両利き経営のススメ:生成AIに任せることとオーナーが決めること

コラム両利き経営のススメ

<<両利き経営のススメ 最終回>>

生成AIに何を任せ、オーナー自身で何を決めるのか

 この連載では、既存事業の効率化(深化)と、新たな機会の模索(探索)を両立させる手法、すなわち「両利きの経営」について説明してきました。これは不動産を単なる投資対象から、本業の競争力を強化させる「経営ツール」へと捉え直し、具体的な意思決定へとつなげるための考え方です。最終回では、AIの活用法について具体的に解説します。

厳しさを増す賃貸経営

 日本の賃貸経営は今、供給・人口・金利の前提が同時に崩れる局面にあります。総務省の「令和5年住宅・土地統計調査」によれば、総住宅数は6504万7000戸、空き家は過去最多の900万2000戸、空き家率は13・8%に達しました。

 深刻なのは中身です。賃貸・売却用や別荘などを除く区分である「賃貸・売却用及び二次的住宅を除く空き家数」が385万6000戸(総住宅数に対して5・9%)あります。募集で埋まる空室と、市場から退場した資産が混在し、単なる空室対策だけでは解決できない余剰が積み上がっています。

 オーナー側の状況も予断を許しません。国土交通省の「賃貸住宅管理業務に関するアンケート調査(家主)」では、家主の約6割が50歳以上、4割が会社員、7割強が所有10戸以下です。多くは高齢か多忙な兼業で、サブリース以外では「全て自ら管理している」と回答した人は18・5%にとどまります。また所有する賃貸住宅の建築時期は2001〜10年、家賃は月3万〜6万円未満が最多層で修繕判断が重くなる時期です。限られた時間でこの複雑な状況に対応するのは、事実上不可能です。

 ここに金融環境の激変が重なります。日本銀行は24年3月にマイナス金利政策を解除し、長期金利は上昇に転じました。借入額6000万円で金利が1%上がれば、利息負担は年60万円増えます。さらに日本の人口は前年比89万8800人減(24年10月1日時点)と減少が続いており、空室の長期化と金利上昇が重なれば、赤字化する物件が増加します。

決断の下準備にAIを活用

 この局面で経営のボトルネックになるのは、決断より準備です。資料が散らばったまま決断だけが迫る。これが重苦しさの正体です。ここで生成AI(人工知能)を活用します。目的は、膨大な準備をAIに任せ、人間は対話と決断に集中することです。MIT(マサチューセッツ工科大学)の研究でも、AIの利用により作業時間は約4割短縮、品質は約18%向上したと報告されています。

 AIに任せる作業は、文章の下書きや要点整理、概算、質問案の作成です。例えば、修繕の見積もりなら全文ではなく「項目・単価・条件」の要約を入力し「費目の抜け、前提条件、事業者への確認事項」を整理させます。銀行交渉の前であれば「金利・期間・担保評価の確認点」をリストアップさせれば、準備不足を防げます。ただし、AI利用時の安全ルールは厳守してください。個人情報保護委員会の注意喚起に従い、個人名や番号など個人が特定される情報は入力せず、写り込む場合は黒塗りします。

 資産全体の点検は、パターン化して行います。具体的には、物件ごとに「直近1年の実績家賃、主要経費、返済額、残債と金利、概算売却額」を整理し、一覧にします。これを基に「金利プラス1%、家賃1割減の場合の収支」をAIに計算させます。これは予測ではなく、環境悪化時にどの物件から赤字化するかという弱点を特定するためのテストです。

守るべき聖域は自分で決める

 これらの計算の前に人間がやるべき重要な作業があります。それは聖域を決めることです。実家や本家の土地など、採算度外視で何があっても守ると決めた資産は、計算の枠外に置きます。AIには計算できない「長期的な価値」や「家族の求心力」を守る意思こそが、オーナー経営の魂だからです。聖域を決めることで初めて、残りの資産に対して冷徹な判断ができるようになります。

 聖域以外の資産は、計算結果に基づき三つに分類します。維持する物件は守り、立て直す物件は修繕や募集条件を見直します。出口戦略を検討する物件は、金利上昇に耐えられない資産です。ここでは銀行に借換条件、税理士に売却時の税額を確認したりするなど、具体的な行動に移ります。AIには各専門家への質問案を作らせます。

 AIはオーナーの仕事を奪うものではありません。面倒な作業を代行し人間に決断と対話の時間を返すものです。「忙しくて計算できない」という言い訳が通じない厳しい世界ですが、情報が出そろった状態で悩み抜き、自分で決めることこそが、資産を次世代へつなぐために家主に求められる条件となります。

 まずは今日、手元の資料をAIに読み込ませることから始めてみてください。その小さな一歩が、漠然とした不安を根拠ある決断へと変えます。半年間お付き合いいただき、ありがとうございました。皆さんの賃貸経営が、より強く自由なものになることを願ってやみません。


解説
ボルテックス(東京都千代田区)
安田 憲治 主席研究員

一橋大学大学院、経済学研究科修士課程修了。データサイエンスを活用した経営戦略の策定や人材育成に注力する。現在、ボルテックスにて、財務戦略やAI(人工知能)データ利活用、論考執筆に携わる。多摩大学サステナビリティ経営研究所客員研究員。麗澤大学国際総合研究機構客員研究員。

(2026年 4月号掲載)

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