入居待ちの会社は8社以上 若手の起業家が集う出世ビル

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<<ビル経営の哲学>>

入居待ちの会社は8社以上 若手の起業家が集う出世ビル

東京都品川区にある「町原ビル」は、入居テナントが大きく成長して退去していくことから「出世ビル」と呼ばれている。ビルを引き継いでから自主管理を始め、テナントの成長を応援する町原寿オーナー(東京都品川区)は「人」がビルに価値を与えると考えている。

町原ビル(東京都品川区)
町原寿オーナー

 

クリエーターが集うビル

 JR山手線五反田駅の西口から歩いて8分、目黒川の目の前に立つのが町原ビルだ。ワンフロアが45~48坪の6階建てビルで、築55年になるが、現在8社が入居し満室経営を続けている。

 「ビルそのもの、建物自体には全く価値はないと思っています。私は、ビルに入ってくれる【人】にこそ価値があると信じています」。町原オーナーはそう話す。
 現在、同ビル1階には飲食店が入る。昼はカフェ、夜は日本酒バーとして営業しており、一日中、人の流れが絶えない。

 2~6階は、動画制作会社や猫共生物件からまちづくりまで手がける不動産会社、社会人を国内外のNGO(非政府組織)に派遣するプロジェクトを手掛けるNPO法人。そして撮影スタジオやランドスケープ設計会社、シェアオフィスなど、クリエーティブなテナントばかりがそろう。

 入居テナントとは頻繁に顔を合わせて食事をするという町原オーナー。それぞれのテナント同士を引き合わせることもある。

 「これだけ才能あふれる人たちが集まっていますから、その周りの友人たちも面白い人ばかり。みんなで集まって食事をすれば、お互いの良さを生かした新しいビジネスが生まれることもあります」(町原オーナー)

 町原ビル内で知り合い、結婚したカップルもいると聞くと、ビジネスだけでなく大きく「人の縁」をつなぐビルといえそうだ。

 町原オーナー自身、5階にオフィスを構えている。自主管理をしているため、設備の不具合やテナントの困り事に迅速に対応できるのはもちろんだが、テナントのそばにいて、関係性をつくることが大切だという。

 「信頼関係ができればテナントの経営状況も見えてきます。だいぶ成長してきたな、そろそろ大きなビルに引っ越すかなというタイミングもわかりますね」(町原オーナー)

 町原ビルの特徴は、退去理由にも表れている。退去の理由が「会社が成長し手狭になったので次のステップに移る」というものばかりなのだという。そのため「町原ビルは入居すると成長できる『出世ビルだ』」と呼ばれるようになっている。現在も入居待ちの会社が8社以上あるというから驚きだ。

▲1階のカフェはテナントのミーティングなどにも使われる

テナントとつくり上げる

 町原ビルへの入居希望者が引きも切らないことになったのは、2007年に入居したメディア制作会社A.C.O.の影響が大きかったという。

 「社長の倉島陽一さんがとても面白い人で。ほかの3社を引き連れて入居したいと言ってきたのです」と町原オーナーは当時を振り返る。

 今でこそ、通りには新築のマンションやビルが並んでいるが、当時のビル周辺は、薬品工場やメッキ工場が立ち並び、いかにも川沿いの工業地という風情だったという。そうしたエリアに、若手起業家たちが入居を申し込んできたのだ。

 「ほかにも入居を希望しているテナントはありました。でも若いクリエーターたちに入ってもらうことで『文化を育てられるビル』という自分の思い描くビルの経営ができるかもしれないと考え、彼らに入居してもらうことにしました」(町原オーナー)

 折しも、町原ビルでは1~4階に入居していた会社が退去したタイミングだった。1999年に母親から相続したビルだが、長期入居の会社が退去したこともあって、ちょうど空調や水回りなどの大規模メンテナンスをしたばかり。5000万円ほどかけてのメンテナンスだったが、若い会社であれば、入居のハードルは低いほうがいいと考え、敷金は2カ月分程度に抑えた。

 「敷金の低さだけでなく、うちのビルは躯体に影響しないならどんな内装に変えても大丈夫という特徴があります。退去時に原状回復の必要もありません」(町原オーナー)

 それぞれの個性を生かした内装が、築古ビルの味わいとなって価値になるという考えだ。実際「あの会社が入っていたフロアにそのまま入居したい」という入居希望テナントもいるそう。

▲テナントごとの個性が光る内装。原状回復は不要だ

『文化を育てられるビル』という自分の思い描くビル経営ができるかもしれない

 こうして、若い起業家たちの入居・退去コストの負担を減らしながら、顔を突き合わせ食事に誘い関係性を深める。時には人を紹介しながら、オーナーの枠を超えた「伴走者」になることで、次第にテナントも成長していった。

 ある時「憧れの経営者がいる会社を間近で見ながら自分も成長したい」という人が現れたという。デスク一つ分でいいから入居したいと言っている、というテナントからの話にも向き合い許可をした。

 「これがきっかけになり、ビル内にシェアオフィスができました」(町原オーナー)

 A.C.O.が自社メディアで町原ビルや町原オーナーを紹介する記事を書いたこともビルの経営に影響を与えたといえそうだ。それをきっかけに「クリエーターが集まるビル」「テナントに寄り添うビルオーナー」という特色が押し出され、ビルのブランディングにつながった。

 同社が2018年に退去した後も、空室期間がなく次のテナントが決まったのは町原ビルやオーナーのキャラクターに引かれて入居を希望する若手クリエーターたちがいたからにほかならない。

▲シェアオフィスは自然発生的に生まれた

全国からやってくる見学者

 駅前にあるわけでもなく、築浅のビルでもない。そんな物件を人気のビルにつくり上げた「町原流」のテナントとの付き合い方を学びたいと、全国からビルオーナーが見学にやってくるという。

 「当社サイトから、今でも年に20人ほど問い合わせの連絡があります」(町原オーナー)

 突然に相続が発生して困っていると話すビルオーナー。息子が全く経営に興味を持ってくれないと言って親子で訪ねてくるビルオーナー。背景はさまざまだが、彼らに町原オーナーはこう伝える。

 「管理やテナント対応はすべて不動産会社にお任せ、それこそ『命』を不動産会社に預けているようなオーナーも多いでしょう。そうではなくて、一歩、いや半歩でもいいからテナントに近づいてみてほしいのです」(町原オーナー)

 テナントとオーナーが「人と人」の付き合いになった時に、見えてくるビル経営の道がある。不動産を持つ以上、ハード面での経年劣化は免れることはできない。それでも、魅力あるテナントが生き生きと経営をしていれば家賃は入ってくる。またそうしたテナントが入るビルなら入居したいというテナントが次々と現れ空室を生むこともない。「利回りを追求することで見失うことがある」と考え「人」にフォーカスした結果、円滑に回るビル経営もあるのだ。


私は、ビルに入ってくれる
【人】にこそ価値があると信じています

▲最も新しいテナントは動画制作会社だ

(2025年12月号掲載)

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