よみがえる水都や演芸の歴史
まちの文化、観光資源となるビルを経営
大阪に、所有ビルを通じて、まちづくりに尽力するオーナーがいる。北浜の水都や道頓堀の演芸という街の魅力を引き出すビルを経営。地域の人や観光客の集まる場所を作り、文化を守っている。
山根エンタープライズ(大阪市西区)
山根秀宣社長(59)

父と子の2代で事業を伸ばす 事業で大阪の良さを伝える
山根秀宣社長は、一族の個人所有と、社長を務める山根エンタープライズ(大阪市)で所有する分を合わせてマンション8棟214戸、ビル6棟、飲食店のほか、賃貸中の土地や太陽光発電を所有している。不動産事業は父が始めたもので、父と山根社長の2代で規模を拡大してきた。築き上げた資産は22億円ほどにもなる。
所有する6棟のビルは、1棟は福岡に、ほか5棟は大阪にある。
山根社長の不動産経営の特徴は、所有不動産の活用が大阪のまちの魅力の一つになると気付き、不動産経営を行う中でまちづくりに尽力してきたことだ。
大阪で生まれ育った山根社長は、幼少期からまちを歩き回るのが大好きな少年だった。それが高じて「大阪がいかに素晴らしいのかを伝える」ことが山根社長のライフワークとなった。所有ビルの中でも、大阪市中央区北浜のビルと道頓堀のビルはまちのアピールや地域文化の創出・再現にこだわって経営しているという。
北浜と道頓堀のビル 立地生かして文化再生
山根オーナーがまちづくりへの思いも込めて経営している二つのビルは次の2棟だ。
- ▲Y’sピア北浜の外観
- ▲大阪会議顕彰のレリーフをビルの正面に掲げた
~Y'sピア 北浜~
北浜エリアは、かつて金融で栄えた場所。しかし、証券会社の多くが去った後は空きビルを多数抱える場所になっていた。北浜から程近い中之島公園は、段ボールハウスがズラリと並んでいるような状況だったことすらあった。大阪メトロ堺筋線北浜駅から1分の場所に山根オーナーは「Y's(ワイズ)ピア北浜」を取得。06年のことだった。
実は北浜は明治時代には三権分立が合意された大阪会議が開催された歴史ある場所だ。またビルの前には北浜の地名の由来にもなった土佐堀川が流れ、北浜エリアの中でも水の景色を楽しめる立地でもあった。「文化とロケーションを生かして何とか大阪を再生したい、こんな素晴らしい場所があると皆さんに知ってほしいと思い購入しようと考えました」と山根社長は振り返る。
山根社長がこだわったのは、「水都大阪」を観光資源とすることだった。自分のビルを観光資源として役に立つ施設にしようと考えた山根社長。民間人の自分も水都大阪をアピールしようと考え、自身はまず空きビルを取得したという。「ビル経営の想定利回りが7%ほどと低かったことから、父からは大反対を食らってしまいました。しかし、反対に屈せず購入してよかったと思っています」(山根社長)
1996年築の8階建てのテナントビルは、1階が38㎡、2~8階が53㎡だ。サンドウィッチ店やヘアサロンやバーが入居し、最上階は山根社長が自ら民泊を経営している。「取得直後にリーマン・ショックが起き、退去が続いたというピンチもありました。また利回りも当初は7%にも届かなかった。しかし、利益は少ないながらも黒字経営はできていましたし、地域に貢献している建物を所有している喜びもありました。今は2018年に民泊に改装したフロアの収益性が高く、利回りも向上しています」(山根社長)
- ▲Y’sピア北浜に入居するサンドイッチパーラー47。水の景色を楽しみながら食事ができる
オーナーとして自身の所有ビルを堅実に経営し、エリアの観光スポットをつくることができたという。
大阪の「水」という観光資源を生かし、水辺の商業ビルとしてオフィスビルから用途を転換させ、新しいまちの在り方を支える場所に仕上げることができた。
ビルの経営とともに、公的な活動も行っている。09年に「川とまちの連続性をつくりたい」「大阪ならではの風物詩をつくりたい」という同じ志を持つ仲間と共に北浜水辺協議会を立ち上げて事務局長に就任。官民協働の取り組みとして、土佐堀川の川床の活用に関わるようになった。
この取り組みは所有ビル以外の場所やエリアのテナント、住人を巻き込んだ活動となり、この場所は今、「北浜テラス」と名付けられた人気スポットに成長している。川床の設置や清掃、プロモーションなどを通して、土佐堀川は観光資源としてよみがえったのだ。
~Y'sピア道頓堀並木座ビル~
次に山根社長が着目したのが道頓堀エリアだ。17年に取得したのが、近畿日本鉄道難波線近鉄日本橋駅から徒歩4分の場所にある1954年築の店舗兼住宅ビル。1フロアの広さは48㎡ほどである。道頓堀といえば「食い倒れの街」のイメージがあるが、それより前はもともと劇場街で演芸が盛んなエリアだったという。だが、その文化は失われかけていた。

▲Y’sピア道頓堀並木座の外観
「道頓堀は今では、ドラッグストアが多くなっています。昔の大切な文化、歴史を後世に伝えていきたいという思いからビルの購入に踏み切りました」と山根社長は振り返る。
築古ゆえに銀行の融資は得られず、それまでにためた証券を売って現金で購入したという。取得価格は2億円、改修にはさらに4000万円かかった。
歴史を伝えるという目的があるため、最も家賃が取れる1階で山根エンタープライズがあえて「道頓堀ミュージアム並木座」を運営している。ミュージアムは常設で、演者によるガイドを受けたり「回り舞台」の体験をしたりすることができる。月に10回ほど行われる落語会や浄瑠璃ライブなども好評だ。
- ▲24年12月、月亭文都御座候の様子
- ▲歌舞伎の変身体験もできる
こういった文化を守る活動は地域にとって大切なものだが、大きな収益を上げられるものではない。実際に、同ビルの収支もミュージアム部分だけ見れば赤字だという。そのため山根社長は、飲食店や民泊などほかの部屋で収益を得ることによりビルの経営を成り立たせている。
「実は、ビルは二つの道に挟まれており、それぞれ道の高さが違うため路面店が表と裏二つある状態です。劇場側でないほうの路面は飲食店に賃貸しています。また3階はもともとオーナーの住居だったので、リノベして民泊としました。屋上はビアガーデンです。特に民泊の利益率が高くミュージアムの赤字を補うことができています。ビル全体で見た利回りは13%ほどです」(山根社長)
地元の人も、道頓堀に日本人が来なくなって今まであった面白さがなくなってしまったと嘆いていたが、山根社長が劇場をつくったことで懐かしさや将来への期待を持ち始めたという。商店街の会報で演劇情報を紹介してもらえるようになるなど、地域にも徐々に根付いている。
築古ビルは、かつての文化を再び道頓堀にもたらす存在となった。所有不動産がエリアの人々を元気づけ、観光資源にもなったことは山根オーナーにとっても大きな喜びだった。
山根オーナーは、最初から不動産経営が自身のライフワークであるまちづくりとつながっていることに気づいていたわけではない。父が事業を起こし、収益を上げられるようになったタイミングで、プライベートの活動としてまちづくりのプロジェクトに参加。そこで不動産経営とまちづくりが結び付いたのだという。
1980年 山根社長、大阪で生まれる。幼少期より、まちづくり、街歩きに興味を持つ
92年 父、山根社長を家業の不動産事業に関わるよう説得
97年 法人、山根エンタープライズを立ち上げる。心斎橋に本社ビル「Y’sピアアクセス心斎橋」を取得
2002年 山根社長、「長屋再生複合ショップ惣」の再生に関わる
03年 大阪・箕面船場に倉庫「Y’sピア箕面船場」を取得。事務所ビルにリノベーションする
06年 北浜の「Y’sピア北浜」を取得。北浜テラス実現に向け地域をつなぐ
09年 山根社長、「長屋再生複合ショップ惣」を取得
17年 道頓堀の「Y’sピア道頓堀並木座ビル」を取得
18年 Y’sピア北浜の8階を民泊に改修
19年 Y’sピア道頓堀並木座ビルをリノベし、1階でミュージアム兼演芸場、3階で民泊を開業
(2025年4月号掲載)
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