連載第84回 残すということ
名物家主の思い出
今でこそ、サラリーマンから家主になって不動産を増やし、その後専業家主として多額の家賃収入を得ている人は珍しくない。だが、60年前に会社員として働きながら賃貸住宅の購入を始めて、約300戸まで増やした人がいた。しかも夫婦二人三脚ですべて自主管理によって賃貸経営をしてきた。その人こそ知る人ぞ知る名古屋の名物家主だったあさよし(名古屋市)の加藤鉦一オーナーだ。
加藤オーナーの賃貸経営のスタートは自宅の一部を改装して賃貸住宅にしたことだった。加藤オーナーは高校生の時に父親を亡くしており、7人きょうだいの長男として働いて一家を支えつつ、賃貸経営にも注力した苦労人だ。家賃収入にはほとんど手をつけず、たまったら新たな不動産の購入資金へ投入していた。
そんな加藤オーナーは入居者をとても大切にする家主だった。
こんなエピソードがある。加藤オーナーが名古屋市内に所有する物件を訪れた時に、近くの高級車販売店の接客に目がいった。販売する車に乗った客が退店する際、スタッフは見えなくなるまで従業員が何度も頭を下げていたという。その姿に加藤オーナーはとても感心したそうだ。「賃貸経営でも5~6年も住んでもらえば高級車1台分くらいのお金を入居者から頂きます。それなのにいまだに『住まわせてやっている』などと思っていたらつぶれて当たり前だと思います」。そのエピソードを加藤オーナーが語気を強めて話していた姿は印象に残っている。
工事履歴を残す
一方で、きちんと経営者として毎年予算を立て、効率経営を考える人でもあった。全物件が自主管理なのだが、入居者からのクレーム内容やリフォーム工事、原状回復、さらに電球一つでもいつ交換したのかをすべて記録してファイリングし、履歴を残してきたのだ。
「多く物件を所有していても、いつ何の工事をしたのかをきちんと把握していれば、故障する前に交換することができます。エアコンや給湯器などは10年たつと交換することで、クレームも減りました」と話していた。
コストの問題で故障前の設備交換をするのは難しいかもしれない。加藤オーナーは、物件数のスケールメリットを生かして、一度に工事を行い工事費を削減することができた。また、不動産を買い続けたからこそ減価償却費も計上できたことは大きい。さらにこうした故障前に交換するサービスによって、入居者はストレスが少なく快適な生活が送れるのだ。
加藤オーナーは2020年に亡くなり、家族に不動産は引き継がれた。訃報を聞いたときに思ったのは、これまで親の世代が各不動産をどのように手塩にかけて管理してきたのかの歴史も含めて承継することが重要であるということだ。そういう意味で、加藤オーナーが残した工事やクレームを記録したファイルは次の子ども世代にとって不動産とセットで大きな財産になるだろう。
Profile:永井ゆかり
東京都生まれ。日本女子大学卒業後、「亀岡大郎取材班グループ」に入社。リフォーム業界向け新聞、ベンチャー企業向け雑誌などの記者を経て、2003年1月「週刊全国賃貸住宅新聞」の編集デスク就任。翌年取締役に就任。現在「地主と家主」編集長。著書に「生涯現役で稼ぐ!サラリーマン家主入門」(プレジデント社)がある。
(2024年9月号掲載)
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永井ゆかりの刮目相待:8月号掲載
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