事業を拡大、20年かけて次世代へバトン

相続事業継承

<<地主の挑戦:3>>

家業はしょうゆ製造、父が始めた不動産事業を承継に続き、滋賀県彦根市彦根の地主である上野喜紹オーナー(同)の約30年について聞いた。

東日本大震災で退去増 老朽化したビルを建て替える

 上野オーナーが経営を引き継いでから行ってきたのがビルのメンテナンスや建て替えだ。

 特に大きな転機になったのが2011年の東日本大震災。被災地からは遠く離れた彦根市でも、テナントの退去が相次いだという。その理由はビルの古さゆえの耐震面への不安だった。これは上野家にとって大打撃だった。ビル経営は上野家の家業の要。1件1件の賃料が高額だったため、退去があった瞬間から売り上げが大きく減ってしまったのだ。

 「東日本大震災後に損害保険系テナントなど複数社が退去し、空室が増えたことが大きなピンチでした。築古ゆえ、『ビルは耐震構造なのか』という問い合わせが急増したのです。11年当時、上野家のビルは多くが旧耐震基準の時期に竣工したものでした。旧耐震だとわかると特に大きな企業の彦根支店が退去してしまって……。築古ビルにおける課題をどう解決していけばいいのか深く悩んだものでした」と上野オーナーは振り返る。


 建て替えるにしても、耐震補強工事をするにしても、ビルの場合は億単位の費用がかかる。「『絶対に失敗はできない』と、建て替えやそもそもの経営方針について深く知り学ぶ必要を感じました。専門家や経験者の意見を聞いてみよう。そう考えて、私塾である一般社団法人不動産オーナー経営学院REIBS(リーブス:名古屋市)に通い始めたのです」(上野オーナー)

 不動産オーナー経営学院REIBSは、専門家や不動産オーナーが集い、経営について真剣に学ぶ場だ。学長である横山篤司氏からマンツーマンのアドバイスを受けながら考えを深めた結果、最も古い上野第Ⅰビルの建て替えを決めた。18年のことだった。「耐震補強工事の場合、1億円以上かかるようでした。しかも、耐震補強工事でも入居者の退去が必要で、実施が難しい。費用対効果や工事後の入居付けを考えると、建て替えのほうにメリットがあると判断しました」(上野オーナー)

 建て替えにはまず入居者との立ち退き交渉が必要になる。建て替えを決めた時点で上野第Ⅰビルには三つのテナントが入居していた。不動産オーナー経営学院REIBSで立ち退き交渉のこつを学び、シミュレーションを行った後、交渉は上野オーナー自らが行った。同じような経験を持つ仲間らにヒアリングをし、立ち退き完了までの目標を2年と定め、始動した。

 「事前準備をしっかり固めたことが功を奏し、交渉は思ったよりもスムーズに進んだのです。相手によって具体的な提案は違いますが、転居先を探し、引っ越し費用も負担すること、高圧的な話し方をしないこと、こういったことが大切でした」(上野オーナー)

▲REIBS学長の横山篤司氏(左)と

 結局半年ほどで立ち退き交渉が完了。上野第Ⅰビルを解体し、上野第Ⅶビルを着工する運びとなった。

 「立ち退きに関する法的な話を聞くために東京に出向いて、万が一もめたときに備えていました。最悪のケースを頭において交渉に臨んだからこそ、苦労したという実感がないのかもしれません」(上野オーナー)

 上野第Ⅰビルの建て替えは、このようにスムーズに終わった。しかし、すべてのビルを建て替えることはできない。そういったビルでは修繕に力を入れている。

 「上野第Ⅰビルは、建て替え以外の選択肢は現実的ではありませんでした。そのほかのビルでは建て替えられない分、リニューアルに力を入れて寿命を延ばす作戦を取りました」(上野オーナー)

 中でもこだわるのがトイレだ。近隣のビルに出向くなどしてトイレの状況を確認。それよりもグレードの高いトイレや手洗い場を設置するようにしている。トイレの印象は入居付けに大いに役立つという。

 「特に内見者が女性の場合は好印象を持ってもらえることが多いです。リニューアルしたトイレを見て非常にテンションが上がっていると見受けます。働く人にとって、トイレがきれいなビルは『当たり』と感じるようです」(上野オーナー)

 リニューアルの際に工事費を値切ることはしないのもこだわりの一つだ。「今までの経験上、事業者に相見積もりを取って安いほうに依頼するやり方には疑問を持っていました。かつては安い事業者を選んだこともありましたが、結局安いと安いなりの工事になります。例えば、建売住宅を安く買うのはいいけれど、注文住宅を値切ったら手を抜かれるだけなのと同じです。こちらがある程度相場観を持っていれば、あまりに高い金額は請求されません」(上野オーナー)

 継いだばかりの頃は不動産事業の面白さがわからなかったと振り返る上野オーナー。しかし、自分の代で修繕や建て替えを経験したことで不動産経営の楽しさ、やりがいが明確になっていったという。

 「父は私が高校生の時に亡くなり、母も不動産経営は未経験だったことから、私は親から経営について直接教わる機会がありませんでした。ただ、代々受け継いでもらった土地やビルはそこにある。私の代まで土地を引き継いでくれた、その重みとありがたさを感じています」(上野オーナー)

 

20年かけて次世代へバトン 事業を拡大させて息子に引き継ぐ

 上野オーナーの今後の課題は息子への事業承継だ。「現在の事業を成長させつつ息子に引き渡す予定」と上野オーナーは語る。

 父が急死し、母は相続で苦労した。その経験から、母は相続対策でマンションを建てたり、相続税を賄えるような額の生命保険に入ったりしていた。そのため、20年に母が亡くなった際には上野オーナーは納税で苦労することはなかったという。上野オーナーは「私から息子へバトンタッチする時に向けて、母がしてくれたように準備をしていきたいです」と話す。


 現在59歳の上野オーナー。20年かけて息子に承継していく予定だ。具体的には、20年スパンで事業計画を立て、数年後に家業に入る予定の息子と二人三脚で経営することが一つ。もう一つは暦年贈与で20年かけて会社の株式などを贈与していくことだ。上野オーナーはこれらを綿密に計画し、実行し始めている。

 「相続対策は時間があればあるほどいい。平均寿命まであと20年あることを前提に、最善だと考えられる贈与・承継を計画しました。7年超の贈与は相続時に持ち戻されないことから、暦年贈与を選択しています」(上野オーナー)

 承継を考える時期ではありながら、事業をますます成長させる方針だという。「古くて使いにくい不動産を息子の代に残したくはありません。修繕や建て替えの課題を解決すること、事業全体を成長させるために近隣の土地などを積極的に購入すること、これらも今後の事業計画の中で行っていきたいです」と将来を見据える。

 


(2025年9月号掲載)
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