もめない生前贈与の方法を弁護士が解説

相続遺産分割

士業が語る不動産経営

家族と自分の人生を考える もめない生前贈与の方法

 生前贈与は、その字のごとく、被相続人が生きているうちに相続人へ財産を贈与することを指す。相続税対策ができる一方で、親族関係の悪化や資産承継がうまくいかないケースも珍しくない。鹿島台総合法律事務所(東京都港区)の安部慶彦弁護士に円満な生前贈与について話を聞いた。

鹿島台総合法律事務所(東京都港区)
安部慶彦弁護士(36)

2016年、弁護士登録。専門は事業承継・税務・労務。大手法律事務所にてウェルスマネジメントやM&A(合併・買収)などの幅広い分野を担当し、証券会社にも出向。24年に独立し鹿島台総合法律事務所を開業。

生前贈与を行う前に家族会議で争いを防ぐ

 安部弁護士によると、生前贈与は単なる相続税対策ではなく、残された親族へのメッセージとして捉えるべきだという。

 「生前贈与は相続税対策として行うと失敗しやすいです。身の回りの物の整理や『エンディングノート』の作成を進める『終活』と同様に、まずは家族との話し合いをしましょう」(安部弁護士)

 例えば、父親が長男に先祖代々の母屋を渡す代わりに、次男に新たに購入した収益不動産を生前に贈与したケース。父親は「先祖代々の母屋は今まで長男が受け継いできたから」と、なんの疑問を持たず、遺言も残さなかった。だが、実のところ長男が欲しかった財産は、新たに購入した収益不動産だったのだ。そうすると、長男は弟への生前贈与を知らされなかったことに激怒し、遺産分割協議でまとまらずに調停へ進むことにもなってしまった。父親の思いが伝えられていなかったため、長男に先祖代々の土地を売られてしまう可能性もあった。

 あるいは先祖代々の土地が地域の過疎化で価値がなくなっているケースでは、父親から息子へ土地を引き継ぐ思いを伝えていなかった場合、管理の負担だけが増えることを嫌って、早々に安価で処分されたり、そのまま放置されたりするケースが多々あるという。

 生前贈与を成功させるためには、家族会議で親族に理解してもらい、贈与することが大切だ。話し合いでは家族への気持ちを正直に伝え、納得してもらうことが望ましい。

POINT

相続発生後にもめないためには、相続人となる家族のライフプランを確認しながら、被相続人の気持ちを伝える。

 

資産を減らしすぎた結果 介護施設への入居金が不足

 生前贈与ありきで早めに資産を子や孫に移してしまうことは、平均寿命が延びた現代に合わない可能性があると安部弁護士は指摘する。

 「子どもに対して生前贈与をして手元の資産を減らしすぎてしまい、自分が介護施設に入るお金がないケースが散見されます」(安部弁護士)

 例えば、子どもたちに収益物件を生前贈与するケースでは、子どもは多額の贈与税を支払わなければならない。贈与税の負担が重く、金融機関から融資を受けるケースが多い。その融資の返済には、収益物件の家賃収入を充てることになる。贈与した後で、親が介護施設に入居しようとしても、本人だけでなく子どもにも現金がなく、入居金や施設の月額利用料が支払えないケースがある。

 また介護施設への入居のために所有している不動産を売却すると、その年の所得が上がる。売却益によりその年の年収が約370万円を超えると、医療費が3割負担になる。介護施設に入居してから医療を受けるうちに、医療費が毎月10万円以上に膨らむこともあるだろう。

 安部弁護士によると、老後の人生プランを考えたうえで生前贈与を進めるべきだという。

 「先に贈与しすぎて自分の将来の生活費が足りなくなってしまったら、元も子もありません。ある程度ゆとりを持った生活費を残すことで、自分も子どもたちも苦労するリスクが減らせます。仮に、そのゆとりを持った生活費に相続税がかかるとしても、それは必要なコストではないでしょうか」(安部弁護士)

 そして、人生のゴールを考えて生前贈与を判断してほしいと話す安部弁護士。「自分が死ぬタイミングを知ることはなく、完璧な相続税対策は不可能でしょう。そのため、どのように理想の死を迎えたいのかゴールを決めたうえで、生前贈与をどう行うかの判断が大切です。法律面と税金面だけでなく、残された家族のことも考えて必要であると判断したら生前贈与を行うといいでしょう。それであれば最終的に、円滑な相続になります」と安部弁護士は話す。

POINT

早過ぎる生前贈与によって、被相続人の残りの人生への準備がおろそかになるケースも。相続人の苦労にもつながる。

 

生前贈与が唯一の方法ではない 遺言書も選択肢として考える

 「家族の理解を得たうえで、理想の終活の形になるならば生前贈与を勧めます。しかし、遺言書でも問題なければ、生前贈与にこだわる必要はありません」と話す安部弁護士。

 そして、公証人が作成する公正証書遺言だけでなく、自分で書く自筆証書遺言も場合によっては選択肢になり得ると安部弁護士は言う。

 「公正証書遺言は、紛失や偽造のリスクがありません。一方、資産額が多いと公証役場に支払う手数料が高額になり、2人の証人探しに時間がかかります。親族の理解が得られていれば、家族会議を開き、専門家立ち会いの下で、遺言者に自筆証書遺言を書いてもらうことも有効です」(安部弁護士)


(2025年 7月号掲載)

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