<<改修で建物再生>>
築52年のビルを新築同等の耐震性能に
建物の劣化に伴い、耐震性に不安があるが、資金不足などで対応に悩むオーナーは多い。この課題を解決した建物が東京都新宿区にある。築52年超のビルが、新築同等の耐震性能でよみがえった。
都営地下鉄新宿線曙橋駅から徒歩3分の場所に築52年を超えた建物がある。鉄筋コンクリート造7階建ての「タウンヴィラ摂津」だ。法定耐用年数も切れていたが、多額の資金がかかることが懸念で改修等の実施をどうするかオーナーは悩んでいた。そこで、2023年にこの物件の再生を今野広大再生建築設計(東京都新宿区)の今野広大代表に相談。ここから建物再生プロジェクトが始まった。
今野広大再生建築設計(東京都新宿区)
今野広大代表

同建物の改修では耐震性向上のため、テナント内など複数箇所の壁の増設に伴う区画割りの変更を実施。また外壁の増し打ち補強や、それらを利用したデザイン性の改善も図った。
特筆すべきは、外壁補修や表層リフォームではなく、建物調査と補強を徹底して実施した点だ。躯体から性能を上げることで、旧耐震基準の建築物を現行の耐震基準に適合させるまでに至った。
- Before
- After (C)上田宏
費用は新築建て替え時と比較しておよそ70~80%ほど。またそのコスト削減効果以上にコストパフォーマンスをよくできた要因は「建築物の耐震改修の促進に関する法律(以下、耐震改修促進法)」にある。
今回、壁の増設などに伴い、延べ床面積の増加を含めた増築に関する確認申請を通す必要があった。その際、本来は「既存不適格事項」の解消を求められる。
悩みは既存不適格の扱い
既存不適格事項とは、建築当時は法律上問題なかったが、その後の法改正により法律違反となってしまった部分をいう。基本は建築時の法が適用されるため、既存物件に対して遡及(そきゅう)適用はされない。しかし、増築に伴って改めて確認申請を行う場合、上記不適格事項の解消を求められるのだ。今回の事例でも、「2以上の直通階段の設置」など既存不適格事項があった。
しかし、これらの既存不適格事項の解消にすべて対応すると大規模な工事が必要となり、費用が膨らむ。それだけでなく、専有部として使用できる面積が減るのだ。今回の事例では、概算で10%以上貸し出せる面積が減り、その分収益性の面でもマイナスになる。これでは「収益性を落とす工事で費用が膨らむ」ことにつながるため、オーナーとしては建物改修の決断が難しくなってしまう。安全性を向上させる目的の法改正の結果、既存物件の耐震工事ができないという矛盾した状況を生んでしまった。この状況を打開したのが前述の耐震改修促進法である。
同法は、建築物の耐震化を促進し、地震による被害から人命や財産を守る目的で制定された。1995年12月25日に施行され、その後2回の改定を経て現在に至る。同法に基づき耐震改修計画の認定を受けることができれば、既存不適格事項は維持しながら増築の確認申請を行える。費用を抑えつつ既存躯体を最大限生かしたビル改修が実現可能だ。
今回の事例は新宿区で民間初となる認定を受け、既存不適格への遡及が不要になった。また、今回の修繕については行政の指定機関による審査で、耐震評定書が発行されている。そこで、現行の耐震基準を満たすための適切な改修だと認められた。これにより新宿区が実施する「建築物等耐震化支援事業」の補助金も交付され、総工事費の4~5割を賄うことができた。

長期融資が実現
資金調達についても触れておきたい。今回のように躯体からの適切な改修を施し耐久性能や耐震性能の評価書、補修履歴書、検査済証などをそろえることで、金融機関の評価は伸びる可能性が高いという。同事例では、耐震性能の評価書と検査済証を取得。結果的に、大規模修繕を目的とした融資を受けることができた。類似案件でも35年の期間で融資が出た例もある。
実際に類似案件に携わった銀行担当者に聞くと「申請者の状況にももちろん左右されますが、評価書も融資を判断する際の情報として参考になる場合があります」と、明言は避けつつも評価書の存在に言及した。別の信用金庫担当者は「現状は旧耐震物件というだけで当庫では融資はほぼ不可能です。ただ、今回のように他行の融資事例増加に伴って融資ができるようになるのはよくある流れ。そのため、旧耐震物件改修への融資が可能になるのも時間の問題でしょう。その際に、第三者機関の評価書といった資料は有力な審査情報になると思います」と話した。
解体にも高額な費用がかかることから、放置されている物件が増えてきている。そんな中、同建物は既存不適格を維持しつつ、資金調達の問題にも対応できた事例として参考にできるかもしれない。
(2025年9月号掲載)
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