<<文化財を生かす>>
90年を過ぎてなお現役!!
築70年後にリニューアル再生した長屋
20年間で1億8000万円の収益もたらす
祖父が建てた超築古長屋。次世代を考え、マンションへの建て替えでほぼ決まっていた。しかし、近代長屋で初の登録文化財となる可能性を示されたのをきっかけに修繕・活用の道を選んだ寺西オーナー。実は、手元に残るお金が、修繕のほうがはるかに多かった。経営的にもメリットの多い築古再生とは。
寺西興一オーナー(大阪市)
- ▲テナントとして利用されている長屋
「あの時マンションに建て替えなくて本当によかった。歴史ある古い建物を後世まで残せて何より、そのまま使ったことで借り入れもせず、税金の支払いも少なく、手元に残るお金も多かった――」。寺西興一オーナー(大阪市)は今、20年前を振り返り、かつての自身の選択が正解だったと実感しているという。
4軒連なる木造建築 家賃は年間960万円
寺西オーナーが所有しているその名も「寺西家阿倍野長屋」という物件は、築90年を超える2階建ての4軒が連なる長屋だ。大阪ミナミの天王寺の隣、大阪メトロ御堂筋線昭和町駅から徒歩1分ほどの路地を曲がったところにあり、今は四つのテナントが入居している。入居する4店はいずれも飲食店。中国料理店、そば店、焼き肉店、レストランだ。どの店舗も、古民家の良さを生かしつつ内装を改装して「味のある」雰囲気を提供している。訪れる客からも「古民家の雰囲気の中で落ち着いて食事ができる」と評判は上々だ。
- ▲床の間も有効利用
- ▲酒がディスプレーされた落ち着きのあるカウンター
長屋4テナントは、1住戸あたり1階と2階を合わせた約90㎡。1階奥には専用の庭もある。家賃はそれぞれ20万円。年間家賃収入は960万円だ。テナントに改修する際の初期投資が少なく済んだことで借り入れも不要で、古い木造建築のため建物の固定資産税も安い。そのため、手元に残る収益は年間900万円ほどになるという。
「かつては、いつかは取り壊さなければならない『古いお荷物』だと思っていた長屋でした。しかし建て替えではなくテナントにコンバージョンするという選択をしたことで、今や寺西家の貴重な収入源となっています」(寺西オーナー)
だが、実はこの寺西家阿倍野長屋、今から20年少し前には、取り壊して新築マンションに建て替えることが決まっていた。それがあるきっかけによって土壇場で残すことになったという。
- ▲長屋(右)の向かいは寺西オーナーの自宅
- ▲長屋の1階には専用庭
家賃収入を得るため建築 時代を先駆ける高級賃貸
もともとこの長屋を建てたのは寺西オーナーの祖父だ。大正時代、小学校の校長をしていた祖父は、いわば当時の地元の名士であり高収入を得ていた。そのお金で1926年(大正15年)にこの地に自分の家を構え、さらにその7年後の32年には家の向かいに4棟続きの長屋を建てた。これが今に残る寺西家阿倍野長屋だ。
「昔は、子どもが生活に困らないように、家賃収入を得られる貯金という感覚で長屋を建てたようでした。祖父は、家督を継ぐ長男用、つまり私の父に継がせる前提で、当時としてはとてもぜいたくな建物を建てたのだと思います」(寺西オーナー)
実際、祖父が建てた長屋は堅牢で、かつ時代の先端を行く設備があるものだった。住戸の間は床下から天井裏まで壁で区切られており、隣の話し声が聞こえないように配慮されていた。また1階に中廊下がある間取りは、プライバシーを保つための配慮だったのだろう。さらに、銭湯で入浴するのが普通だった時代にあって、この長屋には都市ガスの風呂が付いていた。今でいうところの高級賃貸住宅だった。
- ▲当時の建築確認書
- ▲長屋の建築図面を大切に保存
いつか壊す、と手をかけず 建て替えでほぼ決めていた
幸い戦争中も戦禍を逃れた長屋だったが、戦時中の1939年に国家総動員法に基づく勅令として地代家賃統制令が制定され、家賃の値上げができなくなった。この令は1986年まで続く。家主は、戦後の5年間で約100倍という超インフレに対応できなくなっていった。
高級長屋なのに低家賃のため出ていく入居者はほとんどなく、すぐ向かい側の土地に家を建てて住んでいた寺西一家とも、長きにわたって向かい同士で暮らしたものだった。
しかしさすがに築40年、50年、60年と時が経つうち、何家族かが世代交代などで入れ替わり始めた。だが、家主としては低家賃のため、改修できる状況にはなかった。いつしかかつての高級賃貸住宅も朽ちた築古物件となってしまった。
加えて、平成バブル前後には地価は上昇し、周辺でも住宅やビルの建て替えが進んでいた。ポツンと残された自分の長屋を見るにつけて寺西オーナーは、もはや建て替えるしかないと考えたという。
実際、マンションへの建て替えの話が契約寸前まで進んだ。2003年のことだった。
その時長屋は築70年超。10年近く前から、いずれ建て替えることを視野に入れ手をかけていなかったこともあり、4戸すべてが空室となっていた。当時の長屋の所有者だった父親もすでに高齢になっており、相続対策も考えなければならない時期に差し掛かっていた。
そこで寺西オーナーは、父親が健在のうちにマンションに建て替えるのがいいだろうと考えた。借り入れが発生するため相続税対策にもなる。マンション事業者が行う説明会に参加、提案されたプランの中に気に入るものがあり、ほぼ建て替えで決めていた。
(2025年8月号掲載)
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築90年超の長屋の価値
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