<<INTERVIEW 不動産市場で光るプレーヤー>>
IoT化で鍵がなくても安全で快適な生活を提供
昨今マンション内での犯罪が増えている中、ますます住宅の防犯性能が重視されている。一方でセキュリティー設備が増えると、鍵の管理が煩わしくなる。そんな時代に対応するため、集合住宅向けIoT製品の開発・販売を行うくじらリアルエステートテック(大阪市)では「キーレス」かつ低コストで導入できるセキュリティー設備の開発に注力する。同社の田中実社長は安全で快適な生活をIoT化で実現しようと取り組む。
くじらリアルエステートテック(大阪市)
田中実社長

キーレスの賃貸マンション
大阪を代表するオフィス街、淀屋橋エリア。その一角に25年7月、最新のIoT設備が導入された賃貸マンションが竣工した。
マンションエントランスにはオートロックを採用しているが、エントランス扉の横にあるインターホンのカメラに顔を向けると、顔認証で自動ドアが開く。宅配ボックスに届いた荷物は、スマートフォンのアプリで解錠し受け取ることができる。各住戸の玄関扉にはスマートロックが設置され、指を当てると指紋認証で鍵が開く。
この一連のセキュリティーはすべてに専用の鍵は不要で、スマホさえ持っていればスムーズに解錠できるのだ。
今やエントランスのオートロック、テレビモニター付きインターホン、各住戸の玄関ドアのディンプルキーの三つは、セキュリティー設備における「3種の神器」となりつつある。このマンションでは、テレビモニター付きインターホンについても来訪者があった場合、スマホで対応することが可能となり、壁に設置されているモニターで操作する必要がない。まさにスマホで完結できるワンストップのセキュリティー設備を提供しているのが、くじらリアルエステートテックだ。

▲顔認証機能付きオートロックシステム
「一つのアプリで管理できるIoTシステムにより、物理的な鍵が不要になるうえに、セキュリティーが向上するため、物件価値も上がると考えています」と田中社長は話す。
デジタル化にすることで、例えば、同棲相手と別れた後の鍵の問題も、クラウドから権限を削除するだけで解決できる。
驚くのはその導入費用の安さだ。1棟20戸規模のマンションの場合、目安としてエントランスのオートロックシステムの設置が約120万円、宅配ボックスが56万~60万円、スマートロックが1台あたり約6万円で20戸導入すると約120万円となる。同社は競合他社と比較して3~4割安い価格設定が可能だという。
オーナーの相談を機に開発
同社が集合住宅用にIoTシステムの開発・販売を始めたのは2021年。きっかけは、不動産オーナーからの相談だった。田中社長は、別会社のデバイスエージェンシー(同)で、民泊施設向けに無人チェックインシステムを提供しているのだが、民泊施設も運営している家主から賃貸マンションのエントランスのオートロックについての相談を受けた。
学生向けマンションで従来のオートロックが故障。他社で見積もりを取ると、交換すると400万円程度かかることがわかり、その金額より安くできないかという話だった。
そこで、田中社長は無線Wi─Fiでエントランスのインターホンと各入居者のスマホをつなぎ、スマホで施錠と解錠ができるシステムを提案。従来のオートロックシステム導入には室内工事が必要だが、同社ならエントランスの工事だけで実現でき、工事費もほぼ半額に抑えることができた。
しばらくして宅配ボックスを新しく設置したいが、従来品よりも安くできないかという相談を別の家主から受けた。田中社長は、徹底して内製化を図っているため、コストを抑えられると思った。製造は中国の工場で行っており、設計から製造、輸入、設置工事、サポートまでをすべて自社で行っているのだ。

▲スマートフォンのアプリでも解錠できる「スマート宅配ボックス」。7月に竣工した「Taiwa Arun Yodoyabashi 」で導入。
特に、できる限りAI(人工知能)を活用して人的な業務を減らす開発を行い、アウトソーシングせずにコスト削減を徹底している。
「例えば、細かいところでいうと、中国の工場から船で運搬された製品を港で荷受けする際、他社は外部に委託しますが、当社は内製化しています。こうしたことの積み重ねでコストを抑えています」(田中社長)
だが、「導入するのはいいけれど、すぐにこの事業をやめられては故障したときの対応が困る」というオーナーの不安があったため、一般の賃貸物件向けにサービスを展開する会社としてくじらリアルエステートテックを設立し、本格的に事業を展開することにした。
こうした家主からの相談が立て続けにあったことで「古い物件こそ、IoT化のニーズがある」と考えた田中社長。もっと生活を便利にする方法はないかと構築したのが、一アカウントですべてを管理できるIoT化だった。
だが一方で田中社長は「今は最先端で提供しているIoTシステムでも、最終的には価格競争になると思います。だからこそ、コストをどれだけ抑えられるかを重視して取り組んでいるのです」と語る。
学生時代に起業
田中社長は、もともと大学生時代に同級生と共に起業して、学園祭でのイベント企画やプロモーション活動から事業を始めた。卒業後は携帯電話のキャンペーンスタッフを集める請負事業などを経て、インターネット設定サポート事業へと展開していった。2000年ごろには個人情報保護法施行時、ソフトバンクの個人情報漏えい問題が起きたことで、クラウドベースのシステム開発に着手。以後クラウドシステム開発が現在のビジネスの基盤となった。
15年ごろ、田中社長はインバウンド(訪日外国人)の需要の高まりを見越して民泊事業に参入。前述のとおり、無人チェックインシステムの開発を行い、自社で150室ほどを運営するまで事業を拡大させた。だが、新型コロナウイルス禍により宿泊事業が打撃を受けた。その後、「GIGA(ギガ)スクール構想」に伴う学校向けインフラ工事事業に転換して、施設建物のWi─Fi環境の構築などを行ってきた。そういった中で、同時に集合住宅向けのIoT製品の開発を進めてきた。
田中社長は現在、4社を経営。IoT事業のほか宅配ボックスやスマートロック、インターホンなどのデバイス事業と、ITサポートサービス事業だ。
「明らかに勝てるという根拠がないことはしない」という経営方針を持つ田中社長。
これからも、賃貸マンションの居住性向上を図るべく、さまざまなIoT製品を提供していく。
(2025年 11月号掲載)