【連載】円滑に承継を進めるための相続対策:9月号掲載

相続相続税対策

vol.23 介護の負担を軽減する 実家信託の活用法

 先祖から受け継いだ不動産と家業を次世代に承継させていきたいという地主・家主にとって、親や自身の認知症発症は大きなリスクだ。本連載では認知症などによる承継リスクに備えた対策について解説。不動産オーナーの「円満家族」 と「永続経営」の実現へ向け、家族信託をはじめとした事前にできる対策を紹介する。

 賃貸不動産オーナーの家族の中にも、兼業している人は少なくありません。そのため、介護と仕事の両立は決して他人ごとではない問題です。介護のために仕事を辞めざるを得なくなる「介護離職」が起こると、離職した子ども自身の将来に影響が及びます。

 今回は、介護離職を避けるために実家の不動産をどのように活用するかについて、「実家信託」の活用も含めて詳しく解説します。

キャッシュを生まない 実家という財産

 近年、親と子どもが別々に暮らすことが増えています。両親が住まなくなった後、実家の不動産をどのように活用するかは重要な問題です。

 自宅にしている不動産は、そのままだとキャッシュを生みません。子どもが同居をしている場合は、子ども世代がそのまま住むという選択肢もあります。しかし、別居している場合には、親の施設への入居や相続による空き家問題が発生します。

 子どもは心情的に「思い出のある実家は処分できない」と考えるかもしれません。そこで親が元気なうちに「介護のお金が必要なときには自宅を売って役立ててほしい」など、親から子どもへ方向性を伝えておくことで、子どもも迷わずに対応できます。

 しかし、いざ実家の不動産の売却や賃貸をしたいと考えたときに、所有者である親が重い認知症で契約能力がないと判断されると、不動産を処分することができません。

 成年後見制度もありますが、家族が後見人に選ばれるかはわからず、家族以外の専門家が後見人に選ばれてしまうと取り下げることはできません。さらに専門家の後見人には費用が発生し、親の存命中には途中でやめることができないなど、使いづらい点が多く報告されています。

 何も対策をしていない場合には、成年後見制度を利用しない限り、実家の不動産を処分することはできず、空き家として持ち続けることになります。

介護離職の境目は 平日2時間・休日5時間

 総務省の「令和4年就業構造基本調査」によると、1年間で10万人以上が介護離職しています。平日に平均2時間以上、休日に平均5時間以上を介護に費やす人は介護離職しやすいというデータ(力石啓史「仕事と介護の両立と介護離職に関する調査結果」生活福祉研究 通巻89号)もあります。

 介護離職を避けるためには、介護保険の適用外のサービスや施設への入居を視野に入れることが重要です。しかし、これらの利用には金銭的負担が伴います。このときに、実家の不動産を売却してまとまった資金を得る選択肢があると、大きな安心材料となり、余裕を持って介護に取り組むことができます。

 また、親が施設に入居すると、実家は空き家になりますが、空き家を維持するコストも無視できません。固定資産税や光熱費、定期的なメンテナンスの負担が生じ、都内の例では年間50万〜100万円近くになることもあります。これらの費用は介護費用とは別に発生し、経済的な負担が増します。

実家を子どもが売却できる 実家信託という選択肢

 実家信託とは、親が元気なうちに子どもと実家信託契約を結び、不動産登記に反映させることで、親が重い認知症になっても子どもの判断で実家を売却できる仕組みです。売却資金は子どもの口座で管理し、親の施設費や生活費、医療費に使うことができます。親の預金口座に入れないので、凍結して引き出せなくなる心配もありません。

 実家信託は、介護に使えるお金を最大限残せる方法です。親が施設に入居した場合、住まなくなった日から約3年以内に売ることで、譲渡所得から所有者1人につき最高3000万円を控除できるマイホーム特例があります。この特例を利用することで1人あたり最大約600万円も手残りを増やせます。実家信託は、子どもが売却の主体となりながらもこの特例を利用できるのです。

 実家の不動産は、そのままではキャッシュを生まない財産ですが、適切に計画・対策を行うことで家族の負担を軽減できます。家族で話し合い、実家信託の活用を検討してみてください。

【Profile】
司法書士法人ソレイユ(東京都中央区)
司法書士 友田純平 氏

不動産オーナー、会社経営者の認知症・相続対策に特化しており、累計資産額は100億円以上。空き家を撲滅するために、実家信託協会の理事も兼任しており、「実家信託アドバイザー養成講座」をオンラインにて開発、提供している。

(2024年9月号掲載)
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