<永井ゆかりの刮目相待:12月号>

連載第99回 壁を壊す

よく聞く多様性と寛容性

 「多様性」と「寛容性」。最近よく耳にする単語だ。多様性とは、国籍、性別、年齢、価値観などの違いが存在する状態を指し、寛容性とは、そうした多様な違いを受け入れ、尊重する態度を意味する。この二つの単語がこれからの時代ますます重要になってくることは間違いない。

 ただ頭でわかっていても日常で実践することは難しい。正しく理解するためには、多様性と寛容性があるコミュニティーに触れることが必要だろう。

 先日会った社会福祉法人愛川舜寿会(神奈川県愛川町)の馬場拓也理事長は、多様性と寛容性の重要性を最も理解し、行動している一人だ。彼が行ったのは経営する特別養護老人ホーム(特養)の道路と施設を隔てる塀の解体だ。これが地域住民が高齢者の存在を理解し、受け入れるきっかけとなった。

 その特養にはいつも敷地内の塀に近いスペースで過ごす女性Aさんがいた。塀があったときは彼女のことを知るのは施設の入居者とスタッフだけ。だが、塀を解体したら、施設の前を通る人からその姿がすっかり見えるようになった。しばらくして施設の前を通学路として使う女子中学生が、通るたびにAさんにあいさつするようになった。

 朝女子中学生が通ると、「部活は何しているの?」とAさんが聞く。女子中学生は「テニス部です」と返す。その返答に「そうか、頑張ってね」と声をかけるAさん。数時間後、女子中学生が部活を終えて再び特養の前を通ると、Aさんがいる。女子中学生があいさつすると「部活は何をしているの?」とAさんから声がかかる。女子中学生は不思議に思いながらも「テニス部です」と朝と同じように返答する。

 その女子中学生は最初、なぜ、同じことを何度も聞かれるのかがわからず、帰宅後母親にその出来事を話した。そこで、初めて「認知症」を知ったという。

 女子中学生は卒業までAさんにあいさつし、いつも同じ会話をして登下校した。その後、女子中学生は大学進学で福祉系の学部を選び、卒業後は福祉施設に勤務しているという。

開くことの意味

 「壁(塀)を壊したからこそ、これまで接してこなかった人と出会う機会を得て、知ることができたのだと思います。地域に開くことは重要だと実感しました」と馬場理事長は話す。

 馬場理事長は障害の有無 にかかわらず広く受け入れ る保育園も経営している。 身体的な障がいがある子ど もBちゃんはこの保育園の 園児の一人。入園当初、B ちゃんの母親は「うちの子 には“強く生きてほしい”」 と話していた。だが、Bちゃ んは友達に助けてもらいながら保育園で楽しく過ごした。その様子を見た母親は「ちゃんと“ありがとう”と言える子になってほしい」と思うように変わったという。健常である子どもと共生したことで、誰かがいれば生きていけることを知ったのだ。

 誰だって生きていれば老いる。身体が不自由になれば他人のサポートを受けずにはいられなくなる。そのことを知る意味は大きい。

 地域コミュニティーの重要性が叫ばれる中、外に「開く」ことが大切だろう。

永井ゆかり

永井ゆかり

Profile:東京都生まれ。日本女子大学卒業後、「亀岡大郎取材班グループ」に入社。リフォーム業界向け新聞、ベンチャー企業向け雑誌などの記者を経て、2003年1月「週刊全国賃貸住宅新聞」の編集デスク就任。翌年取締役に就任。現在「地主と家主」編集長。著書に「生涯現役で稼ぐ!サラリーマン家主入門」(プレジデント社)がある。

(2025年 12月号掲載)

この記事の続きを閲覧するには
会員登録が必要です

無料会員登録をする

ログインはこちらから

一覧に戻る

購読料金プランについて

アクセスランキング

≫ 一覧はこちら