不動産再生学講座: 公民共創の理念でにぎわいの創出と空き家問題解決を目指す

賃貸経営不動産再生

<<次世代不動産経営実務者養成カレッジ 第3期 by次世代不動産経営オーナー井戸端セミナー>>

身近に動いている公民連携の実学
新たな公民連携のタッグから、次世代のまちづくりを実現させるひとたち

不動産業界において大きな変化が起こりつつある。そうした中、「不動産オーナー井戸端ミーティング」を主宰する𠮷原勝己オーナー(福岡市)が中心となり、貸し手と借り手、そして地域にとって「三方よし」となる、持続的でブランディングされた不動産経営を目指す勉強会を有志で開催している。

当連載では、建築・デザインを学ぶ学生たちと、全国から集まったプロフェッショナルが一緒に受講する場として、九州産業大学建築都市工学部において行った全14回の「不動産再生学」と題した寄附講座を紹介。今回は、「公民共創」の理念のもと、行政と共にリノベーションによる地域課題の解決に挑戦するARCHの橋本千嘉子氏の講演をレポートする。

ARCH(アーチ:山口県下関市)
代表取締役 橋本千嘉子氏

この記事の目次

街の消滅を予感させる地域課題
不動産業界の常識を超えた挑戦
公民共創で生まれる地域の拠点
新しい行政組織「共創イノベーション課」の役割
民間主導を支える環境整備
中山間地域への展開と未利用公有財産の活用
地域課題の根本解決と次世代への投資
既存ストックを活かす「新しい不動産業」へ

 

街の消滅を予感させる地域課題

山口県下関市は、関門海峡に面した歴史ある港湾都市であり、山口県最大の人口規模を誇ります。しかし、日本の多くの地方都市と同様に、深刻な人口減少と高齢化の波に直面しており、主要産業であった水産業の衰退に加え、社会経済構造の変化に伴う近隣大都市への企業流出という課題にも悩まされています。

特に深刻なのは、中心市街地におけるにぎわいの低下と空き家問題です。下関市の空き家率は全国平均13.6%を大きく上回る18.5%に達し、空き店舗・空きビルの増加や、都市機能の低下が顕著になっています。JR下関駅周辺の中心市街地は、本州と九州を結ぶ交通の結節点であるにもかかわらず、来訪者の多くが滞在せずに通過してしまうという、交流人口増加の機会損失が大きな課題でした。

さらに、私が肌で感じてきたのは、若年層、特に女性の流出の多さです。山口県・広島県・福岡県に関する経済情報などを提供する山口経済研究所の調査によると、中国地域136市町村の中で、下関市は15歳から24歳の女性の転出超過数においてワースト2位となっています。地方から転出する一番の理由として挙げられるのが、「やりたい仕事」や「やりがいのある仕事」がないことです。女性が働きがいを見いだせず流出してしまうと、その地域で子どもが生まれ育つ循環が途絶え、街の消滅にもつながります。

この危機的な状況を目の当たりにし、私は不動産事業者として「地域課題をなんとかできないか」という強い思いを抱くようになりました。

不動産業界の常識を超えた挑戦

私の家業は創業40年を超える不動産会社(上原不動産:山口県下関市)です。私はそこで22年間勤務し、賃貸の管理や仲介、リフォーム・リノベーション提案などを手がけ、空室の多い物件を再生させることで、12%から15%という高い表面利回りを実現する収益事業を確立してきました。今は私自身、5人の子どもを育てながら活動していますが、不動産賃貸事業が生み出す安定収入があったからこそ、子育てと並行して新たな挑戦ができています。

しかし、従来の不動産業のあり方は、効率的な取り引きやトラブル回避に主眼が置かれ、ともすれば「人と建物をつなぐ」ことに終始しがちでした。シャッター街の近くに事務所があるにもかかわらず、契約が決まりやすい郊外の物件ばかり紹介してしまう自分たちの姿に、私は「本当に地域に必要とされる不動産屋とは何か」と疑問を感じ始めました。

そんな時、下関市が20年度から推進する「リノベーションまちづくり」の動きを知り、私の価値観は大きく変わりました。

リノベーションまちづくりとは、「今あるものを新しい使い方をしてまちを変える」ことを目指す、都市や地域の経営課題を複合的に解決する手法です。これは単なる建物の改装ではなく、遊休不動産を利活用し、民間が主体となって新しい価値を創造するものです。

この取り組みに触れたことで、私は「人と人」「人とこと(活動)」「人と建物」を結びつける「新しい不動産業」の必要性を確信しました。そこで立ち上げたのが、ARCHです。ARCHは、Action(活動)、Relationship(つながり)、Challenge(挑戦)、Happiness(喜び)の頭文字を取り、「挑戦し、共に喜びを共有する架け橋であり続ける」ことをビジョンに掲げています。

公民共創で生まれる地域の拠点

ARCHのミッションは、不動産の視点をもって「歩きたくなる街」を意識し、新たな価値と魅力がある商店街をつくることです。そのためには、人が集まり、交流を生み出し、事業にチャレンジしやすい環境(土壌)をつくる必要があります。

しかし、私たちが下関で目指す「歩きたくなる街」づくりは、民間だけで実現できるものではありません。むしろ行政との連携、特に公民が一体となって新しい価値を創造する「公民共創」の土台があってこそ、私たちの活動は持続可能となり、地域全体に波及していくのです。

行政の役割は、単にインフラを整備したり、規制をかけたりする「公」としての一方的なものではありません。下関市役所は、公共サービスに民間のノウハウを導入し、効率化と質の向上を図る「公民連携」の基本理念に加え、「公民共創」を追求しています。行政と民間が、単なる契約関係(契約ベース)ではなく、信頼ベースでビジョンを共有し、事業の「何をするか、つくるか」という企画レベルから一体となって議論して決めていく関係性です。

新しい行政組織「共創イノベーション課」の役割

この新しい協力体制をリードしているのが、2024年4月に創設された下関市役所共創イノベーション課です。この部署は、市が開発したウォータフロントである「あるかぽーと」や唐戸エリアの開発、移住定住、そして私たち民間の活動と密接に関わるリノベーションまちづくりに関する施策を担っています。彼らのミッションは「公と民との力で下関を誇りに思える・憧れる街に変える」ことです。

市役所がリノベーションまちづくりを推進する背景には、冒頭でお伝えしたような下関市が抱える深刻な都市経営課題があります。これまでの手法に限界がある中、市役所はリノベーションまちづくりを、人口・雇用減、空き家の増加、商業の衰退、コミュニティー減、財政危機という5つの主要な都市経営課題に複合的にアプローチし、解決へと導く有効な手法だと位置づけています。

そして行政の役割は、「民間の物件を民間が動かして、民間が主体となってまちを変えていく」活動を支援することだと定義しています。

民間主導を支える環境整備

市役所は、民間事業者がリスクを負いながらもチャレンジしやすい「土壌」をつくるために、多岐にわたる環境整備と基盤づくりを積極的に行っています。

まず、「人材の発掘と育成(素地づくり)」のために、リノベーションまちづくりは「市民を巻き込んだ市民参加型」で推進されています。行政は20年度からリノベーションまちづくりセミナーやワークショップを約25回実施し、延べ約1000人が参加する機会を提供しました。

私自身も、まち歩きワークショップに参加したことが、地域課題を「自分事」として捉え、本業の不動産事業の枠を超えて活動する大きなきっかけとなりました。熱意ある市民や、遊休不動産を提供してくれるオーナー、そしてまちづくりを担うキーマン(家守)を行政の側から発掘・育成する取り組みが動き出したのです。

また、市役所は民間自立型の「家守会社」(補助金に頼らない民間による事業の実現を目指す)を核とする仕組みを構築しました。

これを後押しするため、市は「リノベーションまちづくり拠点活動支援補助金」を創設し、モデルとなる拠点づくりを支援しました。この補助金や現行の「空き物件活用ビジネス支援事業費補助金」の支援を受け、下関駅周辺の重点エリアで「BRIDGE(ブリッジ)」(家守:TEAM FIVE STAR(チームファイブスター))や私たちが手がけた「HACORI茶山」「HACORI豊前田」などがモデル拠点として誕生しました。


HACORI茶山は、下関駅から徒歩10分の茶山通りにある、築70〜80年を超える遊休不動産3棟を私たちが購入し、リノベーションしたものです。コンセプトは「地域とつながる」。シャッターが下りたままだった駄菓子屋跡や住宅跡を、レンタルスペースやカフェ、バーといった複合的な「憩いの場」として再生し、地域住民や20代、30代の若者が事業にチャレンジするエリアへと変貌させています。この取り組みは、24年の国土交通省主催の「地域価値を共創する不動産業アワード」空き家部門で優秀賞をいただくことができました。


HACORI豊前田は、豊前田商店街にある遊休不動産の2階・3階を借り受け、「クリエイティブな起業・副業のチャレンジ施設」をコンセプトにリノベーションしたものです。3階はコワーキングスペースやシェアオフィス、2階は下関市の「移住定住支援総合窓口 Livehub(リブハブ)」として機能しています。ここでは法人登記や住所利用も可能な環境を提供し、仕事とワーケーション、移住・定住を促進するためのビジネス拠点を創出しています。


このHACORI豊前田は、市のリノベーションまちづくり拠点活動支援補助金を利用した施設としてオープンし、副市長によるテープカット式典も開催されました。これは、行政が民間の活動を正式に「信頼」し、積極的に発信している証左です。


また、市は23年3月に「下関市リノベーションまちづくりガイドライン」を策定しました。これは、市民の議論を基につくられた都市経営の具体的な再生戦略であり、民間事業者が活動するうえでの「羅針盤」として機能しています。

しかし、民間事業者が古い物件を再生する際、最も高い障壁となるのが資金調達です。市は、この課題に対応するため、24年4月から「中心市街地活性化チャレンジ資金融資制度」を改正し、リノベーションまちづくりに対する資金融資制度の運用を開始しました。この制度は、スタートアップ期における資金調達をスムーズにし、誰もが起業しやすい環境を整備することを目的としています。この制度の改正は、「下関まちリノベ推進会議」の中で資金面の課題への声が一番大きかったことを受けたものです。

中山間地域への展開と未利用公有財産の活用

下関市の取り組みは中心市街地だけにとどまりません。市のリノベーションまちづくりの手法は市全域を対象として適用されており、特に深刻な人口減少に直面している旧4町を含む中山間地域への横展開も進めています。

例えば、豊かな自然と観光資源を持つ豊北町では、市が不動産オーナーとなって、10年近く未利用だった旧教員住宅4棟を再生するプロジェクトが進んでいます。これらの公有財産は、移住・定住や「お試し暮らし住宅」、地域コミュニティーの場として活用される予定です。これは、単に民間の空き家を利活用するだけでなく、行政が所有する未利用財産をまちづくりに積極的に投入するという、公民連携の新しい形を示しています。

このように、市役所は私たち民間プレイヤーの熱量を信頼し、制度、資金、人材育成、そして未利用財産の活用という多角的な側面から、下関の未来を創造するための「場づくり」を続けています。行政が築いた強固な土台があるからこそ、私たちは新しい不動産事業のビジョンを掲げ、自信をもって挑戦を続けることができるのです。これは、かつて行政の方針に違和感を抱きながらも「仕事ではない遊びの延長」として地域活動を続けてきた市役所内の熱意ある職員の存在もあってこそ実現した、公民共創の先進事例だと言えるでしょう。

地域課題の根本解決と次世代への投資

私たちの挑戦は、単なる不動産投資や収益化だけではありません。
まず、女性の社会での活躍を後押しするための環境づくりです。人口減少時代だからこそ、眠っている女性の手や才能が開花するような挑戦を支援する必要があります。私たちは、子育て世代のためのシェアスペース「HACORI marble(ハコリマーブル)」をオープンしました。ここでは、育児をしながらでも仕事やスキルアップ、交流ができるよう、コワーキングスペース、シェアオフィス、シェアキッチン、そして託児・授乳室などを複合的に整備しています。女性が「もっと自由に」働ける環境をつくることは、地域の活力再生に直結します。


次に、地域課題の根本解決は教育にある、という考えです。

長野県飯田市の事例にもあるように、出身地への愛着を高めることが、若者のUターン希望を強めることにつながります。私たちは、不動産学の普及と、街と関わるタッチポイントの創出を目標に、文洋中学校での「空き家問題」の授業や学校運営協議会への参加、リノベーション拠点でのイベント開催などを積極的に行っています。

子どもたちが幼少期から「自分たちの街は自分で変えられる」と感じ、地域に愛着を持つことで、将来、地域に貢献する人材が育成されます。これは、行政の住宅政策課や福祉政策課、教育委員会など、多様なセクションと連携(共創)しなければ実現できません。ARCHは、これら「ヒト、モノ、コト」をつなぎ、地域循環のエコシステムを生み出す「ハブ」としての役割を果たしつつあります。

既存ストックを活かす「新しい不動産業」へ

私たちが目指すのは、スクラップ&ビルド(新築)ではなく、既存ストックの利活用を推進する持続可能な社会です。国土交通省も「ストック型社会の実現」や「不動産教育・研究の充実」を掲げており、私たちの活動は国の方向性と一致しています。

今、下関市では星野リゾート(長野県軽井沢町)の進出決定(25年12月11日開業)に向けた海側(キラキラゾーン)の開発と、私たちが取り組む山側(ディープゾーン)の昔ながらの街並みを活かした活性化という、「中心部エリア」の両輪での取り組みが進んでいます。
※講演時は開業準備中

不動産事業者が、これまでの知識やスキルに「地域課題解決」という新たな視点を掛け合わせ、自らの収益を再投資しながら、まちづくりのプレイヤーとなって現場を動かすこと。そして、行政がその活動を信頼し、資金面や制度面で後押しする「公民共創」のタッグこそが、人口減少時代における地方都市再生の鍵となります。

「歩きたくなる街」とは、単に美しい建物がある街ではありません。それは、多様な人々が出会い、つながり、自由に挑戦でき、そして行政と民間が信頼し合って未来を語ることができる場が点在する街です。私はこれからも、この新しい不動産事業の形を通じて、下関を誇りに思える、憧れの街へと変える一員であり続けたいと考えています。

(2025年12月公開)

この記事の続きを閲覧するには
会員登録が必要です

無料会員登録をする

ログインはこちらから

一覧に戻る

購読料金プランについて

アクセスランキング

≫ 一覧はこちら