不動産再生学講座:参加型リノベーションで「ともにつくる」

賃貸経営不動産再生

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次世代職人時代の幕開け
職人消滅可能性時代に、新たな職人の世界を創るひとたち

不動産業界において大きな変化が起こりつつある。そうした中、「不動産オーナー井戸端ミーティング」を主宰する𠮷原勝己オーナー(福岡市)が中心となり、貸し手と借り手、そして地域にとって「三方よし」となる、持続的でブランディングされた不動産経営を目指す勉強会を有志で開催している。

当連載では、建築・デザインを学ぶ学生たちと、全国から集まったプロフェッショナルが一緒に受講する場として、九州産業大学建築都市工学部で行った全14回の「不動産再生学」と題した寄附講座を紹介。今回は「ともにつくる」をコンセプトに、参加型リノベーションを専門に手がける、つみき設計施工社の河野直氏の講演をレポートする。

つみき設計施工社 河野直氏(千葉県市川市)

photo by Arakawa Shinichi

この記事の目次 参加型リノベーションで育む、人と街の「有機的な」関係性
建築への「違和感」が出発点
「野球」のように建築を楽しむ
転機となった「市川シフト」
街に広がる「顔の見える」関係性

 

参加型リノベーションで育む、人と街の「有機的な」関係性

私は26歳の時、大学院を出てすぐに「つみき設計施工社」という小さな工務店を立ち上げました。どこかの設計事務所やゼネコンに就職することなく、いきなりの起業です。

掲げたコンセプトは「ともにつくる」。 私たちは、住宅や店舗、公共空間をプロだけで作るのではなく、住む人、その家族、友人、地域の人たちと一緒につくる「参加型リノベーション」を専門に行っています。

なぜ、そんな面倒なことをするのか。そして、なぜ千葉県市川市という私の住む街に活動を集中させているのか。今回は、私たちが実践してきた「ともにつくる」活動と、そこから見えてきたこれからの建築や職人のあり方についてお話しします。

建築への「違和感」が出発点

学生時代、建築を学びながら強烈な「違和感」を抱いていました。 建物をつくるプロセスには、「住む人(施主)」「描く人(設計者)」「造る人(職人)」の3者がいます。本来、一つの建築物をつくるチームのはずなのに、この3者が同じ価値観を共有できていなかったり、お互いに学び合ったりする関係性が希薄だと感じていました。

「お金を払えば、完成した建物が手に入る」。 今の社会では当たり前のこの消費行動が、建築物をつくる喜びや、そこに関わる人たちの関係性を分断しているのではないか。その違和感を払拭できないまま就職することはできず、私は「住む人・描く人・造る人」が一緒になって汗をかき、喜びを分かち合える場をつくろうと決心しました。

創業当初は仕事などありません。DIYという言葉もまだ浸透していない2010年頃の話です。半年ほどは生活費をできるだけ抑えながら耐え忍び、ようやく舞い込んだ最初の仕事は、100万円の予算で玄関の一畳分をお菓子屋さんにするという小さなプロジェクトでした。 施主さんとそのお父さん、そして私たちで大工さんに手ほどきを受けながら作り上げました。その時のお父さんはもう亡くなられましたが、施主さんは今でも「父と一緒に作った店だから辞められない」とおっしゃいます。

「手で作る」ことには、単なるコスト削減以上の、強烈な意味がある。 私はその時、「住まいをつくることは、喜びに満ちあふれている。その喜びは、関わるすべての人で分かち合うことができる」とブログに書き記しました。それが今の活動の原点です。

 

「野球」のように建築を楽しむ

今、日本中で「職人が消滅する」と騒がれています。確かに統計を見れば職人の数は激減しています。しかし、私は少し違った未来を見ています。

皆さんは「野球」をどう捉えていますか? プロ野球選手もいれば、草野球を楽しむ社会人もいるし、高校球児も、キャッチボールをする親子もいます。誰がやっても「野球」は野球であり、その裾野の広さが野球文化を支えています。

建築も同じようになれないでしょうか。 これまでは「プロの職人」だけがつくるものとされてきましたが、これからは「プロ」「セミプロ」「DIY熟練者」「ビギナー」といった多様なレイヤーの人たちが、同じ「つくる」というルールの下で共存し、学び合う生態系がつくれるはずです。

私たちの現場では、プロの職人が「先生」になります。家具職人がノコギリの使い方を子どもに教えたり、左官職人が壁の塗り方を施主に教えたりします。設計者やDIY熟練者などがその高度な技術を「翻訳」して伝える役割を担い、素人はその技術に触れて「つくる喜び」を知る。そうやって役割を少しずつ「はみ出す」ことで、お互いにリスペクトが生まれ、建築の現場はもっと豊かになります。

 

転機となった「市川シフト」

創業から5年目に大きな転機が訪れました。 それまでは関東一円、どこへでも仕事に行っていました。東京都の下北沢の現場まで往復4時間かけて通う日々。ふと、「これって効率悪いし、なんか違うな」と気づいたんです。

「自分の住んでいる街、働いている街で『ともにつくる』を実践したほうが参加型リノベーションの効果をもっと発揮できるし、自分たちの幸せにもつながるのではないか」

そう考え、私が暮らす千葉県市川市に活動エリアを絞ると宣言しました。 その象徴となったのが「123(いちにっさん)ビルヂング」というプロジェクトです。駅から徒歩20分、10年間空き家だったカビだらけの元質屋のビル。ここをシェアアトリエにしようと動き出しました。

 

最初は誰も見向きもしません。そこでまず、この廃墟でビールを飲むイベントを開きました。「なんか汚いけどワクワクするね」という空気が生まれ、掃除ワークショップ、DIYワークショップと段階を踏むうちに、「ここでお店をやりたい」という人が現れ始めました。 半年後にはクッキー屋さん、アンティークショップ、自転車職人など、10組のクリエイターが入居する満室のビルに生まれ変わりました。

 

街に広がる「顔の見える」関係性

市川に活動を絞ってから、面白い連鎖が起きました。 123ビルヂングから自転車で3分の場所にある老舗乾物屋の倉庫をカフェ「かんぶつとコーヒーのお店 まるに商店」にリノベーションし、その数分先では小さなケーキ屋さん、さらに近所の神社のイベントで子どもたちと遊ぶ……。 気が付けばこの10年で、市川市内だけで64件ものプロジェクトを手がけていました。

驚くべきは、その定着率です。 手がけた店舗40件のうち閉店したのはわずか3件。事業継続率は93%です。一般的に飲食店の継続率はもっと低いはずですが、なぜこれほど続くのか。 それは、わざわざ自分の手を動かして、汗をかいてまで「店を作りたい」という熱量を持った人たちがオーナーであることがおおきな一因だと思います。そして、一緒に壁を塗ったり床を張ったりした仲間たちが、オープン後も「自分たちが作った店」として通い、応援してくれるからです。

僕たちは、意図して「コミュニティーをつくろう」とはしていません。 同じ街に住み、同じスーパーで買い物をし、子どもが同じ小学校に通う。仕事とプライベートが地続きの中で、自然とあいさつし、助け合う関係性が生まれているだけです。「ともにつくる」というプロセスを経ることで、ただの「客と店」「施工者と施主」という関係を超え、街の中に「仲間」が増えていく。それが結果として、街の風景や空気感を変えていくのかもしれません。

 

日本の技術を、世界へ、次世代へ

今、私たちの活動は海を越え始めています。 6年前、私たちの本『ともにつくる DIYワークショップ リノベーション空間と8つのメソッド』を見つけてくれた韓国の研究者との縁で、韓国の群山(グンサン)という街でDIYワークショップを行いました。また、私の地元である広島県三原市にある離島・佐木島でも、建築を学ぶ世界中の学生を集めた「The Red Dot School(レッドドットスクール)」という学校を始めています。

海外の学生たちは、日本の建築技術に憧れを持っています。現代建築はもちろんですが、日本の伝統的な木造建築の技術、特に「継手(つぎて)」などの職人技は世界でも稀有な「生きている技術」として注目されています。

日本には、世界トップレベルの技術を持った職人がいます。彼らがもっと輝き、その技術が多くの人に開かれ、次世代や世界へと受け継がれていく。そんな未来をつくるために、私たちはこれからも「ともにつくる」種をまき続けていきたいと思っています。

建築は、もっと自由でいい。 誰がつくってもいいし、誰とつくってもいい。 皆さんも、まずは自分の住まいや身近な場所から、小さな「ともにつくる」を始めてみませんか?

(2026年1月公開)

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