<<地主の決断>>
相続対策30点からの巻き返し
13代目地主が挑む相続の形
勝山家は1699年から続く地主の家系だ。現当主の勝山修平オーナーはその13代目にあたる。祖父が亡くなった時の相続対策での手痛い失敗を教訓に、現在は様々な手を打っているという。
勝山修平オーナー
エルベ社長/一般社団法人Tract 代表理事
埼玉県の東部に位置する浦和美園エリアに地盤を持つ勝山家は、江戸時代から続く地主だ。現在、事業用借地などの土地約5000㎡、賃貸アパートやマンションなど物件12棟のほか、駐車場なども所有して安定した経営を行っている。
だが5年前の相続発生時には想定外の3億円の納税を余儀なくされたという。現在、勝山家が所有する資産管理会社エルベの社長を務める勝山修平オーナーは悔しがる。
「祖父が亡くなった時の相続対策は30点でしたね」(勝山オーナー)
だが、この苦い経験が、地主としての家業再生のスタートなり、勝山オーナーを現在に至るまで本気で相続対策に向き合わせたのだ。
◀現在の浦和美園駅とその周辺の地図。JR京浜東北線やJR武蔵野線、東武伊勢崎線などの路線に囲まれ、埼玉高速鉄道が通るまでは陸の孤島ともいえる場所だった
「地主」だと自覚
勝山オーナーは大学卒業後、さいたま市の職員として就職した。配属は国民健康保険を担当する部署。戸籍の動き、住民票、住民税の計算、生活保護の判定など、制度の全体像を理解しないとできない仕事だったという。
「課税書類を何枚も見るうちに、税の仕組みが体に入ってきました」(勝山オーナー)
この時生まれて初めて自分の戸籍を閲覧し、驚愕の事実と対面したという。
「自分が祖父の孫養子になっていたんです。そんなこと想像すらしてませんでした。それに自分はもちろんですが、なんと両親もその事実を知らなかったんですよ」(勝山オーナー)
いわゆる相続税対策の一環である1代飛ばしだったが、勝山家では祖父が子どもらに全く告げずに届け出をしていたのだ。それを知った瞬間、勝山オーナーは「自分は地主なのだ」と改めて感じたという。
こうして自分の家での立場を実感し始めてから、改めて実家の資産状況を確認してみると、これまで見聞きしていたよりもかなり多くの土地を保有していた。さらに田畑だったはずの土地の多くが区画整理地となっていることが判明。それらは税金対策や相続対策をキチンと体系的に考えた上で所有されたものではなく、むしろさまざまな問題を抱えていそうなものだった。
「これはただごとではないな、と。自分もしっかり勉強をしていく必要がある。そうしないと自分の代で勝山家の財産は失われてしまう。本気でそう思いました」(勝山オーナー)
以後、ファイナンシャルプランナーの資格を取り、仕事を通じても知識を蓄え続けたという。
大地主の後継者として「孫養子」となっていた自分の立場、そして、実際にすごい規模の資産を目の当たりにしたことで、勝山オーナーには、いよいよ地主としての自覚が芽生え、同時に覚悟もできていった。
勉強しないと、
自分の代で勝山家の財産は失われてしまう
「相続対策30点」の現実
子や孫にも告げず1代飛ばしを実施していた祖父だったが、その事実が発覚した以後は、実質的な地主後継者で孫の勝山オーナーと協力しながら、いくつかの相続対策を行ってきた。ちょうどその頃、地元の浦和美園エリアは東京の赤羽との間に直通の「埼玉高速鉄道」が開通した直後だった。さらに「埼玉スタジアム2002」もオープン。周辺エリアは一気に開発が進み、その後の、急激な人口増や地価の高騰が予想されていた。勝山オーナと祖父が行ったのは、現状の評価額で将来の相続時の財産評価額を決定してしまえる相続時精算課税制度の利用だった。
◀2001年にオープンした「埼玉スタジアム2002」。浦和美園エリアの価値を大きく変えた要因だ
2006年には所有している土地のうち2カ所について、事業定期借地を設定し事業者に貸し出した。それらを勝山オーナーと父親にそれぞれ相続時精算課税制度を利用して所有権を移し、地価が上昇しきる前に将来の相続税額を確定した。さらに、相続までに得られる予定の賃料収入を子供が直接受け取れるようにした。
- ▲06年に相続時精算課税制度を利用し勝山オーナーが贈与を受けた土地
- ▲06年に勝山オーナーの父親が相続時精算課税制度により贈与を受けた土地
また、アパート7棟を14年に建築し、土地評価額の圧縮と借り入れを行い、相続に備えていた。
こうして、自分が孫養子である事実に気付いて以降の約20年間、勝山オーナーは祖父と共に万全な相続対策に取り組んできたつもりだった。そして、21年夏、急に祖父が体調を崩した。
「体調を悪くしてからも数年は生きるだろうと思っていたのですが、そこから4カ月で亡くなってしまいました。仕方のないことですが、準備期間がありませんでした」(勝山オーナー)
そうはいっても、勝山オーナーは祖父の生前から一定程度の相続対策を祖父と共に行い準備をしていたため、それほど大きな心配はしていなかったという。 ところが、祖父の死後、いざ相続という場面でふたを開けてみると、またしても驚愕の事実に直面することになった。
祖父の銀行口座を確認すると、なんと2億円の現金があったのだ。家族の誰にも知らせずにそれだけの現金を持っていたという。
「農家世代の祖父にとって、借金は何よりも怖いものだったようです。アパートを建てた際の借り入れ分と同等額の現金を、家族に知らせずに銀行口座に持っていました。心配性が過ぎたのですね」(勝山オーナー)
この結果として、支払う相続税は約3億円にまで膨らんだという。まさに勝山家にとっては痛恨の事態だった。
アパート建築も、相続時精算課税制度の利用も、確実に効果はあったのだが、現金の発覚がそれをほぼ帳消しにしてしまうほどのダメージがあった。膨らんだ相続税の支払いのため、保有してきた土地を一部売却し、その資金を納税に充てざるを得なかった。幸いにして手元資金に大きな問題はなかったが「支払わなくていいものを支払った」という手ひどい後悔と無念の思いは残ったという。
「ちゃんと準備していれば全く払う必要のないお金でした。借り入れ額も全然足りておらず、本当に今から思えば30点の相続対策だったと思います」(勝山オーナー)
この祖父の相続において、遺産分割協議から相続税の申告、納税まで責任を持って終わらせるため、市の職員を退職。22年、40歳にして専業オーナーとなった。そして、納税終了後はすぐに次の相続に向けた対策を始めた。
「失敗した後に次がある。次は祖母の相続だ、と思ってすぐ動きました」(勝山オーナー)

▲14年に建築したアパート。全7棟のうち現在は勝山オーナーが4棟、父親が3棟を保有する
アパートを建てた際の借り入れ分と同等額の現金を
家族に知らせずに銀行口座に持っていました
家族信託の活用
その後、勝山オーナーが最初に動いたのが家族信託の設計だ。祖母の相続を見据え、認知症が進む前に祖母の資産についての判断を自分が代行できる仕組みをつくる必要があった。
「家族信託を勉強する中、民事信託の税務を専門にしている税理士の著作を読み感銘を受け、読み終わってすぐに連絡を取りました」(勝山オーナー)
その税理士と信頼できる弁護士と協力し、祖母名義の資産に信託を設定することを決めた。その家族信託の受託法人として、勝山オーナーが代表理事を務める一般社団法人Tractを設立した。
そして、祖母の名義で東京都内に鉄筋コンクリート造の新築マンションを2棟、計約5億円で取得した後、そこを含めた祖母名義の資産に信託を設定。以降、勝山オーナーが受託者として祖母が所有する資産の意思決定を担っている。
「家族信託というのは節税の道具ではなく、資産についての判断を止めないための装置です。遺言と同じ機能を持ちながら、生きている間に資産を動かし続けルことができます」(勝山オーナー)
さらに踏み込んだのが「信託内借り入れ」だ。家族信託設定後、さらに祖母が所有する土地に木造アパートを建築予定だが、その約3億円の費用については家族信託の受託法人が融資を受けた。融資の名義は法人なのだが、税務上は個人(祖母)が借り入れたのと同等に扱われるため、認知症が進んだ後でも相続税対策として有効に機能するという。
この仕組みはまだ浸透していないことから、よく相談する大手銀行には前例がなく「決まりがないのでできない」と断られたという。しかし、付き合いのある地方銀行や信用金庫の一部から前向きな回答が来て、最終的には地銀からの融資を受けた。
「最終的に受けてくれた地銀内でも初めての事例だったそうです」(勝山オーナー)
こうして学びから得た新たな仕組みも活用しながら、勝山オーナーは二次相続対策を進めている。
定期借地の更新交渉
25年の秋から冬にかけて、さらに注力してきたのが、事業用定期借地のテナントとの更新交渉だ。約20年前に締結した2カ所の契約が順次満了を控えており、まずは自動車ディーラーに貸している土地が26年4月に更新を迎える。
「対抗テナントを見つけるなどの努力の結果、賃料4割増となり、さらに間に法人を挟んだ契約になりました。また、もう一つの事業用定期借地だった物件は更新を機に定期借地を止め、テナントが建てた建物を法人で購入し、土地建物の賃貸とする予定です」(勝山オーナー)
個人から法人(エルベ)への契約に切り替えることで、賃料収入が法人のキャッシュとして積み上がる。それがやがて相続税対策や次の投資原資になる。
「土地を持っているだけでは経営とはいえない。更新のたびに契約をどう設計し直すかが、最重要事項だと思っています」(勝山オーナー)
法人を100億企業へ
現在、勝山オーナーは個人で資産を持ち続けることの限界を感じている。税制改正のたびに個人資産への締め付けは強くなり、1代飛ばしの孫養子スキームも子どもの出生タイミングなどが絡みいつも使えるとは限らない。
「個人で承継を繰り返すのではなく、法人に資産を移しながら、最終的には法人の株式評価を下げることで承継コストを最小化させたいですね」と勝山オーナーは言う。
現在一族の資産はほとんどが個人所有。保有資産の時価総額は数十億円で、毎年の売り上げは1億数千万円だという。この個人所有部分を法人に移した後、最終目標の法人の株式評価を下げるため、法人を税務上「未上場の中会社」として評価してもらう方法を学んだ勝山オーナー。そのためには一定規模以上に法人を成長させる必要がある。
同時に、具体的な目標として、「資産時価評価100億円、売上高4億円」を掲げるロードマップを作成している。現在、準備中のペット共生物件(※上囲み記事参照)も法人名義で建築・取得し、法人の売り上げを積み上げていく予定だ。
「個人で持っていた土地を法人に移転していき、ずっと先の世代まで承継可能な形に資産を再設計する考えです」(勝山オーナー)
300年続かせるために
勝山オーナーが地主という役割を覚悟したのは、冒頭に記したように戸籍閲覧で自分の立場を知った瞬間だった。祖父の相続で30点しか取れなかったところから、その後家族信託を学び、信託内借り入れという前例のないスキームを銀行と共に切り開いた。そして今は、法人に資産を移していっている。
「土地は、ただ守るという考えだけでは、いずれ失われてしまいます。次の世代にどういった形で資産を承継していくか。この地に300年続いた家系なので、もう300年続かせるためにはどうすべきかを日々考え、行動しています」(勝山オーナー)
勝山家13代目の意思決定者として、地主としての役割を果たすべく勝山オーナーはこれからも日々決断していく。
この地に300年続いた家系なので、
もう300年続かせるためにどうすべきか

(2026年5月号掲載)

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