ビル オーナー物語:再開発予定の駅前ビル

賃貸経営ストーリー

今後の再開発が予定される大宮駅前
資産承継を念頭に引き継いだビルを経営

 ビル賃貸事業を手がける飯田(さいたま市)の飯田雄司社長は、駅周辺の再開発が進んでいる埼玉県の大宮駅近くで父親から受け継いだビルを経営する。築45年のテナントビルの今後に悩みながらも、地元商店街と共に、より良い大宮の姿を実現したいと考えている。

飯田(さいたま市)
飯田雄司社長(60)

 さいたま市にある大宮駅は、複数の新幹線および在来線が乗り入れる東京以北最大のターミナル駅だ。飯田社長は、大宮駅東口から徒歩5分の場所にある6階建てテナントビル「飯田ビル」を経営している。
 ワンフロア約132㎡のビルにはレストランやサロン、学習塾のほか、就労継続支援A型事業所やダンススクールが入居している。ここ7年ほどは空室が出ることもなく安定的な経営を続けているが、その理由が「賃料の低さ」だという。父親の代でだんだんと下げていった賃料を、自分の代でどう上げていくかが目下の課題だ。

▲再開発で新駅舎の誕生が待たれる大宮駅東口

 だが現状、大きな一手を打つことができていない。というのも、大宮駅東口は現在「大宮駅グランドセントラルステーション化構想(大宮GCS化構想)」と呼ばれる再開発の真っただ中にあるためだ。

 2019年の大宮区役所新庁舎の竣工を皮切りに、22年には地上18階、地下3階建てのオフィス・テナントビル「大宮門街(おおみやかどまち)」がオープンするなど、現在、大宮駅東口の再開発が進んでいる。「駅の西口は新幹線の開通以降、順調に開発が進み、新駅舎になったり、高層ビルが建築されたりしました。一方で、東口は駅舎もバスターミナルも古いままなのです」と飯田社長は話す。

 飯田ビルも再開発地区に該当することから、大宮駅東口西地区N街区再開発準備組合の理事も務め、行政側との会合に出席している。「ただ、再開発の計画については未定の部分も多いのが悩ましい点です。飯田ビルは築45年で修繕箇所も増えてきています。外壁や屋上も大規模修繕を行う必要がありつつ、何をいつ行えばいいのか見通しを立てることが困難です」と、再開発予定地に物件を持つ難しさを吐露する。

大宮の土地を分譲 商店街の礎を築く 

▲祖父が始めた飯田家具雑貨店。店舗の奥が自宅となっていた

 もともと、飯田家は東京都出身だった。関東大震災後、区画整理された大宮の土地が、商売を始める人々に対して分譲・販売されていた。そのときに、祖父章次郎氏は、一念発起して東京での仕事を辞め、大宮に土地を購入。1934年に飯田家具雑貨店を開業した。周りには同じように商店が集まり始め、大宮銀座商店街が形成されていった。

 かつて、商店街の店舗は手前が店舗、奥に自宅がある形が一般的だった。飯田家具雑貨店も同じように自宅も兼ねていたため、飯田社長はこの場所で生まれ育った。「子どもの頃、この辺りはいわゆる新興地方都市の駅前という感じで、華やいだ印象もありました」と当時を振り返る。商店街には昔ながらの小売業や魚屋、洋品店などが軒を連ねていたという。

 だが、75年前後になると家具の量販店が台頭。客が大型店舗に取られるようになっていくのを見て、父親の君夫氏は商売をたたむことを決断した。当時、すでに周辺にビルが建ち始めているのを見て、ビル経営を選択。79年に飯田ビルを竣工した。

 当時、大宮駅前はまだ飲食店はそれほど多くなく、新築時のテナントは1階が本屋、2階は君夫氏が経営するカフェ、3階から5階はすべて学習塾が入り、6階は事務所兼自宅になった。

父親の代の腐れ縁を切りつつ 地域の縁はつなぎ続ける 

 ビルへの建て替え後も、自宅である大宮駅前に住み続けた飯田社長。大学卒業後は漫画好きが高じて、出版社で漫画編集者となった。一人息子であり、いずれビル経営を引き継ぐのだろうと思いながら、大御所漫画家の秘書や編集を30年ほど続けた。

 会社の業績の問題もあり、出版社を退職して家業に入ったのは2014年、50歳のときだった。「ビルオーナーになったらやることはない」などと父親は言っていたが、実際に経営に携わると2年もの間、空きテナントとして放置されている1室があることに気付いた。父親は、いわゆる古い気質の経営者。腐れ縁でずっと付き合いのあった事業者を抱え、それが経営に悪影響を与えていたのだ。「いかんせん仲介事業者は付き合いの長い地場の不動産会社で、しかも専任媒介契約だったため、その会社が動いてくれなければテナントが決まらない状態でした」。そこで、不動産会社を変更。一般媒介契約にすることで、無事に空室を埋めることができた。

 古い気質は悪いことばかりではない。一方で、大切につなぎ続けている地元の縁も多い。商店街の監査役や町内会の会計といった役割のほかに、地元大宮の夏祭りでは長年、おみこしの担ぎ手になっているのだという。「生まれも育ちも大宮で、地元愛は強い」と自負しているからこそ、今後の再開発には期待をする部分もある。「各自、個々の利益追求はあるでしょうが、まずは大宮全体が良くなるような開発になってほしいと願います」と飯田社長は話す。

▲さまざまなテナントが入居する飯田ビル

飯田ビルの歴史
1934年 飯田家具雑貨店開店
75年 家業をたたむ
79年 飯田ビル竣工
2017年 飯田雄司氏が社長就任
(2025年1月号掲載)

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