<<若手オーナーの挑戦>>
自己資金ゼロから不動産オーナーに
独自の投資戦略で多業態に挑戦
仲村啓オーナーは、投資経験ゼロの状態の会社員から短期間で不動産オーナーとなった若手投資家だ。
仲村啓オーナー(神戸市)
2020年に投資を開始した時の自己資金は、わずか20万円。そもそも「投資」や「経営」を考えるようなレベルではなかった。ところが、そこから約5年が経過した現在では、個人・法人合わせて50戸を超える賃貸住宅を運営するまでに資産を拡大させている。
保有物件は、兵庫県内を中心に築古戸建てから、一棟アパート、土地からの新築、駐車場まで多岐にわたる。
特定の手法に固執せず、その時々で都度実行可能な選択を積み重ねてきたことが成功に結び付いた。
雇われの身では裕福になれない
仲村オーナーが不動産投資を志したのは、30代後半のこと。ある衝撃的な出来事がきっかけだった。
それまでの仲村オーナーは「真面目に働いていればいずれ豊かになれる」と将来に対してぼんやりと甘く考えている状態だった。「そもそも幼い頃は『大人になれば自然とお金持ちになれる』と思っていたのです」と振り返る。しかし現実では40歳を目前にしても、思い描いていたような生活水準には届かなかった。
そんな中、自分より給与所得が少ないはずの20代後半の部下が、高級車に乗り、ブラックカードを持っていることを知った。その部下から何げなく放たれた一言。
「頑張って昇進しても、しょせん雇われの身ですよ」
会社では上司と部下。しかし、生活の豊かさでは完全に部下のほうが上。この時、仲村オーナーは「会社員だけでは収入に限界がある」と痛感したのだった。
さらにその衝撃に追い打ちをかけたのが、いわゆる「老後2000万円問題」の報道だった。この問題は、19年、金融庁の「金融審議会 市場ワーキング・グループ報告書」をきっかけに広まった。「夫婦で暮らす高齢世帯の年金暮らしでは毎月の生活費が赤字になり、その不足分を約30年分積み上げるとおよそ2000万円規模になる」という試算に基づき「老後の生活には2000万円分の貯蓄が必要だ」とするものだ。実は仲村オーナーの家は代々子だくさんの傾向がある家系で、仲村オーナー自身、6人の子どもを持ちながら会社員として働く身だった。生活費や子どもたちの養育費などを考えると、定年後の年金受給開始までに2000万円の貯蓄をつくることは難しい状況だった。
自分が置かれたこの厳しい現実を見つめ直した仲村オーナーは、それまでの考えを一変させ、副収入の確立を目指した。まず始めたのは自己資金ゼロでも始められる「ユーチューブ」だった。
釣り系チャンネルで収益化に成功し、月10万円ほどを稼げるようになった。しかし、いい映像を狙おうと無理をした結果、海上で命の危険を感じる経験をした。「これは長く続けられる仕事ではない」と判断するに至ったという。
そこで新たに目を向けたのが不動産投資だった。まず行ったのは書籍の大量購入。とにかく知識がなければ損をすると考え、年間で約100冊の不動産関連書籍を読みあさった。その資金を確保するため、好きだったたばこをきっぱりやめて、丸1年間を不動産の勉強に費やしたという。
2棟同時購入で資金を獲得
- ▲西脇市の中古マンション
- ▲神戸市の新築戸建て物件
こうして2020年、満を持して最初に取得した物件は、神戸市内の築古戸建て2棟だった。そのうち1棟は物件価格200万円の古家付き土地で、残置物が多く、未登記増築もあった。自己資金不足に加え、物件自身も金融機関の評価が厳しくなる要素を抱えていた。しかしダメもとで提示した70万円の指値が通り、契約を進めることになった。
同時に進めたもう一棟の物件価格は約250万円。さすがに1棟目のような指値では買えなかったが、幸いなことに日本政策金融公庫からリフォーム費用を含めた390万円の融資を受けることができた。結果、2棟同時に取得する形でローンが付き、最初の購入を成立させた。
仲村オーナーはこの時点では利回りや規模よりも「賃貸経営として成立させる経験を積むこと」を優先していた。小さな投資を事業として成立させ、一通りの経験を積むことにしたのだ。
アパートを取得して規模拡大
晴れて築古戸建て賃貸を2棟所有する不動産オーナーとなった仲村オーナーが次に挑戦したのが、アパート経営だ。21年、兵庫県西脇市でアパート2棟・計8戸を3000万円で取得した。
当初は自己資金の不足を理由に融資が下りず、一度は購入を見送ることになった。しかし半年後、事業計画を見直し、地元の商工会議所に相談したところ、信用金庫の元支店長だったという会議所相談員が、日本政策金融公庫に協調融資の打診をしてくれたことで、銀行と同公庫の協調融資が成立した。また、幸運にも物件の値引き交渉と並行してこの融資を成立させたため、決済時の自己資金はほぼゼロに抑えられた。
さらに22年には法人を設立。法人名義で兵庫県姫路市に8戸、神戸市で6戸のアパートを取得した。
ただ、新設した法人名義での購入だったため当初は銀行取引が難しく、金利約3・9%のノンバンク融資を利用することになった。条件のいい融資ではなかったが、ここでひるまず事業を拡大させておくことが大事だと判断した。その結果、これが功を奏して、後の地方銀行への借り換えの実現につながった。
23年には神戸市西区で土地を取得し、駐車場と新築戸建てを建築した。
また神戸市垂水区では99㎡の土地を取得し、駐車場として整備。この案件では、紹介で購入した50万円の土地の造成工事費が、当初想定していた70万円から最終的に350万円まで膨らんだ。そのため工事の途中で資金が尽き、半年間工事が止まる事態に陥ってしまった。だが、トラブルを抱えた土地ではあったものの、需要が見込めたため根気強く整備し、現在ではすっかり安定した経営ができている。
- ▲Before:50万円で取得した当時の土地
- ▲After:完成までに350万円の費用が発生した
ここまで大きく物件数を増やすことができた理由について、仲村オーナーはいくつかの要因を分析している。
一つ目は毎日欠かさず物件情報を確認したこと。思わぬ掘り出し物で安く購入できる場合があった。2つ目は高金利のノンバンク融資でも思い切って借りて、利回りのいい物件を決して逃さなかったこと。そして紹介された物件を断らなかったことだ。結果的に多額の資金を必要とした垂水区の土地の購入も「後悔はない」ときっぱり言う。
自己資金が少ない中での戦略
順調に規模を拡大させた仲村オーナーだが、資金不足の中ではさまざまな工夫が必要だった。前述したように、融資の交渉などの資金繰りには特に苦労した。
銀行に提出する資料では金額や収入といった数字による「定量評価」だけでは融資を勝ち取れないと判断。数値では測れない「定性評価」で経営方針や人柄を評価してもらえるよう充実した資料を作成した。
また資金を捻出するだけでなく、所有物件に必要な工事を、自分の資金を使わずに行うことも戦略の一つだ。
例えば、市立公園に隣接したアパートではもう一方の隣地の擁壁が劣化し、雨の日には敷地内に隣地の土砂が流れ込んでくるような状況だった。もしもこの擁壁工事を自分でやるとしたら、多額の費用がかかっていたはずだった。しかし、これを区長に申し立てることで隣地所有者との話し合いに持ち込み、自己負担なしでの工事を実現した。

▲劣化した擁壁はいまにも崩れそうな見た目だった
人口3万人の町で新築に挑戦
24年、仲村オーナーは兵庫県太子町で647㎡の土地を取得した。太子町は兵庫県の西部、姫路市の西側にある人口約3万人、1万4000世帯の小さな町だ。
取得当初は需要面への不安も大きかったという。だが、人口動態や競合物件を調査したうえで事業計画を作り込み、金融機関とも綿密に協議を重ねた結果、経営可能と判断。この土地には、戸建てとテラスハウスを組み合わせた賃貸住宅を建てた。
- ▲劣化した擁壁はいまにも崩れそうな見た目だった ▶戸建てもデザインを統一して高級感を出した
建物はいずれも木造で、戸建ては専用庭や駐車スペースを確保。テラスハウスは隣戸からの生活音に配慮した間取りとし、集合住宅と戸建ての中間的な住み心地を意識した。賃料を抑えるのではなく「ファミリーが戸建て感覚で住める賃貸住宅」というコンセプトをを重視している。
結果は大成功。現在は満室稼働中だ。
社会貢献できる建物に関心
不動産オーナーとして成功をおさめつつある仲村オーナーだが、現在、建築費の高騰や人口減少を背景に、利回りだけを追う投資には限界を感じているという。
そこで関心を寄せているのが、高齢者向け住宅やナーシングホームなど、地域の医療・福祉を支える不動産だ。住まいとしての機能に加え、社会的な役割を持つ建物を造ることが次のテーマになっている。
自己資金ゼロから始まった仲村オーナーの不動産投資は、失敗や想定外の事態を乗り越えながら積み上げられてきた。その歩みは、資金の多寡ではなく、判断と調整の積み重ねが経営を支えることを示している。

(2026年5月号掲載)




