街中の空きビルを学生向けシェアハウスに
大学や企業と連携し市街地のスポンジ化防ぐ
富山市荒町にある「fil(フィル 以下、フィル)」は、学生シェアハウスを核に近隣の住民も使用できる食堂とコインランドリー、庭園で構成された複合施設だ。学生と地域をつなぐサードプレイスとして、街に活気を生み出している。

▲入居学生が企画した1周年イベントのテーマは「fil×マチユクアナタ」
富山市民プラザ(富山市)fil管理活用グループ
永井慎チーフ(45)

富山市の街中を走る路面電車、富山地方鉄道富山軌道線本線の荒町駅に降り立つと、子どもや若者たちのにぎやかな声が聞こえてくる。大きなTシャツが目印のコインランドリー前の広場で、縁日が開かれていた。これは学生シェアハウスが入るフィルの1周年を記念して、24年7月に開催されたイベントだ。
ランタン作りのワークショップも行われ、美しい明かりで夜を彩る一幕も。1年前まで夜は暗く人けのなかった空きビルが、息を吹き返したことを証明するような光景だった。
若者の中心市街地離れを危惧 産学連携プロジェクトを推進
フィルは街中に立つ元証券会社だった鉄骨造5階建てのビルを改修した複合施設。同時に隣の遊休地を購入し、木造2階建てを新築した。ビルの2~5階が学生シェアハウスで、4~5階は女性専用フロアになっている。ビル1階にある地場食材を使った食堂と新築棟の1階部分にある24時間営業のコインランドリーは、誰でも利用することが可能。2棟の間にある空間を植栽でつなぐ小さな庭園は、学生や地域の人たちの憩いの場として使われている。
- ◀▲洗濯・乾燥が終わるまで、隣の食堂でゆったり朝食やお茶を楽しむ常連客もいる
フィルを施工し、運営を行うのは、第三セクターの富山市民プラザ(富山市)。市民に教育・文化・芸術の場を提供する同名の複合施設を40年近く運営してきた。コンパクトシティーの成功例といわれる富山市において、中心市街地の活性化のために多様な取り組みを行ってきたまちづくり会社だ。
「フィルプロジェクトが始まったのは、富山大学都市デザイン学部の久保田善明教授からの相談がきっかけです。街中に若者が全くいない状況を解決したいと、当社に相談がありました」と語るのは、同社フィル管理活用グループの永井慎チーフ。
中心市街地から2・5㎞離れた郊外に、富山大学で最も大きい五福キャンパスがある。フィルから路面電車で30分弱、徒歩とバスなら15分ほどの距離だ。学生の約8割を占める県外出身者の大半がキャンパス周辺に在住。久保田教授が学生たちにヒアリングしたところ日常の行動範囲はキャンパス周辺のみで、街へはほとんど足を運ばないという結果が出た。

▲約80人もの学生が参加した「富山まちなか学生EXPO(エキスポ)2024」
地域に活力を与える存在であるはずの若者の中心市街地離れや市街地のスポンジ化といった問題の解決に向けて、同社と富山大学都市デザイン学部は包括連携協定を締結。学生参加型でフィルプロジェクトを推進した。
自己実現や地域貢献の場に 県内企業約40社もサポート
学生シェアハウスの定員は32人。2期目の24年春時点でほぼ満室だった。着目したいのは「まちなかの活動に参加すること」というユニークな入居条件だ。「条件というよりかはライフスタイルに近いですね。自己実現の場として活動してもらってもいいのです」(永井チーフ)
街の商店街から依頼を受けて祭りのみこしを担いだり、店主から若者の集客方法を相談されてワーキンググループをつくったり、地域に貢献する取り組みは多岐にわたる。
学生たちの活動を支援するのは、県内企業約40社で構成する「サポートクラブ」。資金面のほか、企業のトップと語り合う機会も設けている。「県外出身の学生が富山に定住してくれるのは究極の目的でして、シェアハウスの卒業生が富山県で就職してくれました。卒業生も含め関係人口の増加につながるコミュニティーづくりも今後はしていきたいです」(永井チーフ)
- ▲サポートクラブ加盟企業のトップと語る会
- ▲近隣の飲食店から講師を招き、魚のさばき方を教わる入居学生たち
(2025年6月号掲載)