1000坪の土地に複数の福祉施設

土地活用高齢者住宅・介護福祉施設

<<まちと共に>>

1000坪の土地に複数の福祉施設
敷地内の余白が呼び込む地域の力

一つの建物の中で活動が完結する高齢者向け施設の常識を覆し、敷地内を一つの「まち」として捉えて運営されているのが、福祉施設「アンダンチ」だ。高齢者だけでなく、障がい者や保育園児、そして地域住民ら、さまざまな人々が自由に交流できる複合的な施設として、全国から視察に訪れる人も多い。

未来企画(仙台市)
福井大輔社長

▲アンダンチの敷地内で笑顔を見せる福井大輔社長

この記事の目次

きっかけは義父の相談 商社から福祉の世界へ
高齢者の「住まい」の必要性 住民が自然に入れる動線
人の交流だけではない 収益に効果のある仕組み


 JR仙台駅から車で15分ほど走ると見えてくる仙台市若林区「なないろの里」。東日本大震災後、仙台市荒井西土地区画整理事業によって誕生した新しい町で、被災者の防災集団移転地域に指定されているため、新興住宅が多く立ち並んでいる。

 このなないろの里に2018年、「福祉の未来」と呼ばれる施設アンダンチがオープンした。仙台の方言で「あなたの家」を意味するアンダンチは「アンダンチ 医食住と学びの多世代交流複合施設」と表現されるように、敷地内にはサービス付き高齢者向け住宅(サ高住)、看護小規模多機能型居宅介護(看多機)事業所、障がい者就労継続支援B型事業所(以下、就労支援施設)などの福祉施設のほか、保育園やレストラン、それに駄菓子屋を併設している。高齢者や障がい者だけでなく、子どもたちから若者世代まで地域住民が気軽に訪れて交流する場になっている。

 1000坪の広さを誇る敷地には緑が茂り、一見してここが福祉施設とわかる人は少ないだろう。ビオトープやウッドデッキ、太鼓橋など子どもが喜びそうな仕掛けがそこかしこにある。それらの中でも特に目を引くのが中庭の中心にあるヤギ小屋だ。近くにある小学校の下校途中の子どもたちが立ち寄る姿もよく見られるという。

 敷地内にある建物は三つ。右手には3階建て全50室のサ高住がある。正面にある2階建ての建物は看多機だ。通所で18人、宿泊では7人の利用が可能だ。敷地の左手にある就労支援施設は定員が20人。1階部分の多目的室は、週末にはレンタルスペースとして地域の人々に貸し出されている。

 レストランは、サ高住や看多機とは別の棟の1階にあり、2階には保育園がある。訪問客は福祉施設の敷地内とは知らずに利用しているケースも多い。

 このような全国でも類を見ない大型の複合施設を造り、運営しているのは未来企画(仙台市)。そのアイデアの源泉にあったのは同社の福井大輔社長が感じた「福祉施設の閉塞感」だった。

■アンダンチ全体図

きっかけは義父の相談 商社から福祉の世界へ

 もともと、福井社長は福祉とは関係のない世界で働いていた。大学卒業後、総合商社に勤めていたが、腎臓内科医の義父から「年金暮らしの人工透析患者が安価で入居できる住まいを造りたい」という相談を受けたことがきっかけで福祉の世界に飛び込んだ。

 だが「安価な住まい」を造ることは難しいと判断した福井社長が選んだのは、小規模多機能型居宅介護(小多機)施設。13年、地方銀行から2億円の融資を受けて「福ちゃんの家」をオープンした。

 デイサービスのように差別化に悩むことはないと思った小多機だが、最初の1年目は苦労した。スタッフの入れ替わりが多く安定しない。福井社長もスタッフとして勤務し、日勤と夜勤を繰り返す中で、ゆとりを失い疲弊していった。

 「こうした状況を経験してみると、施設内でなぜ虐待が起きてしまうのかがよくわかりました」(福井社長)

 経営するには収益も大事だが、働く人の心にゆとりがあることが大事だと思った。

 「介護の閉塞感を打開するためには、地域の力を取り入れなくては」。そう強く感じたことは、アンダンチの計画に大きく影響を与えた。

高齢者の「住まい」の必要性 住民が自然に入れる動線

 福ちゃんの家を経営している中で利用者から「住みたい」という声が上がった。そこから義父の「高齢者向けの住まいを造りたい」という思いに立ち返ることになった。

 そこで医療ケアをカバーできる看多機とグループホームを組み合わせる形で、もう一つ施設を立ち上げようと土地を探し始めた。そんな時に、福井社長の元に、付き合いのある銀行から「1000坪の土地を購入しないか」と声がかかった。想定の2倍の広さだ。18人が定員のグループホームでは収益性が悪すぎる。

 「この広さの土地ならば、サ高住を建てる必要があります。でも、私はサ高住に対していい印象を持ってなかったのです」と福井社長は言う。

 多くのサ高住は収益を上げるために容積率の上限いっぱいまで使って建てられる。施設完結型の代表格で、閉ざされた空間に高齢者を目いっぱい詰め込んでいる箱のようなものだ。

 

 だが1000坪あれば、サ高住に400坪使ったとしても、まだ半分強の土地が残っている。「遊び」のあるサ高住が建てられる可能性があるのではないかと思い至った。地域住民が入り込める仕掛けをつくることができると考えたのだ。遊びはすなわち閉塞感の打破につながるはずだと思った。

 そこで、レストランの導入を決めた。「人が敷地に入る理由として、飲食は最も強いと思ったのです」と福井社長は言う。福祉施設と地域の連携を狙って、高齢者向け施設の中にレストランを入れる例はほかにもある。だが「高齢者向け施設にわざわざ足を運んで食事をする」というハードルの高さから、利用されずに形骸化してしまうことが多い。

 「施設内ではなく、敷地内の離れた場所にレストランを造ろうと考えました」(福井社長) その理由は、福祉施設に食事に行くと考えるとハードルは高いが、レストランを利用することによって、自然と福祉施設に足を踏み入れていたという形をつくりたかったからだ。

 敷地を目いっぱい使って収益化を目指さない限り、施設間で補完し合う必要がある。そこで、就労支援施設を造ると決めた。「サ高住の共用部を清掃する人材を就労支援施設の利用者に依頼することが可能だと考えました」(福井社長)

 施設利用者間で日常の触れ合いにもつながる。

 計画中に企業主導型保育という新たな保育所事業が整備されたことで、保育園の設置も決めた。福祉施設の従業員は離職率が高く、人材確保が難しい。そこで、従業員向けの保育園があることで、働きやすくなる。何より、敷地内に子どもの声が聞こえることはサ高住にとっても価値になる。

 「高齢者が生活するうえで、いろいろな音や声が聞こえることはとても大切なのです」(福井社長)

 こうして目指す形が整っていったアンダンチは18年にオープンした。

人の交流だけではない 収益に効果のある仕組み

 敷地内に複数の建物を造ることで工事費は大きく膨らんだ。銀行からは、フルローンで17億円の融資も受けた。

 収入のメインはサ高住の月額使用料だ。1人部屋で18万4000円、2人部屋では35万2000円を設定しており、周辺相場より4万~5万円高い。現在は50戸すべて満室だ。25年5月には特定施設入居者生活介護の指定も受けている。介護報酬が高くなることで経営の安定につながるという。

 看多機の運営自体は医療法人モクシン(仙台市)が担っている。そのため、モクシンとは土地賃貸借契約を結び、賃料を受け取る。

 週末はレンタルスペースとして貸し出されている就労支援施設の1階部分は、1時間500~1000円のレンタル料だ。決して高額ではないが、就労支援施設として利用されていない時間帯を収益化できるようにした。

 また施設間で補完し合える部分を見つけることも収益の面でメリットになっている。

 まず、レストランはアンダンチ内の全施設の給食センターの役割も担っている。サ高住にはあえてキッチン設備は設けなかった。キッチンを一つに絞ることで従業員と業務の集約ができ経営効率が上がる。

 

 サ高住の共用部だけでなく、レストランや保育園の清掃は現在、就労支援施設に通う障がい者に依頼している。これにより人材を外部から雇う必要がなくなった。同様に、レストランで使用する箸袋やショッピングバッグのデザインを障がい者の作業の一環としている。

 現在、従業員は150人。複合施設にすることで、オペレーションも複雑になり頭を悩ませることも多かった。だが複合施設であることは、福祉の現場に地域住民との交流を生むという、当初からあった福井社長の考えを実現すると同時に経営における課題を解決することにもなる。

 開所から7年、アンダンチの名前は福祉業界の中では知られる存在になった。遠く離れた自治体からアドバイスを求められることもある。

 「ですが、このアンダンチの形はこの土地だからこそできたことだと思っています。『日本全国どこに持っていっても再現性があるのか』と言われれば難しいとも思います」と福井社長は話す。

 ただし、と福井社長は続ける。「アンダンチ内にある施設は、それぞれ既存の事業です。地域ごとのニーズをくみ取り、かつそれぞれの事業を補完的に組み合わせることで、ほかの地域でもアンダンチのような施設が造れる可能性はあるかもしれません」(福井社長)

 福祉の未来と呼ばれたアンダンチと同じく、地域に開かれた施設が全国に広がれば「福祉の現在」に変わっていくのかもしれない。

▲散歩にやってくる地域住民がいるのも納得の敷地デザイン

(2025年11月号掲載)

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