<<ビルオーナー物語>>
事業・資産と地域への思いを受け継ぐ
三つの柱を軸に進めた承継プロジェクト
千葉県船橋市にあるJR総武本線津田沼駅。かし熊は、同駅周辺エリアで105年にわたって事業を行っている。2025年7月に社長に就任したばかりの4代目・椎名航一社長は、老舗企業の事業承継を三つのキーワードを基に進めたという。
かし熊(千葉県船橋市)
椎名航一社長

津田沼駅の北口を出るとすぐ左手に7階建ての商業ビル「津田沼パスタビル」が見える。かし熊が1982年に竣工した第1号ビルだ。同社は、このほかに「新津田沼パスタビル」「はまゆうパスタビル」「ロッソパスタビル」「マロニエ通りパスタビル」を合わせて津田沼駅周辺に商業ビルを5棟、そして千葉県内に2棟の賃貸住宅を所有・管理している。その不動産資産の規模はおよそ20億円だ。
「賃貸管理事業を行っているため、当社の屋号は『貸し』熊だと思われるでしょう。しかし実は創業者が修行していた『菓子熊』という店名が由来です」と航一社長は話す。
航一社長の曽祖父の波太郎氏が1920年に同地で始めた食堂及び雑貨事業は、祖父で2代目の男氏の時代の70年に駅前開発事業が始まったことで不動産事業に軸を移した。そして、父である3代目・博信氏は資産の入れ替えと拡大を進め、さらに会社を大きく成長させていった。

▲1920年、波太郎氏が立ち上げた食堂・雑貨店
こうした父の姿をそばで見ていた航一社長には、もちろん椎名家の長男として「いつかはかし熊を継ぐのだ」という意識はあった。
「ですが、父からは『好きなことを学び、外の世界を体験してこい』と言われました」(航一社長)
そこで、千葉工業大学を卒業後はIT企業で開発の職に就いた。好きなことを仕事にしつつも、折に触れ、父から家の歴史、そしてビル経営について話を聞く機会を持った。その中で「曽祖父の代から連綿と続くかし熊を継ぎたい」という気持ちが大きくなっていった。
その気持ちが揺らぐことはなく、2018年に会社員を辞めて、かし熊に入社。4代目としての修業を開始したのだった。
「今回、4代目を継ぐにあたって、三つのことを承継したと考えています。一つ目が『事業』、二つ目は『資産』、そして最後が『地域での役割』です。事業の承継が入社と同時に始まりました」(航一社長)
トラブルやクレーム処理 経験と知識を積み重ねる
父から家業について話は聞いていたものの、実際のビル管理については全くの素人。テナントへのあいさつから始め、先輩社員に同行する形で掃除などの現場仕事から学んでいった。
- ▲同社のメインビル、津田沼パスタビル
- ▲2013年に購入したロッソパスタビルは店舗と住宅から成る
会社員として身を置いていたITの世界では、依頼に対して成果物を提出することで対価が発生した。だが、賃貸事業ではすでに建物が建てられていて賃料が入ってくる状態。
「自分では何もつくり出していないのに対価が入ってくるという状態に違和感を抱いた、というのが最初の正直な感想でした」と航一社長は笑う。
当初こそ、自分の手を動かしていないと感じた管理業務だが、関わる中でトラブルに見舞われることも出てきた。ある時、こんな経験をした。所有ビルで雨漏りが発生し、修繕が必要なもののすぐに業者の手配ができなかった。だが、雨漏りは待ったなし。航一社長は、夜通し現場に張り付いて、雨漏りを受けるバケツが満杯になったら捨てる…という作業に当たったという。
一方で、こうしたトラブルを経験することによって、同社が目指す「安心」「安全」「美しい」賃貸経営スタイルの体得につながったともいえる。
現場で2年間、管理事業を学び、2020年には専務という立場で家業に関わることになった。いよいよ、次の代表として経営の在り方を考える段階が来たのだった。
「修繕対応や、社員からの相談事に関して、少しずつ私の判断で進めるように父が促していってくれました」(航一社長)
テナントとの裁判も経験した。
「騒音問題でした。口頭での指導では改善が見られず、簡易裁判所に出向いて、先輩社員と話し合いながら進めました。当社の契約書上の記載が曖昧になっていたこともあり、長引く結果になってしまいました」(航一社長)
こうした経験の一つ一つが、賃貸管理事業の血となり肉となったという。
「賃貸管理事業は、経験と学びがすべてだと思います。それを積み上げていくことで、テナントにとってどのようなビルがいいビルなのかがわかります。あとは実践に移していくことが大事だと考えます」と話す航一社長。前社長の博信氏も、そうした航一社長の姿をしっかり見ていた。
「ありがたいことに、専務時代の最後のほうは、父は最終決定の時だけ顔を出す形になっていました。代表交代に向けた準備がしっかりできていたのだと感じています」(航一社長)
資産価値が高まる駅周辺 6年かけて承継に向き合う
4代目への承継で最も時間と神経を使ったのが資産承継だった。
「資産承継では、津田沼パスタビルの底地の承継と、かし熊の株式譲渡の2点について考える必要がありました」(航一社長)
133坪の同ビルの底地は、個人所有で受け継いでいる。祖父から父への承継では、個人間での売買という形を取り、土地購入の借入金の返済原資は、会社が個人に支払う地代を充てていた。
だが、今回の承継では相続時精算課税制度を活用しながら底地を生前贈与することにした。同制度の場合、相続発生時に持ち戻しがあるものの、贈与時の路線価で計算される。
「毎年10%ずつ路線価が上がっている津田沼駅前においては有利になるという判断です」(航一社長)

次に、株式の承継だ。かし熊の株式は両親が所有していた。所有物件のうち、4棟の借入金は完済済み。現金資産が積み上がっていくに従い、株価も上がっていた。
かし熊のような同族株主の非上場会社において、株価は類似業種比準価額方式、もしくは純資産価額方式、あるいは両方の併用で算出される。同社のように不動産資産が多い場合、純資産価額方式では不利になる。そのため、できる限り類似業種比準価額方式の割合を上げる必要があった。
「当時の社員は3人だったため、これだけでは区分が【小会社】になってしまいます。ですが、取引金額基準が4億円以上の場合は【中会社の大】の判定になるとわかりました。この判定であれば、類似業種比準価額×90%+純資産価額×10%という算出が可能になるのです」(航一社長)
そこで、承継時に合わせて家賃年収を4億円台に乗せるべく、最後の1年は神経を使いながら賃貸経営を行ったという。
それに加えて、父母への退職金の支払いも行った。類似業種比準価額の評価は資産、利益、配当で構成される。そのため両親への退職金の支払いで一時的な株価の評価減を狙ったためだ。役員退職金には損金算入できる適正額があり、その適正額の範囲内の支払いでは利益が残ってしまうことになる。そこに追加で、投資商品として所有していた株を売却。売却損を出すという形も組み入れた。
「株価の評価を確実に下げるという意味では、最後の年は大事な1年でした。ですが、それに向けての下準備は19年より、税理士との話し合いやセミナー参加などで始めていました。土地の承継や資金繰りの検討など、ここまでに至る積み上げがあってこそのことだったと思います」と航一社長は振り返る。
6年という長期にわたる準備期間の中で、今までの人生では考えも及ばなかったような金額を扱う必要があった。勉強し、検討を重ねながら、さまざまなパターンでシミュレーションデータを作成することができたのは、理数系出身でデータの扱いに慣れていたからだと自己分析する。事業承継に向けたシミュレーションデータを可視化できたことは、4代目を継ぐにあたって大きな自信になったという。
こうして、最も難題であった資産承継を成功させたからこそ、三つ目のポイントである「地域での役割」についても腰を据えて取り組めるという。
祖父の代から地域の顔 次世代にも愛着を持たせる
博信氏が1997年に竣工した新津田沼パスタビルは、このエリアの氏神を祭る八坂神社のすぐ脇に立つ。こうした土地を紹介されたのも、男氏以来、かし熊の当主が神社の総代を務め、お祭りを支えていることとは無関係ではないだろう。
「祖父も父も、総代という立場のほかに船橋商工会議所の議員、地元の商店会や街づくり協議会の役員を務めるなど、いわゆる街の『顔』として尽力してきました」(航一社長)

▲八坂神社の裏手の土地に竣工した新津田沼パスタビル
航一社長自身も、現在は商店会の会計委員という立場で、地域発展のためのイベント活動に携わっている。
「初めは父の後を追う形で、地元の活性化や安全を守る団体に所属しましたが、活動に関わるうちに自分事として街に貢献していこうという考えが強くなってきました」と航一社長は話す。
また自身がそうした活動に身を置くことは、次世代、つまり自分の子どもにとってもプラスに働くと期待する。
「思い返してみれば、自分も小さい頃、父が関わっている神社の神輿渡御など地元に根付いたイベントに参加し、街への思い入れが深くなっていたと思います。今度は私が自分の子どもを街のイベントに連れて行くことが大事かなと。まずは津田沼が楽しい、好きだという気持ちを持ってもらうのが第一です」(航一社長)
- ▲同神社には、歴代の椎名家の名前が刻まれている
- ▲お祭り時に神輿を担ぐ航一社長(左から2番目)
子どもたちはまだ幼いものの、すでに目線は次の承継を見据えている。自身の代で最も大きなプロジェクトになりそうなのが、津田沼パスタビルの建て替え計画だ。
そのためには、建て替えに耐え得る「体力」を蓄えていかなくてはならない。津田沼の所有物件は全て自主管理を行っているため、新規取得は新築や築浅など管理の手間が少ない物件を選定している。そこで自身の承継後は、千葉県内や東京都内など、津田沼にこだわらずに物件取得を進めている。また、守るべき津田沼パスタビルの立つ土地以外は将来的な売却を見据えている。そのため資産価値の上昇を含む出口の広さも考慮しているのだ。
「次世代には必ずしも賃貸管理事業を継いでもらう必要はないと思っています。とはいえ『引き継いでもいい』と思える資産を残しておくことが大事だと思います」(航一社長)

▲航一社長の代で購入したマンション

(2026年3月号掲載)






