【特集】高齢入居者に備える -高齢入居者受け入れ事例

賃貸経営賃貸管理

<<高齢入居者に備える -高齢入居者受け入れ事例>>

高齢者を受け入れている3人の家主の事例を紹介する。

事例を紹介した人

■バックアップ(さいたま市) 碇 亮会長
自活できる老後を支える賃貸住宅

■神吉優美オーナー(大阪府豊中市)
受け継いだ物件の入居者が高齢化

■加藤至貴オーナー(名古屋市)
家主の会が社会福祉協議会と連携

 

工務店・不動産事業の経験を生かす

自活できる老後を支える賃貸住宅

高齢になっても自分らしく暮らしたい――。そんな思いに応えるのが、高齢者向け賃貸住宅「あかつき館」だ。設備や構造に工夫を凝らし、自立した生活を支えながら、安心と交流の場を提供している。利益よりも社会に必要な住まいを追求する取り組みだ。

バックアップ(さいたま市) 碇 亮会長

 バックアップ(さいたま市)の碇亮会長は、高齢者向け賃貸住宅「あかつき館」を運営している。1号館である「あかつき館 大宮指扇」は2021年1月に竣工。以後、さいたま市内を中心に展開し、25年9月には5棟目となる「あかつき館 本太」が入居を開始する。

 賃料は立地や部屋の広さに応じて5万5000円から7万4000円。他にも管理費として1万4000円がかかるが、電気料金以外の水道光熱費は管理費に含まれている。

 碇会長は、介護施設に入居しながら「元気なうちは自分で身の回りのことをやりたかった」とこぼす亡き母の姿に、あかつき館の構想を抱くようになったという。

 「高齢になっても自分のことを自分でやることで元気を保つことができます。しかし、通常の賃貸住宅では高齢者の入居には条件が付いたり、はなから断られたりしてしまうことが多い。有料老人ホームや特別養護老人ホームに代わる、高齢者が暮らす第三の選択肢としてあかつき館を大きくしていきたい」と語る碇会長。私財を投じ、高齢者の自立した生活のために必要な構造を備えた建物を新築した。

 また運営のために一般財団法人あかつき会(同)を設立。自身が会長を務める。あかつき会は25年1月に居住支援法人の認可を受け、さらなる高齢者入居支援を目指している。

▲廊下側に大きな窓がない「あかつき館 明花」では扉の上の小窓から在室を示すランプを確認できる

 

自立した生活を楽しむ設計 安全性は建物構造から支える

 あかつき館の居室には、IHコンロやベッド、トイレといった自立した生活に必要な設備を一通りそろえている。廊下に面した窓やドア上の小窓が必ず備えられているのも特徴だ。室内での体調不良や事故に外部から気付きやすくなっている。

 一方で、バスルームやシャワールーム、洗濯機は共用とし、清掃を外部に委託。入居者は使用中、入り口に部屋番号の札をかける決まりになっている。常にきれいな状態の水回りを使用しながら、浴室での体調不良に気付いてもらえる仕組みだ。

 共用部にはベンチや机など、入居者同士が自然に集まる場所を設けている。ここで仲良くなった入居者同士で出かけることもあり「老人ホームや普通の1人暮らしではこんなことはできなかった。楽しいですよ」と語る入居者もいた。

 また各棟に花壇や家庭菜園を設置しており、入居者がそれぞれ花や野菜を育てている。完全に入居者に任せているため、運用されるか否かは建物ごとに異なるというが、取材時には夏野菜の手入れをする入居者の姿が見られた。

 本太においても家庭菜園ができる花壇は準備されている。敷地内にはポンプ式の井戸や馬頭観音の石碑が残る。JR浦和駅から徒歩10分の好立地に、地域の歴史を感じさせるものを残した。

 

公益法人化も視野に入れる 高齢者を第一に考えた運営

 現在、運営母体を公益財団法人とすることも視野に入れながら、あかつき館を主導する碇会長は、運営においては利益を度外視しているという。

 「お金をもうけようという考えでは、新築、高性能、低賃料のあかつき館を運営することはできません。ほかの不動産業が安定しているからこそできること。しかし高齢者が安心して、なおかつ自立して生活できる住居はこれからの社会に絶対に必要だと思うのです」(碇会長)

 亡き母への思いを胸に、入居者の元気な生活を第一に運営されるあかつき館。高齢者向け賃貸の理想を追い求めながらこれからも増やしていく予定だ。

▲共用部では入居者同士で談笑する姿がみられた

 

正しく理解して備える高齢入居者受け入れ

受け継いだ物件の入居者が高齢化
保証と見守りに加え交流を重視

神吉優美オーナー(大阪府豊中市)

 父から相続した326戸の賃貸住宅を経営する神吉優美オーナー(大阪府豊中市)は、管理する物件の入居者について「60代の人が来ると若いと感じます」と話す。

 神吉オーナーの所有物件はほとんどが古い木造賃貸だ。父は、大阪市で長屋建て住宅を建て分譲する事業から不動産の世界に足を踏み入れた。その後、豊中市でも建売事業を展開し売れ残った部屋を賃貸物件として管理するようになった。後に賃貸事業へと事業を転換。物件には新築時から暮らす入居者もおり、新規入居者だけでなく既存入居者も高齢化している状態だ。

 高齢入居者を多く受け入れている実態から、仲介会社にも「断らないオーナー」と認識されている神吉オーナー。入居者に関して、単なる高齢化ではなく、単身かつ別居家族もいない高齢者の増加という現状を感じている。

 身寄りのない人物が死亡すると、自治体が相続権のある人物を見つけ出し、死後の行政手続きを依頼することになる。このとき、賃貸借契約を結ぶオーナーには個人情報保護の観点からその親族の連絡先は知らされない。ケースワーカーらを通じて連絡先を渡して先方からの連絡を待つしかない状態になるという。

高齢者入居ならではのやりがい

神吉オーナーは父から賃貸経営を引き継いだ後、何度か所有物件での孤独死や特殊清掃などを経験している。数社の管理会社や家賃保証会社のサービスを試した結果「家賃収納代行が可能」「孤独死に限らず、入院中の死亡でも残置物に伴う空室期間の保証が手厚い」という理由でCasa(カーサ:東京都新宿区)の家賃保証サービス「家主ダイレクト」を選んだ。現在では、新規入居の高齢者にはこの家賃保証サービスとの契約を必須としている。

 また豊中市の補助金を利用してヤマト運輸(東京都中央区)が提供するLED電球と通信機能が一体となった見守り設備「ハローライト」を設置。補助金には対象となる本人による申請が必要なため、高齢入居者の部屋にオーナー自ら赴き、補助金の趣旨を説明して目の前で申請事項の代理入力を行う。

 「高齢者の入居を受け入れるために必要な対策は『手厚い家賃保証』と『ICTによる見守り』だと思います。しかしそれ以上に、入居者が周囲との交流を持っていることが大切です」と話す神吉オーナー。趣味の旅行の後には入居者にも土産のお菓子を配るなど、自らも入居者との交流を大切にしている。

 日用品や食料を配ったり、入院した入居者にはがきを送ったりといった親密な関係の構築は、若い世代相手では難しい。「『ありがとう』と言われるとオーナー冥利に尽きる」と語る。

 「高齢者の入居には難しいこともありますが、若い入居者に比べて長く入居してもらえるし、交流も生まれる。ポジティブな面も伝えていきたいです」(神吉オーナー)

▲高齢入居者と子どもたちが交流できる花火大会を開いた

 

家主の会が社会福祉協議会と連携
高齢者入居を市場と捉えつつ対応

加藤至貴オーナー(名古屋市)

 「東海大家の会」で代表を務める加藤至貴オーナー(名古屋市)は「不動産事業を行ううえで、高齢者の入居は無視できないマーケットです」と話す。加藤オーナーの物件でも、入居者の1割ほどが高齢者であり、今後ますます増加することが見込まれている。

 経営の観点からは高齢者や生活保護受給者といった「住宅確保要配慮者」は拡大の余地がある市場であり、空室率が上昇する中では積極的な受け入れが必須だと指摘する。

 もちろんリスクもある。最大の懸念は入居者の死亡だ。

 「亡くなった場合に備え、死亡時の保証や退去時の対応が手厚い保証会社を利用しています」(加藤オーナー)

 さらにガス会社から使用量を聞き取るなど、異変を早期に察知する工夫も欠かさない。自主管理物件の高齢入居者については、体調確認を兼ねて家賃を対面で集金しているという。実際、集金時に入居者に会えずケアマネジャーへ連絡したところ、入院していたことが発覚した事例もあった。赤外線センサーなどの新しい機器の導入も検討中だが「結局は人に会いに行くのが一番」と語る。

▲高齢者の入居を受け入れたことがある物件の一つ

不動産経営の責任を考える

 東海大家の会は、会全体として居住支援法人や社会福祉協議会と連携し、積極的に高齢者や生活保護受給者を受け入れている。高齢者の賃貸住宅入居者は生活保護受給率が高い傾向があるが、生活保護需給世帯の場合は敷金・礼金や保証を国が負担するため、オーナー側にとっても安心材料が大きい。生活保護受給者の受け入れを前提として物件を入手し貸し出すオーナーもいるほどだ。

 「若い人でも滞納はありますし、高齢者だから特別にリスクが高いわけではありません」と語る加藤オーナー。賃貸経営において「来る者拒まず」のスタンスを取っている。刑務所からの出所直後の人であっても受け入れてきた。

 「何とかしてくれる人」というブランドを築くことが、結果的に信頼につながり、仲介会社や福祉関係者とのネットワークを広げることにもなるからだ。「高齢者の受け入れはまだ先駆者利益がある段階。積極的に姿勢を示すことで空室改善や紹介につながり、福祉系の会社ともつながれるチャンスが広がります」と、事業としての可能性を見いだしている。

 「家主という職業は本来、人に寄り添うものだったはずです。単なる不動産投資とは違う、賃貸事業としての責任を果たすことが求められていると感じています。その一つに住宅確保要配慮者の受け入れがあると考えています」と話す加藤オーナー。人と人とのつながりを重視する姿勢が、高齢者を前向きに受け入れる姿勢につながっている。

▲所有するサービス付き高齢者住宅への引っ越しを勧めることもある

(2025年11月号掲載)
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