観光需要がない地に高級ホテル ー温故知新

土地活用その他建物

<<不動産×宿泊事業の可能性>>

観光需要がない地に高級ホテル
「一生に一度は行きたい」が 高単価・長期滞在を実現

ホテルの企画、再生、運営を行う温故知新の松山知樹社長は、ホテル事業に魅せられ、合理的な経営で業績を伸ばしてきた。現在運営する15施設は、絶景や文化体験を武器に、ラグジュアリーな旅の目的地として各エリアで存在感を放っている。これからのホテル事業は、ITやAIが発展しても代替し得ない体験価値が鍵になる。松山社長にその事業戦略を聞いた。

▲インフィニティプールから望むサンセットはまさに絶景

温故知新(東京都新宿区)
松山知樹社長

地域ナンバーワンの高級宿 旅の目的地として宿泊体験提供

 小規模で高付加価値な宿をブランディングする温故知新。新築・築古にこだわらず、高付加価値な地方再生案件を手がけている。現在運営しているのは15施設で、2025年の売り上げは約33億8000万円だ。創業15年目にして、新しい宿泊体験の創出や、既存ホテル再生の分野で存在感を増している。

 松山社長は「世の中がどんなにITやAIに置き換わっていっても、決してなくならないのが宿泊需要です。古代メソポタミア時代や古代ローマ時代にすでに宿屋が存在していたように、太古から人は旅をし続けてきました。旅をしたくなるのは人間の本能です。旅の体験はインターネットでは実現できないので、今後もホテル事業は残り続けます」と断言する。

 そんな同社のホテル展開の方針は、一般的なホテル事業のそれとは異なるものだ。何といっても立地。「こんなところに高級ホテルが!?」と驚かれるような場所が多い。

 愛媛県松山市や北海道小樽市、静岡県東伊豆町などの地方都市のほか、長崎・壱岐島、五島といった離島まで含まれている。

 いわゆる“わざわざ行かないといけない場所”に出店するのは、その地域のナンバーワンになる戦略を取っているからだ。競合がなければ、その地域の代表になるためのハードルは低い。たとえ強い観光要素がなくとも、地域の魅力を掘り起こしてホテルでの体験と結び付ければ「旅の滞在先」ではなく「目的地」として人が集まる場所になることができるのだという。

リトリート・クラフト・ゲートウェイ 3シリーズで高付加価値を実現

 同社は特徴別に3つのシリーズを展開している。

 1つ目は「絶景に包まれて日常を忘れ、心と体を癒やす」がコンセプトとなっている「リトリート」シリーズだ。非日常感をテーマにしたホテルで、一番大切な要素は景色だという。例えば「瀬戸内リトリート青凪」では、客室の大きな窓から瀬戸内海の青を存分に感じることができる。ホテル周辺の緑と調和した景色に身を委ねて、非日常の時間を過ごせるのが自慢だ。

▲全室スイートの瀬戸内リトリート青凪は建築家・安藤忠雄氏が手がけた

 2つ目は「クラフト」。その地の職人技に焦点を当てたシリーズだ。ものづくり、お酒造り、建築家など、土地の文化的な厚みが魅力で、作る・味わう・学ぶなどの体験が可能だ。例えば、競輪スタジアム一体型の「KEIRIN HOTEL 10」では体験型のアクティビティーが豊富。元競輪選手による、競輪の楽しみ方を一から学べるビギナー講座のほか、近隣の海辺での底引き網体験やホテル内での備前焼作りなど、多彩なオプションメニューがそろっている。

 最後は「ゲートウェイ」シリーズ。旅の拠点地として、その地域とのつながりをより身近に感じる場所を想定したものだ。宮崎県日南市の「ホテルシーズン日南」は、JR日南線油津駅から近い立地と快適な客室環境で、観光からビジネスまで幅広いニーズに対応している。立地の良さだけでなく、オーシャンビューの穏やかな海の景色や、宮崎の郷土料理を中心とした食事も自慢だ。

 「シリーズを3つに分けていますが、実際は1つの宿で非日常、クラフト、ゲートウェイの要素を可能な限り引き出しています。どれを強く打ち出すかでシリーズを分けています」(松山社長)

 こういった個性により、同社のホテルは、たとえへき地にあっても土地本来の魅力と合わせ「一生に一度は行きたい」場所となっている。その結果、高価格設定でも高稼働を維持し、また旅の目的地としてホテルを堪能する顧客が多く、長期滞在を実現した。「温故知新ブランドのファンになってくれた顧客は、新しくオープンしたホテルには必ず興味を持っていただけますし、リピート率も高いのです」(松山社長)

▲日本初の泊まれる競輪場。「玉野競輪場」に併設されたスタジアム一体型ホテル

出店エリアは慎重に吟味 MCで報酬アップの可能性あり

 同社には多いときで週あたり2件ほどの案件が持ち込まれるが、そのうち出店につながるのは年間で数件にとどまる。出店の判断や収益予測については、シビアに判断しているためだ。

 まず、出店エリア。前述したように、その地でナンバーワンになれることが原則だ。

 次に、景色やアクセス、地域的な特徴や歴史的蓄積などを調べる。それに加えて土地の大きさや諸条件も考慮する。

 「都市部であれば1000㎡の土地でも検討する余地がありますが、郊外では少し狭いといえるでしょう。ケース・バイ・ケースで慎重に吟味しています」(松山社長)

 次に、収益性の確保。同社では、物件を取得するのは例外的な場合で、基本的な運営はMC(マネジメントコントラクト)方式が中心となっている。建物に投資するのも売り上げのリターンを得るのもオーナーで、同社は成功報酬を受け取る形だ。ホテル従業員は全員同社の所属で、MC先に出向する形で人材を配置している。ホテル運営がうまくいけばオーナーの売り上げが伸び、同社の成功報酬も多くなる仕組みである。

良物件では表面利回り7~8% リノベ案件では10%も

 ホテル案件を進める際に見る数字は、取得費用、改装費用の総額に対し、出来上がりの収益力を見立てて表面利回りを算出したものとなる。「オーナーの収益で見て、表面利回りで7〜8%ならいい物件という感覚です。都市部は5%でも検討します。リノベーション案件で10%に達することもあります」(松山社長)

 利回りの計算にあたり、客室単価は低く見積もっている。同社のホテルの客室料金の平均的な指標は「1㎡あたり1000円」。例えば、部屋の広さが40㎡なら客室単価は4万円と仮定できる。2食付きの相場から逆算しつつ現実的な数字で計算するため、東京は1㎡あたり2000円、地域や物件によっては3000〜4000円のところもある。
年間の稼働率は6割程度で想定しているという。

サービスの質と収益性のバランス 理想は15~20室

 建築価格の上昇は、もちろんホテル開発にも波及している。1棟のホテルを手がけるには25室規模で投資総額50億円以上となる。リノベ案件の場合は新築よりも費用を抑えられるものの、決して低い金額ではない。そのため、同社でホテル運営を行うのは事業会社オーナーが多い。

 新築の場合、室数は15~20室が最もサービスの質と収益性のバランスが取れるという。5~7室規模は固定費の回収が難しく、採算が合いにくい。最低でも約15室が成立ラインで、超高級であれば10室台でも成立し得る。一方、100室規模となるとサービスの質が低下してしまう。

 松山社長は「従業員が当日の宿泊者の顔と名前を一致させられる規模感であれば、サービスはきめ細かくなります。『スモール・ラグジュアリー』という点で、15室程度が望ましいと考えています」と話す。

 「大きな投資を伴うからこそ、オーナーの思いを尊重しつつ、地元資源の活用による『旅の目的地』を創出しなければならないと考えます。当社の特徴は、宿ごとにカスタマイズして、1つ1つ異なる魅力を持たせていることなのです」(松山社長)

ホテル周辺エリアも活性化へ 従業員数1000人超が目標

 今後は、年間5件程度のペースでホテルを増やす計画だ。「礼文島と利尻島をつなぐ周遊滞在をはじめ、ホテル周辺のレストランや古民家など、地域資源を活用した運営を通じて、エリア全体の価値向上につながる取り組みも進めてまいります」(松山社長)

 2030年に施設数は現在の3倍弱となる40軒、売り上げは6倍の187億7000万円を目標としている。賃貸借とMCで売り上げへの考え方が異なることもあり、同社では従業員数をKPIと考え、26年の約400人から30年には1000人以上に伸ばしていく考えだ。

 「運営形態によらず、ホテル従業員は皆、当社の社員です。配置転換や人材交流を通じて、サービスの質も上げていけるのが当社の強み。事業規模の拡大とともに、これまで大切にしてきた理念や品質も変わらず守り続けていきたいと考えています」(松山社長)

 

圧巻のオーシャンビュー

同社の運営施設の中から具体例を2つ紹介する。

北海道・礼文島

礼文島にある「礼文観光ホテル 咲涼」。最北の離島に高山植物が咲き誇る景色は圧巻。唯一無二のリトリート体験を提供している。近距離にある利尻島に取得した「アイランド イン リシリ」との周遊価値を向上させることで、「旅の目的地」という同社の理念を体現している場所となっている。

静岡・熱川

全室、源泉露天風呂付きオーシャンビューで心身が癒やせる「伊豆リトリート熱川粋光」。伊豆急行伊豆熱川駅近くの「伊豆・熱川温泉 粋光」を同社がリノベして再生した。昭和ノスタルジーを前面に押し出す。例えば、元大浴場を全面改装し、洗い場や露天風呂の名残をとどめる「元大浴場スイート」では、新築では難しい大胆な再生により体験価値を生んでいる。


(2026年9月号掲載)

一覧に戻る

購読料金プランについて

アクセスランキング

≫ 一覧はこちら