第1部:次世代不動産経営のための不動産学を実学から学ぼう
第2講『人工知能による経営革新から始まる新時代』①
不動産業界において大きな変化が起こりつつある。そうした中、「不動産オーナー井戸端ミーティング」を主宰する𠮷原勝己オーナー(福岡市)が中心となり、貸し手と借り手、そして地域にとって「三方良し」となる、持続的でブランディングされた不動産経営を目指す勉強会を有志で開催している。
当連載では、建築・デザインを学ぶ学生たちと全国から集まったプロフェッショナルが一緒に受講する場として、九州産業大学建築都市工学部で行われた全14回の「不動産再生学」と題した寄附講座を紹介。今回は「不動産学における人工知能のビジネス活用」を中心に、清田陽司氏の講議をレポートする。
新技術を不動産に活用し、新たな世界を創るひとたち
麗澤大学工学部教授 / 株式会社FiveVai 取締役CDO / 株式会社LIFULL 主席研究員
清田陽司氏

AIの活用と不動産学の共通点
今回の話の狙いは2つあります。まず、AI(人工知能)をどう使いこなすかという話が吉原さんからありましたが、現代のスーパー・パワーとして捉えていただければと思います。AIを使うと使わないとでは、目標達成の度合いが大きく変わってきます。使いこなすためのヒントをお話しします。もう1つは、この講義は不動産再生学ですが、不動産再生学とAIは非常に似ている学問です。共通点をベースにお話しし、これからのコラボレーションの可能性を皆さんとの議論から見出していきたいと思います。
AIの研究開発とビジネスへの応用
不動産分野でのAIの研究開発を13年前から始めました。2025年4月から大学の教員として働きながら、自分の会社も共同経営しています。AIの仕事は時間と場所にとらわれずにできるので、ワーケーションのような働き方も可能です。私のキャリアを簡単に説明すると、元々は大学の研究者として仕事をしていましたが、会社を作りました。その会社がLIFULL(ライフル:東京都千代田区、以下、ライフル)に買収された後は、民間企業で研究を続けました。その後、また会社を作り、2回起業して2回会社をM&A(合併・買収)しました。AIの研究がビジネスの色彩を帯びてきたことが、起業のきっかけです。
ライフルでの仕事として3Dで部屋の様子を確認できる「プライスマップ」というサービスを開発しました。地図上の不動産の参考価格をAIで出すサービスです。物件の値段や賃料の相場感が分かるので、家探しの参考になります。また「3Dマリットサービス」も開発しました。物件サイトに間取り図がついていますが、間取り図だけでは部屋のイメージがつかみにくいです。部屋にベッドや家具を置くとどんな感じになるかイメージしづらい時に、3DやVR(仮想現実)を使えばもう少しイメージしやすくなるのではないかと考え、サービスを作りました。
具体的には、ライフルホームズの物件サイトに「3D間取り」というリンクを貼り、クリックするとAIで解析されたVRコンテンツが見られるようにしました。VRなので、オンライン上でウォークスルーして部屋の中を歩き回ることができ、物件に行かなくても部屋の空間のイメージがつかめます。AIを使って作ったこのサービスは、自社だけで研究開発したものではありません。間取り図にはいろんなフォーマットがありますが、それを正確に解析できる技術は世界中どこにもありませんでしたし、10億円以上の研究開発投資が必要になるほど大変なことでした。
そこで、自分たちだけでやるという考え方を一旦手放し、世界中の研究者の力を借りる仕組みを作れないかと社内で議論しました。そして、ライフルが持っているデータを研究者向けに無償で提供する仕組みを始めました。国立情報学研究所(東京都千代田区)の協力を得て、物件データや間取り図、写真のデータを研究者に無償で提供しました。大学の学生も多く使っており、研究スタイルの申し込みがあれば実際に使えるようになっています。
このデータが世界中の研究者に使われ、その研究成果を元にライフルの3D間取りサービスを作りました。データを提供すると多くの研究者が集まり、議論する場が必要になります。そのため2017年より、人工知能学会の全国大会で「不動産とAI」という企画を毎年行っています。こうしたセッションを通じて、データを使っている人や不動産分野でAIを研究している人と議論し、そこからも多くのヒントを得ています。
AIのフロンティアと不動産学
ここまで、いろんなAIの使用事例を紹介してきましたが、ここからはAIと不動産という学問で関連する点を少し紹介したいと思います。
AIという学問は少なくとも70年の歴史がありますが、一般的に思われているAIの範囲と、実際のAI研究者が扱っている範囲は結構違います。図1は、人とロボットが対話している様子を示しています。一般的にAIとしてイメージされるのは、このロボットの中にどんな技術があるかという部分です。この赤い範囲が一般的にイメージされるAIの範囲です。

【図1】
しかし、AIの研究はここだけでは終わりません。実際には、この外側もAIの研究対象です。例えば、人とロボットが共有する環境も研究対象です。「部屋の中で対話する」「街の中で対話する」「VRやゲームの世界で対話する」など、AIと私たちが共有する世界の中でどういう活動をするかが研究対象になります。ここでは、エージェントや心理学、デザインなどもAIの扱う範囲に含まれます。
さらに、AIは社会的な影響も持っています。例えば、インターネットやSNSなどでアメリカのトランプ大統領やバイデン前大統領の動画が流れますが、それがAIで作られた嘘の動画であることがあります。プロパガンダや人々を誘導するためにAIが使われることもあります。AIは良い面もありますが、悪い面でも影響を与えるようになってきています。倫理や信頼性、公平性などが今のAIの問題点です。
もう一つ紹介したいのが、AIとフロンティアを表現した図2です。AIのいろんな目指すべき方向性が書かれています。対話、ロボット、学習認識予測、知識推論、進化生命成長など、AIの発展していく方向性はこれぐらいの広がりを持っています。

【図2】
真ん中が真っ白になっていますが、ここがAIのフロンティアです。信頼性、プライバシー、倫理、ウェルビーイングなどが今のAIのフロンティアです。AIのコアは、AI研究者が究極的に目指している部分ですが、ここはまだスカスカです。なぜなら、AIが目指しているのは知能を人工的に再現することですが、それには「知能とは何か」という問いに答える必要があります。これは哲学の領域であり、まだ答えが見つかっていません。知能が何かを探求することもAIのフロンティアです。AIの研究分野は、基礎から応用へ、応用から基礎へと動きながら発展してきました。
AIが世の中で使えるようになったのはこの10年ぐらいの話です。AIの技術が私たちの生活に浸透するようになったのは、こういう発展の流れがあったからです。このAIの構造は、不動産再生学にも当てはめられるのではないかと思い、マップ(図3)を作ってみました。社会・文化、金融・経済、法律・制度、ビジネス・マネジメント、心理・ウェルビーイング、デザイン・美学など、いろんなキーワードを並べたマップです。

【図3】
不動産再生学のフロンティアを目指す方向性は、例えば多くの人たちにとっての理想の住まいなどです。このマップは、対話型AIである「Chat(チャット)GPT」や「Claude(クロード)」といった生成AIに作らせました。不動産学は複雑で、いろんな周辺分野との関連性を持っています。基礎理論があるようでない感じもします。こういうマップを不動産分野の見取り図としてみんなで作ってみるのも面白いかもしれません。
(2025年5月公開)
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電子版:不動産再生学講座レポート第2講② by次世代不動産経営オーナー井戸端セミナー
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