<<シンポジウムレポート>>
一般財団法人住宅改良開発公社(東京都千代田区:稗田昭人理事長)は2025年10月21日、「あしたの賃貸プロジェクト 第6回シンポジウム~賃貸が変わればまちが変わる~」を開催した。オンライン視聴を含め1500人が参加。手頃な家賃で住める英国のアフォーダブル住宅をはじめ昨今のトレンドに触れるとともに、既存物件を賃貸住宅にリノベーションすることで地域活性化につなげた事例を数多く紹介した。

あしたの賃貸プロジェクト
「住む場所」から「地域文化」の拠点へ
海外と国内団地の取り組み事例に学ぶ
基調講演 「賃貸」からまちが変わるその構造と効果
東京大学大学院
工学系研究科建築学専攻
教授 大月敏雄氏

100年人生を踏まえた 多世代型の住宅開発を
大月敏雄氏は「100年人生を支える多様な住生活の基盤づくりが重要だ」と指摘。あらゆる世代に寄与する住宅の構成が必要であり、一つの住宅の誕生から終わりまで適正に運用される仕組みづくりが大切だと主張した。
その取り組みの一つとして、戸建ての持ち家を賃貸にすることで地域振興につなげた佐賀県の空き家再生事例を紹介。同物件はNPO法人が賃貸し、高校生の放課後の活動拠点として運営している。
「喫茶店を開きたいという夢を持つ子どもたちが、喫茶店経営の練習をしたり、新しいケーキを作ったりしている」(大月氏)
続いて「究極の賃貸住宅」として公営住宅を挙げた。京都市営住宅の運営をサブリース方式で居住支援法人に委託。最低限のリノベーションで、住宅確保要配慮者に貸し出す仕組みを紹介した。大月氏は多世代を取り込める住宅開発の重要性を再度強調した。
海外レポート 英国の地域を豊かにするコミュニティ・インベストメント
一般財団法人住宅改良開発公社(東京都千代田区)
住まい・まち研究所
所長 松本眞理氏

ソーシャル・ハウジングと アフォーダブル住宅を紹介
松本眞理氏は英国の社会的な住宅政策の取り組みについて報告。公営住宅の一つとして、低所得者向けに家賃を市場価格の5割まで下げる「ソーシャル・ハウジング」を紹介。二つ目に、市場価格の2割の家賃で提供する賃貸住宅、市場価格の2割低い価格の分譲住宅や、住宅協会とのシェアドオーナーシップ(住宅協会から所有権の一部を購入すること)などの「アフォーダブル住宅」を挙げた。
市場価格で供給されている住宅が8221戸あるのに対し、アフォーダブル住宅は3万87戸とその差は大きく、英国の住宅は、行政からの関与が強い傾向があると指摘した。
後半では、ロンドンで最も古く最大規模の住宅協会であるピーボディ・トラストの活動について報告。火力発電所の土地を無償で提供を受けて、政府の補助金を受けながら社会住宅を建てた再開発事例を取り上げた。
同開発では250戸のアフォーダブル住宅と、136戸のシェアドオーナーシップ住宅のほかに、コワーキングスペースやアフォーダブルオフィスなども開設。地域住民の居場所となっている。
「ロンドンの一般的な賃貸住宅の半分程度の賃料のうえ、コストゼロで社会住宅を提供している事例に驚いた」(松本氏)
事例講演① ひのさと団地再生プロジェクト ~さとづくり48から始まる再生~
福岡県宗像市
都市再生部長 内田忠治氏

西部ガス(福岡市)
都市リビング開発部 まちづくりソリューショングループ
リーダー 牛島玄氏

大凧(福岡県宗像市)
社長 吉田啓助氏

偶発的な出会いの場 コミュニティーを整備
福岡県宗像市の築古団地「ひのさと48」。同団地を交流拠点に再生した事例について、内田忠治氏は行政によるまちづくり支援や日の里地区の背景にある課題について話した。
住民の高齢化に伴う交通サービスの維持を課題とし「市内の各拠点に、ある程度都市機能や居住機能を集める『集約型都市構造』をイメージして進めている」とした。
続いて同団地の運営を担う西部ガス(福岡市)の牛島玄氏が登壇。同社はテナント誘致のほか、自社で運営するブルワリー(ビール醸造所)、コワーキングスペース、コミュニティーカフェなどを整備した。牛島氏は「単に賃料収入を得るだけではなく、地域での会話の機会を増やしたい、まちに偶発的な出会いの場をつくりたいという思いが根底にある」と話した。
最後に大凧(福岡県宗像市)の吉田啓助氏が、地域づくりへの取り組みを紹介。吉田氏は「地域の人と外部の人の交流の機会が生まれた。外部の人が関わることで、地域の価値の再発見や新たな雇用、経済の活性化につながる。そして団地が『住む場所』から『地域文化の拠点』として進化している」と成果を伝えた。
事例講演② ぶんじ寮ものがたり ~「まちの寮」という可能性~
フェスティナレンテ(東京都国分寺市)
社長
クルミドコーヒー/胡桃堂喫茶店 店主
ぶんじ寮プロジェクト 企画メンバー
影山知明氏

元社員寮を改修 地域で交流できる寮に
影山知明氏は東京・西国分寺エリアで進めている「ぶんじ寮プロジェクト」について紹介。「ぶんじ寮」は旧社員寮を改修したシェアハウスで、10㎡の専有部と共有部で構成される。家賃は3万1000円と格安だ。
現在は10~50代のメンバーが20人ほど居住している。入居者同士で映画の上映会やバーベキューなどの交流を行う。
同物件の特徴の一つが「ルール」に関する取り決めがないこと。シェアハウスでは生活上のルールが設けられることが一般的だが、これには影山氏のコミュニティーに対するある思いがある。
影山氏は「これまでのシェアハウスなどのコミュニティー共同体は、共生関係の中でも、どこか不自由な側面があった。例えば、コミュニティーに関わらないという自由が認められない、コミュニティーの中の暗黙のルールに従う必要があるなど」と指摘。
そのうえで「一人一人の自由を互いに尊重し合いながら深く関わることの可能性を追求することが大切なのではないだろうか。こうしたコミュニティー形成をぶんじ寮、さらにはまちとの関わりの中で日々目指している」と締めくくった。
まちと賃貸の相互循環 社会関係資本が育つ関係づくり

シンポジウムの最後には、クロストークが行われ「どのような賃貸をつくれば、まちを変えることができるのか」という問いにそれぞれの知見を基に回答した。
影山氏は「まちのつながりがあることで一つ一つの賃貸事業が面白くなっていくし、賃貸事業が面白いから社会関係資本が育っていくという相互循環があると思っている。賃貸事業について考える機会にこそ、改めて人のつながりや社会関係資本に着目できるといいのでは」と関係づくりについて進言。
一方で大月氏は「これまで新しい価値を付けるのがリノベの意義だと考えられてきた。しかし、ひのさと48とぶんじ寮の例はどちらもプライスを安く抑えることで地域のバリューを上げるという、一見逆説的に見えて本当の意味で社会に必要とされる手法を取っている。こうした考え方が今後さらに開拓されてもいいのではないかと思う」と意見を述べた。
(2026年 1月号掲載)






