【連載】次世代が困らない 不動産承継対策 最終回:8月号

相続事業継承

建物を建てるだけがすべてではない不動産の有効活用

資産承継対策のさまざまな事例を取り上げてきた本連載も、今回で最終回となります。今回は、「不動産有効活用」と聞くと多くの人がまずイメージする賃貸用不動産の建築がテーマです。引き継ぎ手である次世代にとって負担となる危険性と、意外な盲点である建築の時期について解説します。

次世代を悩ませない承継とは

 地主A氏は東京都内に所有する土地の一部を月極駐車場として賃貸していましたが、「老後の収入を増やすことができて、将来の資産承継にも役立つ」とのハウスメーカーの勧めもあり、その土地に賃貸用不動産を建築しました。

 賃貸経営は順調で、A氏はこの決断にとても満足していました。建築後20年がたった現在は、A氏死去後に相続した会社勤めの息子が経営しています。これまでは比較的順調な賃貸経営でしたが、年々建物は老朽化し、それに伴い賃借人からの修繕依頼も増えてきました。

 先代のA氏は時間があったので、自ら現場に出向いて管理をしていました。しかし、会社勤めの息子は時間が限られていて経験が乏しいため、修繕の緊急性や必要性の判断が難しく、結果として賃借人との間で修繕を巡るトラブルも発生。精神的な負担も大きくなりました。

 そこで頻繁な修繕依頼を減らそうと、思い切って大規模修繕をすることも検討しました。しかし、多額の修繕費用がかかることがわかり、ちゅうちょし悩んでいます(費用例は表1参照)。A氏が良かれと思って次世代に残した不動産が、かえって悩みの種になってしまったのです。

 せっかくの土地を遊休地のままにしておくことはもったいないうえに相続税の負担などもあることから、賃貸用不動産の建築を検討する人は多いようです。こうした賃貸用不動産を使った有効活用は、上手に利用すれば大きなメリットもありますが、事例のような負担を次世代に残してしまう可能性もあります。では、A氏にはほかにどういった選択が考えられたのでしょうか。

 一つの方法として、自ら賃貸用不動産を建てるのではなく、賃貸用建物の用地として土地を貸す方法(例:定期借地権)があります。

 両者を比較した場合、賃貸用不動産を建てて貸し出すほうが当然ながら収入は大きいですが、事例のような建物の維持管理や修繕といった負担が発生します。一方で、土地貸しであれば地代収入だけになるので収入は減りますが、建物の維持管理は不要です。そのため、賃貸経営の経験が乏しい次世代の人でも比較的負担感なく引き継ぐことが可能です。

 もう一つ、賃貸用不動産を建築する際に留意すべき点に触れておきます。当然のことですが、建物建築中は賃貸収入を得られません。建築予定地を月極駐車場として賃貸するなど、その土地から何らかの収入を得て家計の一部としている場合、注意が必要です。

 賃貸用不動産の建築による有効活用を考えるとき、建築費や賃貸の収支計画などに目が行きがちですが、建築期間中の収入についてもしっかりとした計画を立てることが大切です。

同時期に複数建築するリスク

 B氏はJR中央線沿線の地主で、複数の土地を30年前に相続しました。先代が特に準備をしていなかったため相続時にかなり苦労したこともあり、それまで手付かずだった土地について、次世代に何か良い形で残したいと考えていました。そこでB氏は、「空き地のままではもったいない。賃貸住宅を建てれば賃料も入るし、相続対策にもなるらしい」「遊休地になっているすべての土地に建てよう」「どうせやるなら早いほうがいい。今すぐやろう」という大胆な決断をしました。

 幸い賃貸経営は順調で、これまで大きなトラブルもなありませんでしたが、ここにきて大きな問題が浮上しました。築後25年を迎え、建物はさすがに老朽化が目立ち、雨漏りなど緊急度の高いトラブルが発生。屋根・外壁なども含む、大規模修繕が必要になりました。

 B氏が見積もりを取ったところ、1棟あたり約1200万円、所有する5棟の建物で約6000万円の資金が必要になるとのことでした。ある程度まとまった費用がかかることは想定していたB氏もいっときにこれだけの資金を捻出するのは難しく、一方で修繕も待ったなしだったため、不動産の一部を売却し対応することにしました。

 こうした事例は少なくなく、同時期に複数棟の賃貸用建物を建築すると、大規模修繕や建て替えのタイミングが集中してしまいます。不動産を残すために取り組んだ有効活用の結果、不動産を売却するという本末転倒なことが起きかねません。

 建物は建てるときだけでなく、建ててからもメンテナンスのための支出があること(表1参照)、個別の建物の支出だけでなく、保有する全資産(建物)を考えて資金計画を立てることが重要です。

 また、資産構成について前述したような土地貸しも含めたポートフォリオを検討することで、修繕などの事後的な支出が軽減できる可能性もあります。当たり前のようですが、意外に軽視されていることが多いため注意しましょう。

連載を振り返って

 1年間、「この事例は私のことをいっているのではないか」「なるほど、これは放っておくと大変なことになるかも」など、まずは所有する不動産に関して、いろいろな面からさまざまな課題があると気付いていただきたいと思い執筆してきました。

 この連載が、ご自身の不動産について考えるきっかけになっているならば幸いです。これまでお付き合いいただき、ありがとうございました。

解説者
山田コンサルティンググループ(東京都千代田区)
不動産コンサルティング事業本部 営業部
長谷川 靖部長

宅地建物取引士、中小企業診断士。メガバンクにて法人、個人向けにさまざまなソリューション提案を行った後、2019年2月、山田コンサルティンググループに入社。金融機関での経験も生かし、所有不動産の利活用、貸地・借地の整理、再開発事業の地権者へのアドバイスなど各種コンサルティング役務を提供。

(2024年8月号掲載)

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