<<両利き経営のススメ VOL.1>>
事業経営者に向けた賃貸経営と市況(前編)
事業経営者の皆さんにとって、2025年は企業の未来を左右する大きな変革の年です。後継者未定の企業が全国で127万社に達する(※1)との推計も示す「事業承継」が課題となっている人も多いでしょう。その中で、賃貸経営こそが、企業価値を飛躍させ、課題解決への武器となり得ます。その武器を磨き上げるために、個人の居住用(BtoC)から法人向け不動産(BtoB)へと事業領域を拡大するという、この課題を乗り越えるための新たな視点を今回提示します。
商業用不動産が「買いどき」
不動産を単なる投資対象から、本業の競争力を強化する「経営ツール」へと捉え直し、現代経営の最重要課題「人材獲得競争を制する」ことにつながります。採用コンサルティングを行うツナググループ・ホールディングス(東京都中央区)の調査によれば、求職者の83%が「オフィス環境が魅力的だと志望度が上がる」と回答しており、質の高いオフィスは企業の理念や将来性、従業員を大切にする姿勢を示す強力なメッセージとなるのです。
また法人として不動産を所有すれば、バランスシートに固定資産が計上され、金融機関に対する信用力を高め、本業へも貢献する可能性が高いです。法人向けオフィスを賃貸すれば、個人住居に比べて賃料単価が高く、長期契約で収益が安定しやすいという優位性もあります。
幸いにも、現在の市場環境が、その有効性を物語っています。東京都心の大規模オフィス市場の動向は、すべての商業用不動産の価値の先行指標となっていますが、現在、都心5区のグレードAオフィスの賃料は上昇基調(※2)にあります。空室率も1・4%まで低下しており、これは来たるべき供給空白期を前に、優良物件を確保しようとする需要の表れと見ています。つまり、賃料が本格的に上昇しきる前の「今」は、資産の「仕込み」を行う、好機の第1フェーズなのです。
戦略的期間は27年末まで
好機の第1フェーズは、新規供給が一時的に途絶え、需給がさらに引き締まる26~27年には、第2フェーズへと移行します。
供給が途絶えるこの2年間は、市場に出回る優良物件の希少価値が極限まで高まり、25年までに仕込んだ資産の価値を実感するでしょう。それとともに、数少ない優良物件を確保する最後の好機になる可能性が高いです。28年以降は再び大量供給時代を迎え、物件選別が一層厳しくなることが予想され、「今から27年末まで」こそが、将来の安定した収益基盤を築くための、またとない戦略的期間といえます。事業経営者には、不動産を駆使して企業価値を最大化させる「戦略的資産経営者」への進化が求められています。

※1:中小企業庁 『中小企業・小規模事業者におけるM&Aの現状と課題』参照
※2:シービーアールイー『ジャパンオフィスマーケットビュー 2025年第2四半期』参照
解説
ボルテックス(東京都千代田区)
安田 憲治 主席研究員

一橋大学大学院、経済学研究科修士課程修了。データサイエンスを活用した経営戦略の策定や人材育成に注力する。現在、ボルテックスにて、財務戦略やAI(人工知能)データ利活用、論考執筆に携わる。多摩大学サステナビリティ経営研究所客員研究員。麗澤大学国際総合研究機構客員研究員。
(2025年11月号掲載)