<<Re:Value>>
建物の価値を再構築 賃貸住宅の新たな再生モデル
賃貸住宅のリノベーション市場が拡大する中、大阪の建設会社が新たな再生モデルを打ち出している。富士建設が展開するリノベブランド「crulib(クルリブ)」だ。同ブランドの特徴は、建設会社が主導する不動産再生に、クリエーティブ集団が深く関与している点にある。施工や不動産運用の知見を持つ建設会社と、空間や都市の価値をデザインするクリエーター。その協働から生まれたのが、建物の価値を長期的に育てていくという新しい不動産再生の考え方だ。
- graf 服部滋樹代表
- 富士建設 加納優希代表
センターコアという設計思想
crulibの設計思想の一つにあるのが「センターコア」という考え方だ。一般的な賃貸住宅は「○LDK」という間取りを前提に設計されるが、センターコアでは水回りや収納などの機能を住戸の中央に集約し、周囲の空間を自由に使える構成とする。
これにより、リビングやダイニングといった用途の固定化を避け、住む人のライフスタイルに応じて空間の使い方を変えることができる。壁で細かく仕切らないことで空間に余白が生まれ、収納に占有されていた壁面も“使える壁”へと変わる。

▲中央奥にあるキッチンを中心に室内を回遊できる設計になっている
この設計により、都市部では限られた面積でも豊かな空間を生み出し、郊外では外光や周囲の風景を取り込んだ住まい方につながる。
「設計は立地や建物条件によって最適解が変わるもの。センターコアはその一つの選択肢です」(加納優希代表)
クリエーターとの協働
crulibのブランド構築には多様なクリエーターが関わる。その中で全体のクリエーティブディレクターを務めるのが大阪を拠点に活動するクリエーティブ集団「graf(グラフ)」の服部滋樹代表である。
grafは家具やインテリアデザインを起点に、建築・空間設計、プロダクト開発、カフェの運営や食・音楽のイベント運営など、暮らしにまつわる領域で活動するクリエーティブチームだ。自治体や企業との協働を通じ、都市や暮らしの価値を再編集する活動を行っている。
デザインの刷新ではなく、建物の価値をどう再構築するか。議論を内装から建物、さらには街との関係性へと広げる中、crulibは、単なる改修商品ではなく、不動産の価値を再設計するブランドとして形作られた。
施工や不動産運用の知見と、クリエーターの発想を掛け合わせることで、内装の刷新にとどまらない価値創出を実現している。
服部代表は「機能を中心に集約することで、周囲の空間が多様な用途に開かれる」と話す。

▲エントランスのロビーには、リラックス効果のある緑色の壁を設けた。木のベンチはエレベーターを待っている間の休憩に使用できる

Before
隣接する2戸を一体化
大阪市西区の賃貸マンションでは、この考え方を反映した改修が行われた。
RC造8階建て・全42戸、2003年竣工の物件で、富士建設が取得した当時は空室率が高く、賃料も下落傾向にあった。富士建設は住戸構成を見直し、退去のタイミングで隣接する2戸を一体化。間仕切りを極力排し、キッチンを中心に回遊できる空間とした。
- ▲手前の部屋は無垢のナラフローリング、奥の部屋はコンクリートと、床の素材を変えることで室内の表情が豊かに
- ▲壁の中に埋もれるように設置されたソファは、家族の気配を感じながらも読書に集中できそうだ

1DKの2部屋を2LDKに改修した。現在はショールームとして利用しているため賃料は未定
従来の間取りにとらわれない構成とすることで、空間の使い方に柔軟性を持たせている。ターゲットは単身者からDINKSやファミリー層へと拡張。その結果、22年に45%だった空室率は、25年11月末時点で29%(施工準備中による空室を含む)まで改善。成約賃料も上昇し、賃料総額は約5割増加した。
- ▲マンションサインの後ろに照明を入れることで、陽が落ちても優しい灯りで住み手を迎える
- ▲エントランスのロビーには、リラックス効果のある緑色の壁を設けた。木のベンチはエレベーターを待っている間の休憩に使用できる
オーナーとしての実体験
この取り組みの背景には、同社の実体験がある。
富士建設は土木工事を主体とする建設会社として1954年に創業。橋梁やプラント基礎、公共工事などを手がけ、その後は建築工事も行うようになった。2004年から不動産事業を開始し、現在は建設事業と不動産事業の両輪で展開している。
加納代表が自社物件の運用に関わり始めた当初、建物は高い稼働率を維持していた。しかし賃料は減少傾向にあった。
原因は、設備の老朽化や空間の陳腐化という根本的な課題に対して、設備更新やリノベなどの再投資を先送りしてきた点にあった。賃料減額という即効性の高い対症療法に依存したことで、収益性が下がった。「仲介会社からは『紹介したくない物件』という厳しい言葉をもらったこともありました」(加納代表)。リフォームでは改善せず、専有部のリノベを実施。しかし今度は共用部とのギャップが問題となった。
この経験から、建物全体の資産価値を総合的に考える必要性を痛感したという。
- ◀▲改修時に植栽を取り入れたエントランス。ドアの奥に見えるカウンターは、鍵を開ける際の荷物置きにもなる

キッチンまわりの3室をつなげたり仕切ったり。住みたい形に柔軟に対応する
都市の一部として捉える
こうして確立されたのが、「ストック型保全」と「再価値化」という考え方だ。空室や劣化が顕在化する前に再投資を行い、資産価値を維持・向上させる。
オーナーへのヒアリングから建物状態やレントロールを分析し、リーシング戦略まで含めたコンセプトを設計。資金計画に基づいて段階的に改修を進める。
「まず1室から」始め、成果を次の投資につなげていく。この循環を同社では「再価値化」と位置付けている。
crulibが目指すのは、建物を長期的に育てる仕組みづくりだ。センターコアのような設計思想を起点に、改修、リーシング、運営、承継までを一体で捉える。
建物を単なる収益資産ではなく、都市の一部として価値を高めていく。
間取りを変えるのではなく、暮らし方の前提を変える—。その試みが、不動産再生の新たなモデルになると考える。
- ▲改修前は廊下にキッチンがあった。改修にあたりキッチンとカウンターを対面させ、コミュニケーションが生まれやすくした
- ▲Before

▲カウンターは食事をするだけでなく、勉強や仕事をしたり本を読んだりと、使い方はさまざまだ
- ▲中央の壁を利用し、プロジェクターでの映画鑑賞も可能だ
- ▲左右に引き戸があるため、完全に閉めることで別々の空間にもなる
(2026年5月号掲載)




