<<ビルオーナー物語>>
32歳で突然引き継いだビル経営
不動産を増やして建て替えを目指す
杉山ビル(横浜市)を経営する杉山大介社長は、2015年、32歳の若さで祖父が建てたビルの経営を引き継いだ。それ以来、ビルの建て替えを目標に不動産売買などで資産を増やしてきた。現在ではこのビルのほかにRC造2棟、木造5棟の集合住宅を所有して、賃貸経営を行っている。
杉山ビル 杉山大介社長

杉山社長が祖父の所有していた7階建てのテナントビル「杉山ビル」の存在を知ったのは、祖父が亡くなった14年のことだ。
杉山家は、曽祖父の代にあたる戦前、現在の横浜市関内地域にある土地で米屋を営んでいた。その場所が空襲により焼失し、旭区二俣川に移住したのだという。
祖父も二俣川に居住し、通信会社の役員をしながら近くの土地でアパートなどを経営していた。そんな中で、杉山社長ら親族も存在を知らなかった建物が、関内にある杉山ビルだった。
杉山社長は祖父について「昔気質の人で、自分の財産について多くを語りませんでした」と回想する。
祖父は遺言でも自分の遺志を明確に表明することなく「税理士に一任する」としていた。そのため父を含む3人のきょうだいは、それぞれ自分の利益を主張せざるを得ず、結果的にきょうだい間で「争続」が発生してしまった。そして、ようやく財産分与を終え、相続税などを支払った後に父の手元に唯一残ったのが7階建てのテナントビルである杉山ビルだったという。
財産分与に関して親族間でトラブルが発生したことは、杉山社長にとっても大きな転機となった。
「父は当時60代半ばで、不動産は未経験。私も未経験ではあるものの、若い分、一から学び始めるのならば私がやるべきだと思いました。私にも姉が1人いて、次の代では2人で相続する事になります。父の代が相続で苦労したのを見て、今のうちにきちんと事業を引き継いでおいたほうがいいとも考えたのです」(杉山社長)
15年、新規法人を立ち上げた杉山社長は、父から杉山ビルを購入。当時は現金がなく、毎月の家賃収入から分割で支払う契約にした。
- ◀▲関内駅から徒歩4分の場所にある杉山ビル。既に築50年以上経過しており2030年に建て替え予定だ
ゼロからのビル経営が開始
杉山ビルの若き経営者となった杉山社長だが、1974年に建てられた建物は、この時点で築40年を超えていた。さらに7フロアあるうちの2フロアは相続後に退去してしまった。ローンの支払いがないため赤字にはならないが、それでも将来に対する不安は拭えない状況となる。
また相続が決まるまでこのビルで実質的に経営を担っていた祖母は、当時すでに認知症が進行しており、引き継ぎを受けることができなかった。杉山社長のビル経営は、領収書などの過去の資料を読み解き、取引先を特定する考古学のような作業から始まったという。
不動産経営を学ぶため、不動産オーナー経営学院REIBS(リーブス:名古屋市)に入会したのも同年のことだ。ほかの不動産オーナーと共に学ぶ中で、杉山ビルの現状を客観的に把握することができた。まず、検討しなければならなかったのはビルの老朽化対策だ。
「リファイニング(再生)も検討しましたが、融資期間が短くなるデメリットを考えると、新築に建て替えるほうが合理的だと判断しました。建築費の高騰はまだ続くでしょうから、これ以上待つとリスクが大きい。建て替えを決め、準備を進めました」(杉山社長)
まずはビル入居者の元に直接足を運び、普通借家から定期借家への切り替えをお願いして回った。
「個人経営のテナントが多かったため、契約の切り替えは思いのほかすんなりと受け入れてもらえました。直接『今すぐではないけれど、いずれ建て替えるので準備をしたいのです』と説明すると、賃料の減額もなく納得してもらえました」(杉山社長)
現在、杉山ビルの賃料は1階が1坪あたり2万円、2階以上が1万円と周辺相場より低い水準にとどまるが、それは「建て替えを前提に、余計な投資をせずコストを抑える」という方針の表れだ。
次に行ったのが、新たな不動産事業の展開だった。建て替え資金に加え、建て替え工事中はビルからの家賃収入がゼロになることを見越し、その間の収入源を確保しようと考えた。
宅地建物取引士(宅建士)の免許を取得し、不動産取引のための法人を設立。2017年ごろから3年程度の短期保有での売買や、仲介の事業を始めた。「アベノミクス」の影響で金融緩和の流れが強く、未経験の杉山社長にとっては参入しやすい時期だったことも新事業立ち上げの後押しとなった。
投資方針を長期保有に転換
そこから新型コロナウイルスの流行をきっかけとして物件を長期保有し、家賃収入を得ることにかじを切ることになる。
最初に長期保有を想定して物件を購入したのは19年のことだ。
「あの時期、物件の売却価格は上がり続けていたのですが、それが逆に怖いと感じていました。いつかドンと下落の波が来るのではないかと…。結局それは来なかったのですが、ちょうどキャッシュに余裕が出てきた時期でもあり、事業の形を変えてみようかなと思ったのです」(杉山社長)
コロナ下に手元にあった区分マンションなどの小型不動産を売り切り、まずは減価償却による税金の圧縮を狙って6戸から10戸程度の小さな中古木造アパートを買い進めた。減価償却によって数年間は利益を圧縮でき、資金を次の投資に回せるという計算だった。ところが償却期間が短くしか取れず、その一方で、不動産価格が上昇している時期だったため、数年後に売却すると、想定以上の利益が出た。結果的に再び税金負担が増えるという矛盾に直面することになってしまった。
「節税できたと思ったら、売却益でまた税金がかかってしまった。根本的な解決にはならないと気付きました」と杉山社長は振り返る。
そうした経験からさらに投資方針を転換し、償却期間を長く取れるRC造のマンションを長期で保有することにした。安定したインカムゲインを得る方向へかじを切ったのだ。
実際に購入したRC造物件の一つは49戸を有する規模で、現在の家賃収入の基盤を支える柱となっている。
「長期融資を引いて、しっかりキャッシュフローを積み上げていくほうが、自分の性格や将来設計にも合っているとわかりました」(杉山社長)
▲長期保有をはじめた当初は中古木造アパートを中心に買い進めた
特に近年は金利上昇の影響で融資期間を長めに設定する傾向が強まり、中古物件であっても30年ローンが組めるようになったという。新築に至っては最長47年の融資が提示されるケースもあり、資産形成を進めるうえで追い風となった。横浜銀行をはじめとする金融機関との関係構築も進んだ。
杉山社長は借り入れ戦略について「銀行ごとに考え方が違うので、自分の戦略に合った金融機関を選び、信頼関係を積み上げることを大事にしています。小さな借り入れから実績を作り、徐々に枠を広げてもらう。真面目に返済を続ければ必ず応えてくれるのが金融機関です」と話す。
賃料是正を想定して物件購入
24年に神奈川県厚木市で購入した中古RC造2棟建ての物件は、利回り10%を確保し、かつ大学や工場が近いため安定した入居需要が見込めた。しかも、購入時には周囲の家賃相場より低い水準で賃料が設定されていた。賃料改定による収益改善の「伸びしろ」が十分にあり、賃料を相場に近づけるだけで収益性が改善する物件だ。
「コストをかけた大規模なバリューアップよりも、賃料是正のほうが効果的なケースは多いと感じます。物件はすべて自主管理しているので、入居者と直接コミュニケーションを取りながら、更新や入れ替わりのタイミングで計画的に家賃を上げていくことができます」(杉山社長)
実際、過去に売却した木造アパートでも、4〜5年の間に賃料を約2割上げて満室を達成した実績がある。更新時に「世の中全体で物価や家賃が上がっています」と説明すれば、多くの入居者が納得してくれるという。退去してしまう場合も、新しい入居者を相場賃料で募集すれば問題はない。そうしたドライにも見えるが合理的な対応が、安定収入を支えている。
一方で、自主管理に伴うリスクも経験していた。中古物件では避けられない雨漏りや漏電といったトラブルに直面することも少なくない。杉山社長はこうしたトラブルにできるだけ自分で対応し、経験を積むことを心がけているという。
「一度自分で経験すれば、次に同じような物件を購入する際に怖くなくなる」と話し、厚木市の物件で雨漏りが発生した際は自ら屋上防水工事を行い、電気トラブルは保険を活用して解決した。こうした実体験の積み重ねが、リスクを見極める目を養い、投資判断にも反映されているようだ。
▲24年に取得した「ヒルクレストアツギ」では自動点灯する足元のライトアップを導入した
ビル建て替え中の収入を確保
そして目標は2030年。JR根岸線関内駅前で進む再開発が完成する時期に合わせ、杉山ビルの建て替えを実行する計画だ。
建て替え時には一時的にテナント分の収入が途絶えるが、自身で購入した物件の賃料収入がそれを補える水準に達した。資産規模は、経営を引き継いだ当時と比べて倍増した感覚だという。
今後も年1棟ペースでRC造物件を取得していく方針だ。将来的には東京都心部の高水準賃料帯の物件にも挑戦したいと考えているが、現状では横浜市や神奈川県の郊外エリアで、修繕コストと利回りのバランスが取れた物件を中心に探している。
「当面は足元を固めつつ、無理のない拡大を続けます。返済比率は5割以内を守り、自己資金も1割程度を投入することで金融機関に安心してもらえる水準を保ちたいです」(杉山社長)
▲購入した物件では屋上塗装とドレン周りの修繕を自ら行った
次世代への継承に向けた準備
不動産オーナーとしての10年間を振り返り、杉山社長は「飽きっぽい性格」と自己分析する。しかし、その言葉の裏には常に変化を恐れず挑戦してきた姿勢がある。
42歳となった杉山社長は、事業承継という次のテーマも見据えている。現在2人の子どもがおり、26年には3人目の子どもが生まれる予定だ。子どもたちはまだ幼いが、NISA(少額投資非課税制度)などの制度を活用し、少しずつ資産を移していくつもりだという。
「自分は祖父から偶然チャンスをもらいましたが、子どもたちにはきちんと準備してバトンを渡してあげたいと思います。不動産で手に入れた時間と資産を使って、次世代の可能性を広げていきたいですね」(杉山社長)
(2025年12月号掲載)








