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<Regeneration>
32棟の平屋群が職住一体の「なりわい住宅」へ
築65年の公営住宅が官民連携でよみがえる
月見台住宅
JR横須賀線田浦駅から徒歩10分。坂道を上り切った丘の上。時代を感じる平屋に設置された煙突からは白煙が出続け、その下ではコーヒーの焙ばい煎せん士が豆の具合を確認している。今回の舞台である「月見台住宅」は、職住一体の住宅として人々に活用されている。
丘の上にある、サッカーコート2面分程の約1万3600㎡の敷地から見渡せば、東京湾を望むこともできる。丘の上に広がる特徴的な平屋群でありながら、2020年の廃止以降、いつの間にか人々の間で「天空の廃虚」と呼ばれるようになっていた。
エンジョイワークス(神奈川県鎌倉市)
事業企画部 アシスタントプロデューサー
髙才ゆき氏

「最初に来たときは草が生い茂っていて、本当に再生できるのか?と思いました」と話すのは、横須賀市との官民連携事業として同住宅の再生・運用を手がけるエンジョイワークス(神奈川県鎌倉市)の髙才ゆき氏だ。現在は22棟58戸の「なりわい住宅」としてよみがえり、陶芸家や古着店を営む若者、庭仕事のワークショップを開く庭師らが移り住んできている。
前身である旧市営田浦月見台住宅が建てられたのは、戦後の住宅不足を背景にした1960年。木造平屋とコンクリートブロック造平屋の長屋形式で、全部で32棟74戸の規模。洗面台や水洗トイレを備え、キッチンを持つ生活様式は、当時の市民にとって憧れの「近代住宅」だったという。

1972年当時の旧市営田浦月見台住宅の風景

東京湾を望む絶好のロケーションだ
だが時代が変わり、建物は老朽化した。少子高齢化が進むと共に空き家が増加し、経年による安全面の課題も浮上。そこで所有する横須賀市は、市営住宅の管理計画の一環で全住民に順次退去を要請し、20年に最後の入居者が退去したことをもって、市営住宅は静かに廃止された。一方で、「この風景を残したい」という声も市民をはじめ各所から上がっていた。
転機は、市が実施したサウンディング調査、つまり民間企業への聞き取り調査だった。住人の退去が完了した後、旧市営住宅の活用可能性を探るため、市は複数の事業者に提案を募った。そこに関わったのが、地域再生を数多く手がけるエンジョイワークスだ。
同社の福田和則社長は現地視察の際に、職人や何かものづくりをする人が住んだら面白そうだと直感的に考えたという。全国的に見ても、これだけの規模の平屋群が現存する例はまれだ。
23年の市による公募を経て、正式にエンジョイワークスは同エリアの再生担当として横須賀市から選定された。土地と建物を10年間無償で借り受け、事業として改修と管理運営を担うことになる。
同社がこの市営住宅跡地に掲げたコンセプトは「ヴィンテージ&クリエイティブ」。古い住宅群の“味”を残しながら、住まいの中に仕事・創造を取り込むという発想であり「壊して新しく」ではなく、「残して更新する」まちづくりを目指した。そして、新型コロナウィルス下での需要の高まりもあり、住まいと仕事を融合させるなりわい住宅の構想を打ち出した。「“古いから駄目”ではなくて、“古いから面白い”。ヴィンテージという言葉には、そういう思いを込めています。そこにクリエイティブな暮らしを掛け合わせれば、月見台らしい再生になると思ったのです」(髙才氏)
横須賀市長も「谷戸の再生」を公約に掲げており、市の思いと事業者のコンセプトが重なったことで、再生計画は動き始めた。
資金は市からの事業費約4000万円のほか、国土交通省の「空き家対策モデル事業」に採択されたことによる助成金やクラウドファンディングなどで調達した。こうして天空の廃虚は、なりわい住宅として再び息を吹き返すための一歩を踏み出した。

住戸のリノベーションにあたっては「レベル別改修」という考え方を取り入れた。入居者の希望に応じて仕上げレベルを選択できるようにしたのだ。簡単に説明すると、レベル0:下地状態で引き渡し(DIY前提)、レベル1:標準仕様、レベル2:フルリノベーション仕上げという具合だ(上図参照)。
「特に飲食テナントとして入る人は配管をやり替えることが多くて、床を仕上げてしまうとまた剥がさなければならない。そういう無駄をなくすために、あえて仕上げないレベル0をつくりました。工事費が抑えられるし、DIYしたい人にも都合がいい」(髙才氏)
また同社が定めた「なりわい住宅4点セット」は全レベルで標準装備されている。この4点セットとは、住宅をなりわいの拠点として再生するための“最低限の仕掛け”を体系化したもの。「なりわい住宅に変えるためには、この4点を押さえようというセットをつくりました。一つ目は“お店の顔になる部分のサッシを指定のものに交換する”。二つ目は“店舗部分となる土間を設ける”。三つ目は“統一デザインの看板設置”。四つ目は“庭まで拡張するためのタープをかけられるフックの設置”です」(髙才氏)
基準となる家賃はレベル1の賃料を基準に、レベル0はマイナス1万5000円、レベル2はプラス1万2000円と幅を設けた。
「古い建物を“素材”として楽しむ人に入ってほしかった」と髙才氏は語る。
工事を手がけたのは、地元・田浦出身の職人が率いるワイズ・ホーム(神奈川県葉山町)。DIY支援を目的に、ショールームとして月見台住宅内の1戸を借り、工事請負以外にも材料や端材を提供。こうしたサポートを受け、入居者が壁を塗り、床を張り、家を造っていく。住む人の手によって、建物は少しずつ完成していった。
また建物の数は従来の32棟から22棟に減らしている。解体・撤去した場所に駐車場を新設。また、2棟は入居者が自由に使える場所として、共用集会所やサウナ棟にリノベーションした。「偶然の出会いを生む場」を意識し、入居者が自然と顔を合わせる動線をつくったという。
「ここは一人一人が違う目的で入ってくる場所。だから、意識的に“すれ違う余白”を設けたかった。集会所や共用のサウナを設けることで、顔を合わせる機会が生まれ、結果的にコミュニティーの種になると思ったのです」(髙才氏)
月見台住宅は現在22棟47戸の内、43戸がすでに埋まっている状況だ。しかし、実際には135組の申込者がいたという。ただ、「ヴィンテージ&クリエイティブ」というコンセプトをしっかりと理解したうえで入居してもらいたいとエンジョイワークス側が入居希望者一人一人に対して丁寧に思いを話し、そのうえで入居を決めてもらっているという。結果として「新築より、古い建物に手を入れて暮らしたい」「自分の手で価値をつくりたい」という共通の意識を持つ人々が集まった。再生初年度にして、稼働(入居)率は90%を突破している。
入居者は、県内在住のセカンドハウス利用者から、横須賀市内の起業家まで幅広い。同じエリアで長年愛されていて、惜しくも廃校となった小学校から譲り受けた机と椅子もある。「母校の記憶が残った」と地域住民から喜ばれているという。

この再生事業の総費用は約3億1000万円だ。このうち、横須賀市から整備費として約4000万円、国交省からは助成金として約2700万円、金融機関からは融資で約9000万円調達した。残りの1億3600万円は長期入居者の先払いやクラウドファンディングにより資金調達したという。後者はエンジョイワークスのプラットホーム「ハロー!RENOVATION(リノベーション)」を通じて募集から約半年で目標金額を達成し、1期と2期の合計で最終的に367人が出資した。
出資者は玄人の投資家というよりも「まちづくりに関心のある全国の人々」だという。「初めての不動産投資だった」という参加者も多く、純粋にまちづくりを応援してくれる人が買ってくれたとのことだ。
月見台住宅は、国交省のモデル事業に採択されていることや、景観の良さ、空き団地の再生事例として、自治体や企業から視察が相次ぐ。地域、入居者、投資家が三位一体となって“持続可能なまちの形”をつくるという新しい挑戦が、ここ横須賀の丘の上から広がっている。
「まちって、建物をつくることよりも、人が動き続けることでできていくと思うのです。誰かが離れても、また誰かが関わっていく。そうやって関係が続いていく限り、月見台は生き続ける場所になると思います」(髙才氏)
(2026年 1月号掲載)

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