地主の挑戦:物件でまちを彩る

賃貸経営入居者との関係づくり

東急田園都市線の延伸でまちが変化
四季折々を楽しめる物件でまちを彩る

 横浜市青葉区にある閑静な住宅街である青葉台。横浜市の中でも東京都町田市や神奈川県相模原市に近い場所だ。東急電鉄田園都市線が1966年に延伸されるまでは山が多い自然あふれる場所だったが、今は開発が進み、多くの人々が暮らすまちになっている。土志田家はこの地で400年以上続いてきた家だ。まちの変化に合わせて、所有地の使い方も変わってきたという。

(左)土志田 肇氏(横浜市)・(右)土志田 祐子氏(横浜市)

2万4000㎡の土地に立つマンション 入居者同士が顔見知りの安心感

 東急電鉄田園都市線青葉台駅から徒歩9分。95年に竣工した、丘の上に立つ3棟・3階建て・RC造の家族向けマンションが「エスポワール松風台」だ。約140世帯が住まう2万4000㎡の土地には、居住棟のほか共用棟、遊具のあるプレイロット(公園)もある。朝は鳥の鳴き声が聞こえ、リビングから花見もできる。もっと多くの物件を建てられたであろう敷地に、ゆとりある建て方でぜいたくに土地を使っているため開放感がある。敷地には1万5000本もの木が植えられており、四季折々の自然を楽めるのも自慢の一つ。自然豊かな環境で人とつながって暮らすことができる。

▲桜の季節のプレイロット(公園)

 平日の朝は敷地の入り口に多くの幼稚園のバスが止まり、昼には学校帰りの子どもたちが思い思いに遊ぶ声が響く。子育てを終えた世帯は子どもたちの元気な姿を温かく見守り、世間話を楽しんでいる。入居者同士が顔見知り。安心して暮らせる人間関係こそがこの物件の一番の魅力だ。

 この場所を代々受け継いできた土志田家。エスポワール松風台を含んだエリアに8棟281戸を所有している。エスポワール松風台はその中でも、共有スペースを整備し、入居者同士の触れ合いが多い点が特徴だ。

▲エスポワール松風台の敷地マップ(有限会社小東エスポワール松風台©)

 管理会社の手も借りながらオーナー一家で入居者と関わる。多世代が住まう場所だからこそ、顔の見える関係をつくっていくことは重要だ。「幼稚園バスの停留所や登校班の集合場所も敷地内にありますし、公園では付近の病院の口コミを伝え合う姿が見られます。日頃から、賃貸マンションが一つの町内会のようなコミュニティーを形成していると思います」(土志田祐子氏)

敷地内の梅を入居者が収穫 ハロウィーンは共用棟でイベント

 日々の交流のほか、イベントも活発に行っている。例えば、2024年6月1日には、希望者全員で敷地内に実った梅、約131㎏を40人で収穫した。収穫量も参加者数もこれまでの中で過去最高だったという。また毎年ハロウィーンには何らかのお楽しみを用意している。「18年に私が運営に携わるようになったのですが、その頃はハロウィーンの折り紙をドアに貼っている部屋は訪ねてもいいサイン、呼び鈴を鳴らして子どもたちがお菓子をもらうというイベントを行っていました。その後新型コロナウイルス下では直接訪ねるのはやめて交換会にするなど工夫をしてきました」(土志田肇氏)

▲梅の収穫イベントでは多くの入居者が楽しく過ごした

 管理にも土志田家が奔走する。規模が大きいため管理会社に清掃などの建物の維持・管理や賃貸管理は委託しているものの、ちょっとした改修やできる限りのトラブル対応はオーナーが行っている。「自分たちが同じ場所に住んでいるので、設備の故障にしてもなじみの事業者に依頼したほうが素早く対応できます。トラブルはなるべく早く解決してあげたいのです」(肇氏)。入居者の多くが「LINE」で家主一家とつながり、緊急時に連絡できる体制になっている。「初期対応の際は、最初の対応を間違えないようにするのが大事です。信頼感に影響します」と話す祐子氏。

東急田園都市線の延伸で変化 使い方を変え代々の土地を守る

 東急電鉄の事実上の創業者である五島慶太氏。五島氏が東急電鉄を延伸した1966年ごろの青葉台エリアの地主の代表が祐子氏の義理の祖父だったという。土志田家は少なくとも400年、この地で歴史を刻んできた家としてほかの地主をまとめる役割を担っていたのだろう。電車が通る前は、このエリアは山がたくさんある、都会の賑わいからは離れた土地だった。それが東急電鉄の延伸に伴い、土地区画整理組合がいくつもできていったのだという。そのときに義理の祖父は地元の地主たちの取りまとめ役として周囲を説得し、開発に尽力したそうだ。

 「当時は家に東急電鉄の社員が頻繁に訪ねてきて、話し合いを重ねていたと義母が話していました。義理の祖父がエリアを取りまとめたことが今の発展につながっていると思うと感慨深く感じます」(祐子氏)

 東急電鉄が開通し、青葉台駅周辺は多くの人々が暮らすエリアになり、土志田家の土地にも市街化区域が増えていった。元は山だった広大な土地。祖父の代から賃貸住宅を建て始めたのだという。義父も、先祖代々受け継いだ広大な土地を使って住まう人に自然豊かな環境を提供するとの思いから、緑地を多く残し、自然と触れ合えるような賃貸住宅を建てた。

 「東急電鉄田園都市線というと、新しいエリアだと思う人もいるでしょう。しかし、この地区の小学校は創立150年だったり、土志田家のお墓も400年間続いていたりもします。歴史があるエリアなのです。鉄道の発展に伴い住宅が開発されて多くの人が住まう地域になりました。景色は変わりましたが、ずっと受け継いできた大切な土地。もっと多くの人に魅力を知ってもらって、たくさんの人に住んでもらいたい。そのためには沿線全体の盛り上がりが大切だと考えています」(祐子氏)

空室率が高かった10年前の危機 魅力ある部屋を増やし入居率回復 

▲エスポワール松風台入り口 

 現在はほぼ満室稼働のエスポワール松風台にもピンチはあった。それは2014年ごろのことだ。当時築19年の同物件は、周辺の新築物件に押されて3分の1近くが空室となっていた。その頃は、管理会社に管理も募集もすべて任せており、家主として結果だけを聞くような状態。当然、人気は落ちていった。「ほかの物件に決めてもらうために、比較対象として内見するだけの部屋として使われていたという話を仲介会社が打ち明けてくれたこともありました」(祐子氏)

 肇氏も、「当時の私は賃貸経営にはあまり関わっていませんでした。家の所有する物件が歯抜けのように空いていて。正直、明りが少なくてなんて不気味なマンションなのだろうと思っていました」と振り返る。

 空室が多いこの状況を打開したいと思った祐子氏。「賃貸住宅フェア」をはじめ、多くの勉強会に出席して、家主として何をすべきか模索し始めた。その中の一つとして、入居者が決まる部屋づくりへの取り組みが始まった。土志田家の男性陣は会社勤めで多忙だったこともあり、チャレンジを主に行ったのは祐子氏だ。

 一番変わったのは、家主としての意識だったという。多くの空室を目にしたショックもあり、管理会社に任せるだけでなく家主が自分で考えないと将来にわたって経営はできないと考えが変わっていったのだ。

 「それまでは、ちょっとした修繕も管理会社任せでした。しかし、できることは家主が手を動かしてやればコストカットにもなり、ほかの部分にお金をかけることができます。何より、DIYで部屋に特徴を持たせるのです。当時はドアを開けたら左右反転しているだけの同じような部屋がたくさんありました。これではいけない。このまま朽ちていく物件を後世に残してはいけないと思ったのです」(祐子氏)

 15年に自ら空室をDIYし、最初のモデルルームを仕上げた。もちろん、最初からうまくいったわけではない。自宅のキッチンに棚を付けるべく木材を購入し、くぎでつなげていくところから鍛錬を始め、徐々にできることを増やしていったという。その後も祐子氏は、DIYワークショップに参加するなど学びを深めた。「勉強して知識や手順を知ると、プロの仕上がりの良さがよくわかるようになりました。このことで、オーナーが対応する部分とプロに任せる部分が判断できるようになったのが大きな収穫だったと感じています」(祐子氏)。

▲15年DIYワークショップチーム。
向かって左から、石坂 健氏、土志田 祐子氏、湊 哲一氏、桑原 憂貴氏 

 フルリノベをするときは事業者の手を借りる。そういった場合に施工内容がわかるようになり、丁寧な仕事をしてくれる事業者と縁を深められるようになった。またDIYを通して信頼できる電気工事事業者やリフォーム会社と新たに知り合うこともできたという。
 改善の努力によって10カ月で、入居率は最低だった73%から94%まで上がっていった。それ以来、現在に至るまでほぼ満室稼働を維持している。特徴ある部屋づくりが入居者に受け入れられたのだ。現在までに手がけたのは、フルリノベーションを35部屋、リビングの壁紙をカタログから選べるコンセプトルームを3部屋。アクセントクロスを取り入れたのは、フルリノベの部屋を含め100部屋にもなる。

 現在はほぼ満室稼働ではあるが、転勤や自宅購入など入れ替わりのタイミングがないわけではない。フルリノベにするか、コンセプトルームにするか、スタンダードルームにするか。1部屋にいくらと予算をつけるのではなく、部屋の状態と全体的な収支を見て工事内容を決めていくという。

 15年ごろのことを肇氏はこう振り返る。「それまでは、管理会社さん、よろしくねという姿勢でした。しかし、DIYに取り組んだことで、母はチームをつくり始めたのです。工事事業者の方もそうですし、設計士、管理面からアドバイスをくれる人、さまざまな人とつながっていきました。今では、管理会社に対して部屋の改善の提案までできるようになっています。あの頃の一日一日が、今の入居者の笑顔につながっているように感じます」

選んでくれた入居者を大切に 安全で満足できる住環境

 このように部屋の魅力を高めるほか、梅の収穫やパーティーなどの各種イベントを企画・運営。それらを「インスタグラム」で配信したり、物件独自のウェブページを制作したりするなど若い入居者にも刺さる方法でプロデュースしていった。もともと、ほかにない自然との共生という強みがあったエスポワール松風台。それに加えて建物の魅力を増やしていくことで、多くの人に愛され、選ばれる物件になっていったという。

 「コロナ下で在宅勤務の人が増えた頃は、お父さんが子どもと公園で遊んでいる風景をよく目にしました。敷地から出なくても外遊びが実現できる環境を提供することで、家主として誇りを持てました」(祐子氏)

 田園都市線が発展していく中で、青葉台駅周辺にも物件が増えた。多くの物件の中から選んでもらったからには、入居者の皆には穏やかに楽しく暮らしてほしい。これからも新たな感染症や災害など予想外の出来事があるかもしれないし、入居者が長く住んでくれればシニア世代も増えていく。そういった変化に対応して、家主ができることを柔軟に行っていきたいのだとオーナー一家は考えている。

 近年では、防犯や防災に役立つ設備を導入した。「築年数を重ねるごとに、建物の魅力が増す。この『経年美化』を実現するために、家主は大切な場所を見極めてお金をかけていくべきです。建物はRC造なのでまだまだ維持できます。目に見えるところ、見えないところの両方にこだわって、入居者が安全に満足して暮らしていける環境をつくっていきたいです」(肇氏)。

 最近取り組み始めたのが長期入居者の部屋の修繕だ。長期入居者の場合、設備等は当時のままだ。そこで、新築当時から29年間住んでいる人の部屋に出向いて修繕内容を決め、普段の生活を続けてもらいながら改修工事や電気配線工事を行っている。今後も安心して暮らしてもらえるよう、オーナーと入居者とでチャレンジする。

 子どもの頃から長くこの場所に暮らしてきた入居者にとっては、この物件が故郷だ。かつての入居者、現在の入居者、未来の入居者、皆に対して誠実に賃貸経営を行う土志田家がつくる小さなまちは、青葉台エリアを形作る大切な要素となっている。

(2025年1月号掲載)

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