飲食と娯楽事業で資産を築いた吉祥寺のビルオーナー

ビルオーナー物語：前編

家業の飲食と娯楽事業を大きくした母親
２代目は賃貸事業で資産を安定化

日本興業（東京都武蔵野市）の吉田茂社長は、「人を使わない」賃貸事業をメインにして収入を安定化させている。実業家であった先代の母の教えを心に刻み、２代目として吉田家の資産を守り、次の世代につなげる努力をしている。

日本興業（東京都武蔵野市）
吉田茂社長（75）

　東京都武蔵野市の東部に位置する吉祥寺。各媒体の「住みたいまちランキング」では常にトップ３に入る人気の街だ。ＪＲ中央線吉祥寺駅から徒歩１分という場所にある「ＹＳビル」を所有するのは吉田社長。100坪の敷地に立つ地上５階、地下１階建ての同ビルは、地下１階から４階までをゲームセンターが一括で借り上げている。最上階のみ、日本興業が事務所として利用。
　ＹＳビルのほかには賃貸マンション「静山館」を所有。同物件は東京メトロ有楽町線地下鉄成増駅の目の前にある170坪の土地に立つ地上７階建て地下1階全25戸のマンションだ。1階と地下1階はそれぞれコンビニとフィットネスジムが入居している、どちらも母親から引き継いだ不動産だ。
　「大学に行ったわけでもなく、経営を学んだわけでもない母が吉田家の家業を成長させました。本当にすごい女性でした」と吉田社長は話す。

▲吉祥寺駅前にあるYSビル

父親は34歳で逝去　飲食事業と娯楽事業を継ぐ

　吉田家の家業は終戦まもない1950年代初頭に父・作蔵氏が吉祥寺の駅前に複数の借地権を得て果物屋を開いたことから始まった。戦後の日本を「食と娯楽」で楽しくさせることを考え、現在ＹＳビルのある場所には、木造２階建てのパチンコ店を開いた。「東京都で10番目にパチンコ事業開業の免許を取得したと聞いています。まさに黎明期での創業だったのです」（吉田社長）
　当時、娯楽の代名詞でもあった映画館を建てるため東京都板橋区の成増には170坪の土地を購入した。だが、映画館事業の立ち上げ前、56年に急死。34歳という若さだった。
　「当時、6歳の私を筆頭に3人の子どもを抱えた母はまだ31歳でした。それでも父の遺志を継いで経営者として吉田家をひっぱることになったのです」と吉田社長は話す。
　とはいえ、まだまだ女性の経営者が少ない時代。「女だから」と見下されることや悔しい思いをすることも多い中、持ち前の才覚で飲食事業と娯楽事業を軌道に乗せ、多い時には150人ほどの従業員を抱えるまでになった。経営者となり10年余り。夫が購入したものの、手付かずになっていた成増の土地の活用を考える余裕が生まれた。

▲大勢の社員を連れて旅行もしていた。最前列真ん中が吉田社長

　当時、爆発的なブームを起こしていたボウリング場を建てようとするも、レーンの長さが足りない。そこで、娯楽施設ではなく7階建てのマンション「成増マンション」として71年に竣工した。
　「ボウリングブームは想像より早く下火になったことを考えると、結果的にはマンションを選択してよかったのだと思います」（吉田社長）

人を使わない経営にシフト　2代目では賃貸事業をメインに

　吉田社長自身は、大学卒業後の74年から3年間、アメリカのニューヨークで語学と経営を学んだ後、家業に入った。
　20代から30代は、志津子氏の運転手や秘書のような仕事をしながら、そばで経営を見ていった。女手一つ、心を開いて仕事の話ができる相手がほとんどいない中、歯を食いしばってきた志津子氏にとって、頼れる右腕となった。40代になると吉田社長もパチンコ店をマネージメントする立場になった。だが、50代に差し掛かろうというときに「人を使って事業を行うのは難しい。賃貸事業に移行してはどうか」と話を切り出された。
　「言われた瞬間は、それは思うところもありました」と振り返る吉田社長。だがその真意は、「大勢の従業員を束ねて事業を回す苦労は自分が一番わかっている。幸いにも吉祥寺も成増も駅前で好立地に物件を持っている。それならば、その不動産を使って賃貸事業を行っていくのがいいだろう」と道を示したかったのだ。
　そこで、志津子氏は90年代後半には事業をたたみ、従業員を全員退職させた。吉祥寺で自営していたパチンコ店はＹＳビルとして建て替えた。ＹＳビルは2000年に竣工。直接経営するのではなく、パチンコ店への20年の定期借家契約としてテナント貸しに切り替えた。

（2025年７月号掲載）
関連記事↓
築古マンションもリノベで賃料収入は安定