内に賃貸用の商業ビルを保有し、その1階を飲食店に賃貸しています。
ところが、賃借人は、入居した当初から1カ月分、2カ月分と賃料を滞納したかと思うと全額支払い、また何カ月かすると1カ月分、2カ月分と賃料を滞納するというのを繰り返し、度重なる督促にもかかわらず、毎月きちんとした賃料の支払いがなされませんでした。
相談者としては、任意の交渉ではらちが明かないので、法的手続きにより建物の明け渡しを求めたいという相談でした。
不定期な支払いを繰り返す入居者
契約解除の要件は信頼関係の破壊がポイント
建物の明渡しを求める前提として、賃貸借契約を解除する必要がありますが、賃貸借契約では賃料不払いという契約違反があっても直ちに契約を解除することはできません。
「契約違反により、賃貸人と賃借人との間の信頼関係が破壊された」といえるときに初めて解除が認められます。私の経験上、最低でも3カ月以上の賃料不払いがないと、 「信頼関係の破壊」 、すなわち契約解除を認めない、というのが裁判所の通常の判断です。
もっとも、私が提訴した建物明渡事案の中に、 「賃借人は決して3カ月までは滞納しないが、1、2カ月の滞納を何度も繰り返した」というケースがあり、裁判所はそれでも信頼関係の破壊を認定したことがありますので、一律「3カ月滞納」が基準となるわけではなく、裁判所の判断は事案の詳細によると思われます。
さて、今回の相談では、入居当初からの1カ月、2カ月の賃料延滞が繰り返されたということですから、裁判所に行っても信頼関係は破壊されているという判断を得られる可能性が高い事例ということになります。
支払い催告と解除通知を行い解除手続に進む
さて、賃料不払いによる信頼関係破壊を理由に解除したいとき、賃貸人は、賃借人に対して直ちに契約解除の通告をして建物明渡しを請求できるかというと、そうではありません。
よほどの長期にわたり家賃滞納がある場合を別として、 「滞納している賃料を相当期間に支払え。支払わない場合には、契約を解除して、建物の明け渡しを請求する」旨の「停止条件付解除通知」をする必要があるのです。ここでの「相当期間」は、7~10日程度でしょう。
相談事例では、私が相談者の代理人名義で、賃借人に対し相当期間を10日間と定めた停止条件付解除通知を内容証明郵便で送付しましたが、賃借人からの支払いはありませんでした。
これで賃貸借契約を解除し、建物明渡しを求める形式的要件はそろったということになります。
さて、賃貸借契約を解除しても賃借人が建物を明け渡さない場合には、当該建物の所在地を管轄する地方裁判所に、建物明渡請求訴訟を提起することになります。
この場合、明渡訴訟の中で、延滞賃料と遅延損害金の支払いも合わせて請求します。また、賃貸借契約に連帯保証人がある場合には、連帯保証人に対しても延滞賃料と遅延損害金を支払うように訴えるのが通常です。
相談事例においては、東京地方裁判所に、賃借人を被告として建物明渡請求訴訟(延滞賃料等の請求を含む)および連帯保証人を被告として延滞賃料等の支払請求訴訟を提起しました。
延滞賃料の免除を条件に早期の明渡しを促す
提訴すると、裁判期日1回目は被告が欠席することが多く、通常2回目から本格的な審理が開始されます。賃借人が出廷するケースでは、 多くの場合、 賃借人から「延滞賃料の全額を支払うので賃貸借を継続してほしい」という主張がなされます。
両者間の信頼関係が破壊されている場合であっても、裁判所は賃借人保護を念頭に、通常まずは現在の賃貸借契約を継続する方向での和解案を賃貸人側に勧告します。
この場合は、延滞賃料を全額支払うことを和解の条件とすることが多いので、賃貸人も和解に応じるケースが多いということになります。
しかし、賃貸人が建物明渡しを求める意思が固い場合、 裁判所は、次善の策として、任意に(判決に基づく強制執行ではなく、自らの意思で)建物を明渡す旨の和解案を、賃借人側に勧告します。
この勧告の際に裁判所は、賃借人が任意に建物を明渡す代わりに延滞賃料の一部または全部をカットするという内容での和解案を提示することもあります。
賃料不払いの多くの場合、賃借人には資力がなく、任意の明渡しが実現すれば、判決に基づく強制執行よりも費用面や時間面で賃貸人側にもメリットがあるので賃貸人も延滞賃料のカットに応じるケースはあります。
反対にどうしても和解が成立しない場合には、裁判所は判決を下し、それに基づく強制執行で明渡しを実現することになります。
相談事例では、裁判所は、賃借人の賃料延滞の実態から当事者間の信頼関係は破壊されているという心証を示した上で、 「延滞賃料の免除を条件に、賃借人が早期に建物を明け渡す」という内容で両者に和解案を提示し、裁判上の和解を成立させました。
裁判上の和解が成立すると和解調書が作成されます。和解調書があれば、万一、賃借人が和解に違反して明け渡さない場合にも和解調書を「債務名義」として強制執行ができ安心です。
相談事例では、和解条項に定めた期限までに賃借人が建物を明け渡し、無事解決となりました。
POINT
1 賃料不払いを理由に解除する場合、通常は3カ月以上の延滞が必要になるが、賃料延滞の状況を総合的に判断される。
2 延滞賃料を免除してでも早期に任意で明け渡しをしてもらうことにはメリットがある。ただし、強制執行ができるように裁判上で和解をすることが重要。
神田元(かんだげん)弁護士
住友商事での勤務を経て、弁護士に転身。松尾綜合法律事務所で研鑽を積んだ後、独立。独立前から、立退き、賃料増減、境界紛争、その他不動産問題を多数解決し、神田元経営法律事務所ホームページに解決事例を掲載中。現在、東京弁護士会マンション部会会長を務める。弁護士ドットコムや賃貸トレンドからの相談も受け付けている。