建築基準関係規定か否かが鍵
細かな規定が多い市町村条例
それでは、冒頭で述べたように、条例に従った結果、家主側が不利益を被っている要因は何か。
向井所長は「建築基準関係規定なのかどうかがポイントです」と指摘する。
建築基準法では「地方公共団体の条例による制限の附加」が規定されている(第40条)。その内容は「その地方の気候もしくは風土の特殊性または特殊建築物の用途もしくは規模により、建築基準法の規定のみによっては建築物の安全、防火または衛生の目的を十分に達し難いと認める場合においては、条例で、建築物の敷地、構造または建築設備に関して必要な制限を附加することができる」というもの。
つまり「制限を付加しないと安全が確保できない」という条件の範囲で地方公共団体は条例を制定することができる。都道府県はそれに沿って条例を定めている。つまり、安全を確保するための最低の基準は、都道府県の条例ですでに定められているのだ。これらは建築基準法に基づいて制定されているため、建築基準関係規定となる。
一方、市町村が制定する建築に関する条例の大半は、安全確保のために都道府県が定めた条例の範囲を超えて、細かな規定が付け足されているのが実情なのだという。
例えば、マンションの戸数の2割にあたる数の駐車場を設置するよう定めたり、「敷地面積の〇〇%を緑化するように」とするものもある。中には「町会長の承諾をもらってくること」といったものまであるのだとか。これらは、建築基準関係規定にはあたらない。
市町村側も、より良い環境を求めて条例を制定するのだろうが、必ずしもニーズにマッチしていないものがあるようだ。
向井所長は「市町村の条例で特に家主たちが苦労しているのは、駐車場附置義務や緑化義務、ごみ置き場の形状に関するものです」としたうえで、次のように語る。
「市町村条例の駐車場附置義務は、駐車場法違反です。駐車場法では、都市部と郊外でそれぞれ、地方自治体が条例で制限を付加していい地域と建物の規模を決めています。都道府県にはそれを守って制定された条例があります。市町村は、その範囲を超えて、より小さな建物に規制をかけています」。続けて、「『緑化義務があるので緑地を設けたが日当たりが悪くて樹木が枯れた』といった家主の声も聞きますが、緑化義務も建築基準関係規定ではありません。ごみ置き場に関しては、ごみの減量など国民が地方自治体に協力する義務はありますが、形状を条例で規定していいという法律は存在しません」とする。
向井所長は沖縄県内で診療所を設計したが、現地の役所との交渉は今でも印象に残っているという。「個別の条例はあるのですが、建築主側の言い分も理解しようという姿勢が見られ、親身に対応してくれました」(向井所長)
手引きを読むだけは誤解生む
実は、市町村の条例の多くは、冒頭に「建築主はこの条例を守ることを努めること」との旨が記されており、後半部分に細かな規定が盛り込まれている。建築主に対して実際には義務を課しておらず努力義務となっているのだが、自治体は条文後半に書かれている細かな規定を「手引き」として公開していることが多い。このため、役所とやりとりをする設計者が冒頭の文章を含めた条文を読まずに手引きだけを読み、本来は努力義務で済むはずの条例を義務だと誤解して設計するということが起こってしまうのだ。
向井所長によれば、市町村の条例のほとんどが義務ではないことに気付いていない設計者も多いという。「その結果、造らなくてもいい台数分の駐車場を造り、需要にも見合わずに無駄に終わるという例が生まれてしまうのです」(向井所長)
義務か協力要請かを確認
駐車台数抑えて住戸を確保
半面、向井所長は役所との交渉でこういった事態が起こらないようにしてきた。やりとりの例を次のように語る。
「『この条例は建築基準関係規定か』と役所の職員に確認すると『違います』という答えが返ってきます。また『この条例で定める内容は義務か、もしくは協力要請か』と尋ねて『協力要請です』との回答を得ます。これらを確認したうえで、建築基準関係規定ではない市町村条例には従わずに、建築確認を済ませて着工に移ります。条例に縛られて収益最大化の機会を損なうこともなく、結果的に物件の収益性を上げることに成功しています」
実際に、向井所長が設計に携わった某市の10階建てマンションで、現地の役所と条例について交渉して得られた成果を上の表に示した。
駐車場や自転車駐輪場については、市の条例による設置義務(努力規定)に従うことなく、需要に見合った数に抑えたことで、1階に住戸3戸を確保することができた。向井所長は「20近い部署を回って地道に交渉しました」と振り返る。水道については、根拠がなかった浄水場負担金の求めについて交渉した結果、大幅減額に成功し、全体の経費削減にもつながっている。同物件は現在、当初の想定より高い約6・7%の表面利回りを実現できているという。
義務以外は拒否をする
前述のとおり、実際に役所とやりとりするのは建築主本人ではなくて設計者の場合がほとんどだ。では、建築主となる家主は、義務ではない市町村の条例によって物件の収益最大化の機会を損なわないようにするにはどうすればいいのか。
向井所長は「まずは設計者に、建築基準関係規定について確認してもらいましょう。そのうえで、条例の内容のうち、建築基準関係規定ではないもの、つまり法律で定められた義務以外のものを役所が求めてきた場合は拒否するように設計者に依頼します。設計者は家主の意向をそのまま役所の担当者に通告すればいいのです」と語る。また役所との交渉に家主が設計者と共に臨むことも勧める。
家主としては、市町村条例の努力義務をしっかり見抜く設計者を見つけることから始めてはどうか。
(2025年 2月号掲載)
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