【連載】建築家が教える法令改正:6月号

法律・トラブル不動産関連制度建築家が教える法令改正

第2回
建築家が教える法令改正

 建築基準法と建築物のエネルギー消費性能の向上等に関する法律(以下、建築物省エネ法)の改正に伴い、原則4月以降に着工するすべての住宅において、新築・増改築時の省エネルギー基準への適合が義務付けられるようになりました。今回は、その証明時のあまり知られていない計算方法について説明します。

今回の法改正

仕様基準を使ってコスト増に対抗、より快適な住宅を造る
 省エネ基準を証明する際の選択肢の一つである「仕様基準」。その基準では基準適合の確認が簡易化されているので、知識を身に付ければ、法改正に伴う不必要なコストアップを避け、より快適な住宅を造ることが可能になる。

 

実態が曖昧な仕様基準

 共同住宅における省エネ基準の証明には、三つのルート(方法)があります。各物件において外皮計算や1次エネルギー消費量計算を行う「標準計算」と、階ごとに必要情報を入力していく「フロア入力法」、そして「仕様基準」です。このうち、前者二つは一般的に利用されているのですが、共同住宅の仕様基準に関しては、どこを探しても現実に即した情報が見つかりません。

 その理由は、国の基準の整備が不足していたからだと思われます。いわゆる共同住宅においては、すべてが鉄筋コンクリート造であることを前提としており、木造アパートは考慮されていませんでした。一方戸建ては木造であると想定され、実態と乖離した基準にされていたのです。

 このような事情から、これまで仕様基準を使って建築物省エネ法の届け出をする設計者は、ほとんど存在していなかったようです。私が2月に初めて大阪市役所へこの規定で届け出を行ったところ、受け取った担当者からは「大阪市ではこの方法でほとんど審査したことがないのですよ」と言われました。大都市でもほぼ利用されていない手法なのです。

(出所)国土交通省


 今回の法改正において、省エネ基準への要求は「届け出義務」から「適合義務」となりました。そして仕様基準を周知する2023年6月版の国土交通省のリーフレットでは「共同住宅にも仕様基準が使えます」とアピールしています。

 ところが実際には法改正2カ月前においても、仕様基準を使って届け出を行っている設計者はほとんど存在していなかったのです。

角部屋には不利な標準計算

 建築物省エネ法が要求する省エネ基準の計算をするにあたり、外気に接する面積が大きい角部屋や窓をたくさん設置した部屋は、熱が逃げやすいため非常に不利です。標準計算では最低基準をクリアすることすらかなり難しいでしょう。

 標準計算での当初の基準値を使用すると、最上階の角部屋のような外気に面する面積の大きな住戸について、ほとんどの設計者がクリアできないことに気付いた国土交通省が基準を変更したという経緯もありました。

 私の設計物件では快適性を最優先としており、角部屋のみで構成された物件も数多くあります。それは建築物省エネ法の側から見ればハードルの高い設計といえるでしょう。私も標準計算を行いましたが、毎回基準をクリアしていない数値で書類を提出していました。

仕様基準が勧められる理由

 多くの設計者が使用を強いられている標準計算とフロア入力法は非常に煩雑な計算が必要になり、省エネ計算を請け負う会社に外注するケースも珍しくありません。「自社で省エネ計算ができる」と答えた設計事務所、工務店は全体の約半数であったと、18年に実施された国土交通省のアンケート結果に出ていました。

 法改正ですべての建物の省エネ計算が義務化されれば設計者の負担は甚大になり、それを受けて設計費用も上がります。審査を行う役所側も突然の業務量増大に見舞われることになるでしょう。国土交通省がリーフレットで仕様基準を強く勧めるのはそのような背景からだと思います。

共同住宅の情報が不足

 しかしながら情報が出そろっておらず、設計者が探しても見つからない状況です。国土交通省は、戸建てについては「木造戸建住宅の仕様基準ガイドブック」という冊子を作成し、インターネットでも公開しているものの、共同住宅の仕様基準に関しての新たな情報は、法改正を目の前にした25年3月でも公開されていませんでした。

 私は、家主の皆さんには物件に関わる事業者よりも多くの知識を身に付けてほしいと考えており、情報発信もしています。賃貸経営時に不利にならない的確な判断をするために、計算方法の現状と、仕様基準を使用するメリットをより早く知ってもらえればと思います。

仕様基準を使うと窓を大きくすることができる

 住宅メーカーなどがZEH(ゼロ・エネルギー・ハウス)と宣伝している物件では、よく見るとリビングに小さな窓しか付いておらず、建物全体にも窓が少ないことがあります。建築物省エネ法が厳しくなっている上に、標準計算を使っているため快適な住宅を造れなくなっているのです。

 仕様基準を使用すると、窓の大きさやその数量、外壁がどれだけ外気に面しているかなどの計算は免除されます。「外壁1㎡あたりから逃げる熱の量」もしくは「断熱材の種類と厚み」「サッシや玄関ドアの種類」などがそれぞれ基準を満たしていることを証明すれば、「省エネ適合性判定」が免除になります。これまでどおり、快適な光や風を利用した住宅を建てることができるようになるのです。


一級建築士事務所 向井建築設計事務所(東京都江戸川区)
向井一郎所長(57)

賃貸アパート・マンション専門の設計事務所を経営。土地探しから企画・設計、監理まで全段階で建築主に寄り添う1級建築士。設備設計1級建築士の資格も保有している。入居者募集にも積極的に関与し、募集用の図面作成、完成写真の提供などで家賃と入居率のアップに協力。

(2025年 6月号掲載)

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