無効判決のなぜ 前編
1 事実関係
Xさんは、家族に妻、長女、長男、次男を持ち、およそ10億円の純資産のある資産家。何の対策もせずにXさんが亡くなると、遺族が負担する相続税の総額は3億円ほどに上るはずでした(筆者による推計)。
そこでXさんは左記のような対策を講じました。
2 事件経過
相続人たちは、国税庁の定める「財産評価基本通達」 (以下、 「評価通達」)によって、甲不動産を2億円、乙不動産を1億3300万円と評価した上で、債務を差し引いて相続税を0円と算定して申告しました。
ところが札幌南税務署長は、申告後3年を経過した16年になり、評価通達6項を適用して、不動産鑑定士による鑑定(収益還元法)により甲不動産を7億5400万円、乙不動産を5億1900万円と評価し、Xさんの相続人たちに対し、3億円を超える相続税を納税するよう求めました。
・Xさんの相続人たちの主張
評価通達に基づいて算定されたプラスの財産から負債を控除すると相続税の基礎控除に収まるため、相続税は0円
・税務署長の判断
この評価通達について、 「この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する」という条項があります(第6項) 。
今回の事件で税務署長は、この評価通達第6項を持ち出して、評価通達の計算方法を使わずに、改めて不動産鑑定士による鑑定で甲乙不動産を評価し直した上で、相続人たちに対し、2億8600万円の相続税と4300万円の過少申告加算税(15%)の合計3億2900万円の支払いを求める更正処分および過少申告加算税の賦課決定処分を下しました。
相続税法22条は、相続税を計算するときに必要となる遺産の評価について、 「当該財産の取得のときにおける時価による」と定めています。 つまり、相続税を計算する前提となる相続財産の金額は、 「時価」で決めるという意味です。
もっとも、預貯金や上場株式と違い、上場していない会社の株式や不動産は時価が分かりにくくなっています。
そのため国税庁は、①納税者間の公平、②納税者の便宜、③効率的な徴税という目的から評価通達というものを定めて、容易に計算できるようにしています。この評価通達によると、土地は路線価(路線価の画像)、つまり土地が面している道路に書かれている金額に土地の面積を掛けて計算される金額、建物は固定資産税評価額をベースとして計算されることとされています。
そこで相続人たちが、税務署による更正処分と過少申告加算税の賦課決定処分の取り消しを求めて東京地裁に提訴しました。
次回は、相続人たちの訴えが退けられた理由とこの判決に対する評価についてさらに詳しく解説していきます。
弁護士法人隼綜合法律事務所(名古屋市)
加藤幸英弁護士
弁護士になる前から不動産賃貸を業とする会社を経営。不動産や遺産相続問題を中心に多数の相談を受ける。You Tubeチャンネル『弁護士かとう』を運営