<<誰かに教えたくなる名字のトリビア:中部・甲信越地方に関する名字>>
有名戦国武将から授かった名字
今回は、中部・甲信越地方の珍しい名字を紹介します。
山梨県には地域性のある珍しい名字として「功刀(くぬぎ)」や「薬袋(みない)」「貴家(さすが)」「粟冠(さっか)」「松七五三(まつしめ)」などがあります。「薬袋」を「みない」と読むのは、病気の武田信玄が腰に隠し持っていた薬袋を落としてしまい、自分が病気であることが周囲にばれないように、「今のは見ないことにしてくれ。お礼に『薬袋みない』の名字を与える」と言ったからだと伝えられています。
長野県には、「甕(もたい)」や「位高(やごと)」「大日方(おびなた)」「等々力(とどろき)」「十十木(ととき)」などがあります。「甕」とは、古代中国で使われていた青銅器のつぼのことで、酒などを入れる際に使用されました。この甕の製造に関わった人々が名乗った名字だと考えられます。「もたい」と読む名字には「罍」もあり、こちらは新潟県に多い名字です。
新潟に長崎の地名由来の名字
新潟県には「陸(くが)」や「牛腸(ごちょう)」「飯酒盃(いさはい)」「蝶名林(ちょうなばやし)」「不虚作(ふこさ)」などがあります。「飯酒盃」という名字は、長崎県諫早(いさはや)市の地名から来ています。新潟県に移り住み「いさはや」に「飯酒盃」の文字を当て「いさはい」と読ませました。「飯酒盃」さんが住んでいる魚沼市は、美味しいお米とお酒があります。お米でお酒を造り盃で酒を酌み交わしたのかもしれません。
富山県には、「釣(つり)」や「菓子(かし)」「音頭(おんど)」「笽島(そうけじま)」「眼目(さっか)」などがあります。富山県射水市新湊地区は、珍名の町として有名で珍しい名字がたくさんあります。職業から生まれた名字には「桶(おけ)」や「風呂(ふろ)」「大工(だいく)」「屋根(やね)」「魚(うお)」などがあります。
石川県には「翫(いとう)」や「家出(いえで)」「日月(たちもり)」「王生(いくるみ)」「東四柳(ひがしよつやなぎ)」などがあります。「日月」の「たちもり」という読みは、朔つい日たちの「たち」と、晦つご日もり(月末)の「もり」から来ています。
福井県では、「兄父(あじち)」や「甘庶(あまい)」「寒蝉(ひぐらし)」「爬揚(はやかり)」「九頭竜坂(くずりゅうざか)」などがあります。福井県には九頭竜伝説から生まれた九頭竜川が流れることから、「九頭竜坂」という名字も九頭竜伝説に関係があると思われます。
静岡県には「月出ひたち」や「先生(せんじょう)」「追掛(おいかけ)」「孕石(はらみいし)」「一尺八寸(かまつか)」などがあります。「月出」を「ひたち」と読ませるのは、東の海から月が出ると、西の空は陽ひが沈む(絶ち)ので「ひたち」と読みます。一尺八寸を「かまつか」と読ませるのは、「鎌の柄(つか)の長さを「一尺八寸」までの長さにせよ」との殿のお達しで生まれた名字と言われています。
愛知県には「朏(みかづき)」や「毛受(めんじょう)」「樹神(こだま)」「世界(せかい)」「甘蔗生(さとうぶ)」などがあります。「樹神」を「こだま」と読むのは、樹木には木こ魂だまが宿るといわれることから「こだま」と読ませます。
岐阜県には「保母(ほぼ)」や「定標(じょうぼんでん)」「三八九(さばく)」「佐曽利(さそり)」などがあります。「三八九(さばく)」は「砂漠」を思い浮かべ、「佐曽利」は「蠍(さそり)」を思い浮かべますが、どちらも同じ県にあることに驚きます。
三重県には「垂髪(うない)」や「闇雲(やみくも)」「界外(かいげ)」「宇治土公(うじとこ)」「王来王家(おくおか)」などがあります。「界外」という名字は、忍者が名乗った名字です。人に目立たないよう闇の世界で生活していた忍者ですが、関ヶ原の戦い後には忍者の仕事もなくなり、闇の世界から外に出たので「界外」の名字を名乗ったと言われています。
名字研究家 髙信幸男

1956年茨城県大子町生まれ。
司法書士、名字研究家、日本家系図学会理事、茨城民俗学会会員、日本作家クラブ会員。高校1年生から名字の研究を始め、今年で52年目を迎える。現在、講演会やテレビ番組で名字の面白さを伝える活動を行っている。
(2025年11月号掲載)