最終回:遺言能力鑑定が決め手となった実例②
遺言能力鑑定で公正証書遺言が覆る
よく利用される遺言に①公正証書遺言②自筆証書遺言があります。公正証書遺言は、遺言者と証人2人が公証役場へ行き、公証人が遺言内容を記載します。手続きがやや煩雑で費用はかかりますが、信用度の高さがメリットです。
自筆証書遺言は費用がかからず、遺言内容を秘密にできるため、周囲に気兼ねなく作成できます。しかし、遺言者の意思が本当に反映されているのかがわからないため、相続争いの原因になりやすいです。
私たちが受任する遺言能力鑑定事案でも、自筆証書遺言で争いになっているケースが圧倒的に多いです。「終活」で遺言を作成する際には、どの種類の遺言を選択するのかを吟味する必要があるでしょう。
一方、公正証書遺言だからといって、必ずしも相続争いに発展しないわけではありません。信頼性の高い公正証書遺言といえども、実際には遺言能力のない事案も散見されるからです。
公正証書遺言があっても 鑑定書により無効と判断
●被相続人:故田中氏(仮名)
●依頼者:故田中氏の長女A
●相手方:故田中氏の長男B
(Aの実弟)
法定相続人はAとBの2人で、故田中氏は2019年に公正証書遺言書を作成しました。この時点で、故田中氏はアルツハイマー型認知症を発症しており、神経内科で治療中でした。
長女Aは、故田中氏の遺言の有効性について疑念を抱き、訴訟を提起しました。一審は敗訴して控訴審係属中に、当社に遺言能力鑑定の依頼がありました。
画像検査では、頭部CTで著明な脳の萎縮を認めました。脳血流シンチグラフィーでは、左頭頂葉と両側後部帯状回に脳血流低下を認めました。アルツハイマー型認知症に特徴的な画像所見です。
これらの画像所見や診療記録から、故田中氏は遺言締結時には十分な遺言能力を有していたとはいえないという遺言能力鑑定書を作成しました。
鑑定結果が決め手となって、故田中氏の遺言は無効と判断されました。公正証書遺言といえども、必ずしも被相続人が遺言能力を有している証拠にはならないという一例です。
これまで計7回の連載を担当しましたが、今回で最終回となります。不動産オーナーにとっても、認知症は人ごとではありません。相続トラブルでお困りの際には遺言能力鑑定を検討してください。
▲アルツハイマー型認知症患者の頭部CT画像。著明な脳の萎縮を認める
解説
メディカルコンサルティング(京都市)
濱口裕之代表医師兼CEO
[プロフィール]
1996年京都府立医科大学卒業。医師が代表を務める法律事務所向け医療顧問業としては業界最大手のメディカルコンサルティングにおいて、140人の各科専門医と年間1000例の事案に取り組んでいる。「日経メディカル」で「濱口裕之の『治療だけで終わらせない交通事故診療』」を連載中。相続関係では、資産家向けに遺言能力鑑定を提供している。
(2024年9月号掲載) 関連記事↓ 【連載】認知症は怖くない!? 資産を守るためのキホン:8月号
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