<<新連載 貸地と借家 その法律の歩み>>
第1回 もともと民法における賃貸借は、貸主に有利だった
長らく借地の減少が続いてきた日本。1992年に定期借地権、2000年に定期借家権が創設され、土地や建物使用の可能性が広がりました。この連載では、民法上の賃貸借の成立から現行の定期借家権制度に至るまで、その変遷を法律の観点から解説します。
明治時代の賃貸借の考え方
オーナーにとっては身近な概念である「賃貸借」。明治時代に初めて法整備が行われ、保護の対象やその程度を変えながら現代まで続いてきました。まずこの変遷とその背景について説明しましょう。(表1参照)
わが国の民法は、明治時代に日本政府に招かれたフランス人法学者ボアソナードにより、原案がつくられました。この時点で賃借権は、土地を直接支配できる地上権と同じく「物権」とされ、賃借人の保護が図られていました。

しかし、日本人学者により大きな修正が加えられ、1898年に施行された「旧民法」においては、賃借権は「債権」へ変更。存続期間も20年以下という短期間でした。物権である永小作権や地上権の存続期間は、10年以上50年以下なので、20年を超えて存続する強い権利であるのに対し、賃借権はそれらとは違う弱い権利とされていたのです。
つまり、明治時代の立法者は、20年を超えて長期間にわたり他人の土地を利用する際、建物を造る場合には地上権を、田畑を耕す小作をする場合には永小作権を選択し、20年以下の短期の小作をするときは賃借権を選択するものと考えていたことになります。期間が20年以下の賃借権を使って物件を建てることは想定されていなかったのでしょう。
しかし、日清戦争、日露戦争を経験する中で、近代工業化を目指したわが国では、東京や大阪などの大都市に人口が集中し、工場で働く人も非常に多くなりました。それと同時に、長屋などの物件を建てる必要性も増加。物件を建てたい人に土地を貸すときには、多くの地主は、期間が短く勝手に第三者に譲渡したり転貸したりすることができない、自身の経営に有利になる賃借権を選択することになったのです。
強い物権、弱い債権
旧民法で賃貸借が物権ではなく債権とされたため、賃借人は弱い立場に置かれることになりました。
そもそも物権とは「人の物に対する権利」といわれますが、人が物を直接かつ排他的に支配することを内容とするとても強い権利であり、例えば所有権や地上権を指します。(表2参照)

物権の内容は法律で厳格に規定されており、契約などによって自由につくり出すことはできません。また物権は、第三者に対しても権利を主張(対抗)することができます。特に、不動産の場合は権利を第三者に主張するためには、不動産の内容を公示(登記)することが必要となります。したがって、不動産の物権変動については、原則として登記が第三者に権利を主張するための要件(第三者対抗要件)となります。
これに対し、債権とは「人の人に対する権利」といわれています。債権者が債務者に対して、給付を請求できる権利です(給付とは、一定の行為をすること、またはしないことをいいます)。人と人との間で契約することにより、自由に給付の内容を定めることができます。
そして賃貸借においては、賃貸借契約を結ぶことで生じる関係は、債権関係だけとされます。つまり、甲が乙に対し、ある物を一定期間使用・収益させ、乙が甲に対し、その対価である賃料を支払うという甲と乙との間の約束関係しか生じません。
その債権である賃借権を用いて他人(地主)の土地に建物を建てて利用する場合、20年を超えない短い期間で賃借権は消滅してしまうため、建物を取り壊して出て行かなければならない負担が賃借人に生じていました。
さらに問題になったのが、賃貸借の期間中であるのに、地主が土地を第三者に売却してしまった場合です。その第三者が賃借人に対し、所有権に基づく明け渡し請求をしたときは、賃借人は建物を取り壊して土地を明け渡さなければならなくなってしまうのです。これを「売買は賃貸借を破る」といいます。
地主優先から借主保護へ
当時は、地代増額請求権が認められていなかったため、地代の増額を求めたい地主は、ひとまず土地を身近な親戚に売却してしまい、その人から賃借人に対し明け渡しを求め、「それが嫌ならば、地代の増額に応じろ」というような乱用的な請求をする場合もあったものと考えられます。突然の地震で建物が壊れてしまう場合と同じではないかということで、これを「地震売買」と呼んでいました。
このような場合に備えて、不動産の賃借権は債権であるにもかかわらず、物権のように登記もできるとされていました。土地に賃借権の登記をすれば、土地が第三者に売却されても、その第三者に対して権利を主張することができたのです。
しかし、その登記は地主の協力を得て共同申請により行わなければならなかったため、協力をしない地主の下では、賃借人は、第三者対抗要件である登記を行うことができませんでした。 この状況では、土地賃借人が新たな土地所有者から明け渡し請求を受けることになり、その結果、建物の賃借人も建物を退去しなければならなくなってしまったのです。
このことは、土地を借りている人の保護に欠けるばかりか、その人が造った建物に居住している賃借人の保護の欠如にもつながりました。そして、土地や建物の賃借人の保護のために多くの特別法の立法を招くことになったのです。
![]() |
吉田修平法律事務所(東京都中央区)
早稲田大学法学部卒業。第一東京弁護士会所属。定期借家権・終身借家権の立法に関与した。外部活動として、公益社団法人日本不動産学会会長、一般社団法人日本相続学会副会長、早稲田大学エクステンションセンターオープンカレッジ講師などを務める。 |
(2026年11月号掲載)




