日本における賃貸住宅の ウェルビーイング実現に向けて
一般財団法人住宅改良開発公社(東京都千代田区:稗田昭人理事長)は、2024年10月22日に「あしたの賃貸プロジェクト第5回シンポジウム
英国のソーシャル・エンタープライズに学ぶ『ウェルビーイング(その人なりの幸せな暮らし)』をはぐくむ賃貸住宅」を開催した。後半ではパネルディスカッションを行った。6人の登壇者が、ソーシャル・エンタープライズとウェルビーイングに関する参加者からの疑問に答えた。
利益と社会貢献の両立が求められる
司会・進行は、住宅改良開発公社住まい・まち研究所の松本眞理所長が行った。松本眞理氏はまず、ウェルビーイングについて質問。ドット・ドット・ドット・プロパティーのキャサリン・ヒバート氏は、日本の賃貸住宅におけるウェルビーイングへの取り組みに対する印象について、難しい再生事例でも「とにかくやってみる」という日本の前向きな姿勢を評価した。
それに対して海外での設計経験が豊富なウルシバラアーキテクチャアンドコンサルタンシーの漆原弘氏は、イギリスのウェルビーイングへの取り組みについて、「住宅=人権問題」と捉えられつつあり、闊達かったつな議論が重要であることを示した。ILSリサーチゲーゲーエムベーハーの大塚紀子氏はドイツにおける住宅への価値観について、イギリスと同様、人権意識に関わると認識されており、住宅だけではなく周囲の環境も重要視されていることについて触れた。
特に白熱したのは、「空き室活用のキャッシュポイント」に関する議題だ。大塚氏は、前半の講義で取り上げた「一般住宅」と「高級住宅」の2本柱で展開しているホームス・フォー・グッド社を例に出し、空き家の活用で稼げる事業が何かを考えて、その収益で社会貢献事業の売上を補填ほてんするという方向に持っていくことが大切だと指摘した。
対してリノベーターの松本知之氏は、同社で行っている手法を解説。買い取った空き家に看板を立てて、会社の広告塔として活用するという宣伝手法を例に挙げ、既存の枠組みにとらわれない空き家の新しい活用方法を紹介した。
エンジョイワークスの福田和則氏は、同社が賃貸物件の改修費用300万円をファンドで支援した事例を解説。アートを描きたい人たちの交流の場をつくり上げた結果、チームビルディングに役立つと企業が興味を持ったことで、徐々に収益化につながったと述べた。
社会的取り組みが物件の価値向上に
続いては「利益を上げることが難しいソーシャル・エンタープライズが数年間連続して赤字となった場合、銀行や政府はどのような評価や支援を行うべきか」という問いについて。
ヒバート氏は「ソーシャル・エンタープライズはあくまで企業であるため、長期的に収益を上げていかなければならない。そのため、銀行や金融機関などの資金の出し手の理解が重要である半面、存在する意義のあるソーシャル・エンタープライズを目指すならば、持続可能な形でビジネスを続けていくことを前提に考えるべきだ」と回答。ソーシャル・エンタープライズにはビジネスとしての継続性が不可欠である点を強調した。
また既存の不動産価値の算定に関する質問について、東京大学大学院教授の大月敏雄氏は、アメリカの戦前に建てられた物件が付加価値により高値で取引されていることを指摘。築年数の経過とともに相場が下がる日本の不動産評価に対して疑問を提起した。
それに対して大塚氏は、自身が研究しているドイツの不動産事情を解説。解体に伴う環境破壊の抑制への進言と、改修前後の変化の大きさ次第で投資家の興味を引くことができる旨を提示した。
広い文脈で考えるウェルビーイング
続いて、少子高齢化が進む日本において、運動機能・認知機能の衰えへの配慮が求められる中での設計上の変化や工夫に関する質問。建築家である大月氏と漆原氏が回答した。大月氏は東北で開発されたサービス付き高齢者向け住宅(サ高住)を例に、居心地の良い南側にあえて廊下を設計した利点を解説。「日当たり良好な廊下に椅子などを設置したことで、居住者が自然と集まるような交流の場づくりに成功した」と話した。
一方で漆原氏は、道の段差をなくしたり、信号やサインを大きく見やすくしたりするなど、地域全体での意識づくりの大切さについて言及した。
最後に賃貸住宅でウェルビーイングを育むために必要な視点について、おのおのが意見を述べた。漆原氏は「住宅のデザインは建物の外観だけではない。社会的なことや都市計画などの広い文脈の中で賃貸住宅を考えていく、捉えていくことが、これからウェルビーイングを向上させる住環境を達成するうえでは大切」と指摘した。
松本知之氏は「今の賃貸市場において、お金があっても家を借りることができない人、不動産会社で物件を紹介してもらえない人が実はかなりいる。誰も拒まれることのない賃貸市場をつくっていくことをミッションに、全社を挙げてまい進していきたい」と意気込んだ。
福田氏は「居住者は当然のことながら企業や自治体、金融機関など関係者全員のウェルビーイングの達成も大切。当社もこれを念頭に、場づくりや住まいづくりを続けていきたい」と結んだ。
大月氏は「日本社会は『得か損か』ということに敏感。『結果がわかっている』と悟って動かない社会を突き動かすことこそが重要になる。その原動力となるのが個人の幸福の追求。仕事をしていて楽しいと思えたり、自分の仕事で誰かが幸せになるのをうれしいと思えたり、一人一人のウェルビーイングをどう考えるかが出発点であると思う」と結んだ。
(2025年 2月号掲載)
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