<<次世代不動産経営実務者養成カレッジ 第3期 by次世代不動産経営オーナー井戸端セミナー>>
海外から見たジャパニーズ リアルエステート
日本とつながることで、海外に次世代リアルエステートを創るひとたち
不動産業界において大きな変化が起こりつつある。そうした中、「不動産オーナー井戸端ミーティング」を主宰する𠮷原勝己オーナー(福岡市)が中心となり、貸し手と借り手、そして地域にとって「三方よし」となる、持続的でブランディングされた不動産経営を目指す勉強会を有志で開催している。
当連載では、建築・デザインを学ぶ学生たちと、全国から集まったプロフェッショナルが一緒に受講する場として、九州産業大学建築都市工学部で行った全14回の「不動産再生学」と題した寄附講座を紹介。今回は、メキシコの都市が抱える社会課題に建築で立ち向かう事業に携わる、九州大学大学院 人間環境学府 Fernando Gueich 氏 (メキシコ レオン市)の講演をレポートする。
九州大学大学院 人間環境学府
Fernando Gueich 氏(メキシコ レオン市)

都市を殺す「ゲーテッド・コミュニティー」のパラドックス
メキシコのレオン市から来ました、フェルナンドです。レオン市と聞いてピンとくる人は少ないかもしれませんが、実は日本ととても深い関わりがあります。私の故郷であるグアナファト州には、マツダをはじめとする日系企業が約133社も進出していて、多くの日本人が暮らしているんです。今日は、そんな日本の裏側にあるメキシコの都市が抱える深刻な「社会問題」と、それに建築でどう立ち向かっているかをお話しします。
メキシコの都市における最大の問題、それは「ゲーテッド・コミュニティー(Gated Community)」の乱立です。これはアメリカのモデルをコピーしたもので、住宅地の周囲を高い壁とゲートで囲い、警備員を配置して、居住者以外の立ち入りを制限するエリアのことです。私の街レオンだけで、なんと1500ものゲーテッド・コミュニティーが存在します。
なぜ、こんなものが増えるのか? 答えはシンプルで「治安への不安」です。お金持ちは安全を買うために壁の中に住みます。しかし、ここには大きなパラドックス(逆説)があります。「壁の中は安全」かもしれませんが、壁を作れば作るほど、壁の外側(街の公共空間)からは人の目がなくなり、通りは寂れ、結果として「壁の外がより危険になる」のです。ゲーテッド・コミュニティーの中で働く家政婦さんや労働者は、仕事が終わればその危険な「壁の外」に出なければなりません。壁は社会を分断し、都市の本来の姿を殺してしまっている。私はそう考えています。
「安全」というのは、実は頭の中だけのものかもしれません。本当の安全とは、壁で隔てることではなく、街と人がつながり、活気あるコミュニティーをつくることにあるはずです。

日本語を社名にしたデベロッパー「IKIGAI」の挑戦
そんな現状に抗うように、私がメキシコで働いていた不動産開発会社の名前は「IKIGAI(生きがい)」です。 日本語の「生きがい」という言葉に感銘を受けたボスが名付けました。私たちのミッションは「都市は有意義な会話を誘発しなければならない」というチャールズ・モンゴメリーの言葉の通り、壁を作るのではなく、人々のつながりを取り戻すことです。
私たちが手がけたプロジェクト「NARAN(ナラン)」を紹介しましょう。これは、あえてゲーテッド・コミュニティーの外、街の中に建てた集合住宅です。最大の特徴は、すべての住戸に設置された「奥行2メートルの広いバルコニー」です。日本のマンションでは、バルコニーは洗濯物を干す場所で、目隠しをすることが多いですよね? でも私たちは逆にしました。バルコニーを「生活の舞台」にしたのです。 住人がバルコニーに出て本を読んだり、ヨガをしたり、食事をする。すると、向かいの住人と目が合い、挨拶が生まれ、中庭にいる人とも会話が始まる。新型コロナウイルス禍でロックダウンになった時も、このバルコニー越しにコンサートが開かれ、人々は孤独にならずに済みました。
「見えすぎるのは恥ずかしい」と日本の人は思うかもしれません。でも、お互いの顔が見えることこそが、最強のセキュリティーであり、コミュニティーなのです。

7人の独身シニア兄弟が暮らす家「HOUSE NANA」
次は、私が個人的に設計したプロジェクトの話をしましょう。メキシコの家族のあり方がよくわかる「HOUSE NANA(ハウスナナ)」という住宅です。クライアントは、60歳から80歳代の7人の兄弟姉妹。驚くことに彼らは全員独身で、「老後はみんなで一緒に楽しく暮らしたい」と依頼してきました。日本ではあまり聞かない話かもしれませんね(笑)。
7人がそれぞれプライバシーを守れる個室を持ちつつ、中心には大きなキッチンとダイニング、そして光が降り注ぐパティオ(中庭)を作りました。メキシコ人にとって、キッチンは聖域です。みんなで料理をし、大きなテーブルを囲んで食事をする。高齢になっても孤独にならず、家族というコミュニティーの中で生きる。この家は、そんなメキシコ人の温かい家族観を形にしたものです。

150年の時を超える「EL VERGEL」
もう一つ、「EL VERGEL(エル・ベルヘル)」というプロジェクトも紹介させてください。これはテキーラの原料であるリュウゼツラン(アガベ)畑の真ん中に立つ、築150年の廃墟のリノベーションです。現場は街から遠く離れているため、現代的な建材を運ぶのが困難でした。そこで私たちは、その土地にある石や土を使い、昔ながらの伝統的な工法で修復することにしました。崩れかけた石壁を生かし、現代的な快適さを加える。古いものと新しいもののコントラスト。そこにある素材を使い、その土地の歴史を継承する。これもまた、不動産再生の重要なアプローチです。

「広場」は誰のもの?
最後に、日本に来て私が驚いたことをお話しします。それは「パブリックスペース(公共空間)」の考え方の違いです。メキシコでは、広場(プラザ)があれば、そこは「みんなの場所」です。誰が何をして遊んでも自由。それがパブリックということです。でも日本では、公園や広場であっても「ボール遊び禁止」「大声禁止」など、ルールが多くて少し窮屈に感じることがあります。
「壁」を作って安全を買うメキシコ。「ルール」をつくって秩序を守る日本。形は違いますが、どちらも少し「閉鎖的」な部分があるのかもしれません。
私が「IKIGAI」や自身のプロジェクトで目指しているのは、「オープンなご近所付き合い(Open Neighborhood)」です。 壁を取り払い、バルコニーに出て、街と話そう。ゲートを作るのではなく、人と人をつなぐ「橋」のような建築を造る。それが、私が考える次世代のリアルエステートであり、日本の皆さんにも伝えたいメッセージです。
(2026年2月公開)






