アーティスト需要を取り込む -かみいけ木賃文化ネットワーク

賃貸経営リフォーム・リノベーション

<<地域資源の活用方法>>

足りないものは別の物件で補いながら
アーティスト需要を取り込み息吹き返す

風呂はなく、トイレは共同。50年近く前に建てられた木造アパートでありながら、満室経営を実現しているケースがある。人気の物件になった理由は、不足する設備をリノベで付け加えるのではなく、近隣にある物件で補うというアイデアだ。

かみいけ木賃文化ネットワーク(東京都豊島区)
山田絵美氏 山本直氏


 東武鉄道東上線北池袋駅周辺にある上池袋は、繁華街・池袋の隣にありながら、静かな住宅街の様相を呈している。このエリアで、アーティストを中心に人気となっている築古木造物件が2棟ある。「山田荘」と「くすのき荘」だ。

 山田荘は6戸のアパートで、6畳一間で風呂なし・トイレ共同。くすのき荘は、もともと運送会社の事務所兼住居だった建物だ。いずれも1970年代に建てられた木造物件で、現代のニーズにてらし合わせると入居づけの難しい物件だ。しかし、単に住む場所としてだけではなく、アトリエ利用という需要をつかむこと、そして不足している部分はもう片方の物件で補うという発想で、物件に新たな価値を与えている。

木賃ならではの距離感 マイナス要素をプラスにする

 この取り組みは、建築家の山本直氏と山田荘のオーナーである山田絵美氏が共同で設立したかみいけ木賃文化ネットワークによって管理・運営されている。きっかけは、山田氏が父の所有する山田荘の管理・運営を任されたことだった。引き受けた当初、入居者は1人しかおらず、家賃は3万円だった。

 「借り入れの返済もとっくに終わっており、積極的に入居者募集をしていなかった物件でした。それでも、古くなったから新しいアパートに建て替えればいいというわけでもないとは思っていました」と山田氏は言う。

 というのも、山田荘は自宅のすぐ隣にある物件。幼少期から遊び場にもなっていた愛着のあるアパートだったからだ。そのままの形で生かすことはできないかと考えた。

 そこで、当時住んでいた横浜から山本氏と共に上池袋の山田荘に居を移した。今後の活用法について腰を据えて考えようと思った矢先、大きなインスピレーションを与えられる出来事があった。それが豊島区のアートプロジェクト「としまアートステーション構想」だ。

 2014年、事務局が活動場所を探していることを知って、アートイベントの拠点として山田荘を貸し出したところ、参加者から「隣の住人の声が聞こえるのがいい」「古い分、アトリエとして気にせずこのまま使いたい」という声が上がった。通常の賃貸住宅であればマイナス要素でしかない特徴が、創作活動を行う人々にとっては魅力的に映ったのは山田氏にとって驚きだった。これをきっかけに、基本的に家主負担でのリフォームは行わないが、入居者が使いやすいようにDIYできる物件として貸し出すという方針が固まった。

 DIY可能物件としてアーティストへ貸し出すならば、山本氏と山田氏は別の物件に引っ越さなければならない。そこで、引っ越し先を探している中で偶然出合ったのが山田荘から徒歩2分程度の場所にあるくすのき荘だった。

 「くすのき荘を見つけたことで、山田荘に足りないお風呂やキッチン、広い作業スペースはくすのき荘で補えばいいというアイデアが生まれました」(山田氏)
まずは2階の一部分のみ月5万円で借り、1年半かけてDIYでリノベしていった。山本氏と山田氏の住居部分のほか、シャワールーム、キッチン、リビングとミーティングルームを備えた。

 2人の住居部分以外は、山田荘の入居者が自由に使えるスペースにしたことで、山田荘自体の価値が上がった。くすのき荘の利用料込みで月5万円の賃料を設定することができたのだ。このアイデアにより、全く利益を生み出していなかった築古アパートが、月30万円の収益を生むようになった。

 その後、くすのき荘の建物を1棟丸ごとと、空き家になった隣接する元・製紙会社の建物を月30万円で借り上げた。くすのき荘の一階部分は八つのシェアアトリエと工作スペース、喫茶店・イベントスペースにし、元製紙会社の建物には新たに個室アトリエを5戸造った。シェアアトリエは月額2万2000~3万円、個室アトリエは3万4000~3万9000円で設定しており、こちらも満室経営中だ。

▲自由に覗けるシェアアトリエはギャラリーのようだ

借り手がいなければ「住む」以外の方法もある

 単に二つの物件の行き来を可能にするだけでは、現在のような成功はなかっただろう。この取り組みにおいては、アーティストのアトリエ需要をつかんだことも大事な側面だ。

 「例えば美大の学生は、学校に通っている間は教室を使うことができますが、問題は卒業後。都心で作品発表の機会を持つためには、創作の場も都心近くにあるほうが望ましいのです」(山田氏)

 こうした需要に応えられるのが「アトリエとしての木賃アパート」だ。老朽化しているうえに住環境としても現代にマッチしない物件の、新たな活用方法になる。

 単純に、アトリエとしての利用価値があるだけでなく、人が集まればコミュニティーも生まれる。利用者同士、創作への刺激を受けられる環境が出来上がるのも、この取り組みが生み出す大事な効果だと山田氏は考える。

 「クリエイティブな人たちが集まること、それ自体が、まちの価値を上げることにつながっています」(山田氏)

 都内には「アトリエ利用」として再生すれば、多くのニーズを取り込むことができるポテンシャルに満ちた築古木造アパートが、まだたくさんあるという。

 「今後は、そうした物件を持つオーナーと、利用したいアーティストとをマッチングする役割を担うことができればいいと思っています」(山田氏)

(2026年3月号掲載)

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