TONEGAWA(東京都文京区)
父から受け継いだ「先義後利」の思い 住民の喜びが事業の成長につながる
TONEGAWA(トネガワ:東京都文京区)は、創業78年を迎える地域密着型の老舗印刷会社だ。不動産を管理する資産管理会社の利根川商事(同)としても代表取締役を務める利根川英二社長は、地域の魅力を再発見する地域活性化運動も行っている。先代から受け継ぐ哲学を通して、住民に喜ばれるまちづくりにまい進する利根川社長に話を聞いた。
TONEGAWA(東京都文京区)
利根川英二社長(65)

[プロフィール] 1959年、東京都文京区湯島生まれ。2010年、利根川印刷(現TONEGAWA)の社長に就任。本業のほか、08年には「湯島本郷マーチング委員会」を創設。湯島・本郷に根差した情報サービスを行いながら地域の住民・商店・企業の活性化促進を支援する。
- ▲本社ビル建て替えに伴い企画されたイベント「みんなでビルにお絵描きしよう!」
- ▲子どもたちが自由にお絵描き
JR中央線御茶ノ水駅から徒歩6分ほどの場所にあった築52年のビルで2019年、一風変わった地域イベントが開催された。
「みんなでビルにお絵描きしよう!」と銘打って行われたこのイベントは、1947年から同地で印刷事業を営むTONEGAWAの本社ビルの建て替えに伴って企画されたもの。「過去に、大手出版社が建て替える社屋の建物に漫画家たちを招いてイラストを描いてもらうイベントを行っていました。それにヒントを得たのです」と話す利根川社長。子どもがなめても安全な塗料を用意し、窓や床に自由にお絵描きをして楽しんでもらった。
「当日は、たくさんの家族連れが参加してくれました。ビルの入り口に、ベビーカーが10台以上並ぶなんて光景は普段見られないものでしたね」と利根川社長は当時を振り返る。
このように、解体前の本社ビルを使っての地域イベントが盛り上がったのは、なんといっても湯島の地でのTONEGAWAのネームバリューのおかげだと考える利根川社長。湯島の地で最も名の知られた印刷会社である同社は、2025年で創業78年目になる地域密着型の会社だ。
TONEGAWAと利根川商事の売り上げは合わせて5億5200万円強。印刷やメディア制作事業のTONEGAWAとして4億2000万円、利根川商事としてはビル2棟とマンション1棟の売り上げが1億3200万円に上る。
人のためを第一に考えた結果 手元に集まってきた不動産
創業者であり、利根川社長の父である利根川政次氏は、高等小学校卒業後、東京の神田にあった小さな印刷会社へでっち奉公にあがった。
その後、太平洋戦争の激化とともに戦地へと駆り出されることになった。辛くも生き延びることができた政次氏は、終戦後、かつて奉公先があった神田に舞い戻った。だが目の前に広がるのは一面の焼け野原。惨状を前に「自分は世の中に生かされたのだ。ならば、その恩返しをしていきたい」という思いを強く持った。そこで、印刷会社として独立することを決意。1947年に明興社利根川印刷所を創業した。

▲創業者で利根川社長の父、政次氏の銅像
地道に取引先を増やし、少しずつ手元に現金を確保できるようになってきたタイミングに合わせたかのように、文京区湯島に土地があると紹介を受けた。そこで、工場と本社を湯島に移転、事業を拡大していった。高度成長期には、活版印刷からオフセット印刷を取り入れるべく、当時としては最先端の印刷機械をそろえた明興社利根川印刷所は、取引先を拡大し、名実ともに地元の有名企業になっていった。
政次氏は81年に文京区の区議会議員選挙に出馬。印刷事業を続けながら5期を務めたという。同時に、町内会長を45年務めた。
かくも地域住民の間で人望が厚かった政次氏は、常日頃から「先義後利」という言葉を口にしていたという。最初に大切にすべきは人のつながり。そのつながりがあって後から利益がついてくるという思想で、江戸時代に石田梅岩が提唱したのだという。
「実は、当社が所有する土地は父が進んで購入したものは一つもありません。先義後利の思いで地域を良くしたいと考えていた父の元に、『何とかしてもらえないか』と相談が来て、入手していったのです」(利根川社長)
テナントビルと賃貸住宅経営 地の利を生かして高家賃
現在、利根川社長が管理・経営する物件の一つは、本社ビルに使用している「第3利根川ビル」だ。築52年の旧耐震基準の建物ではあるが、2019年に同ビルに本社機能を移す際に耐震診断を依頼。筋交いを入れ、正面のサッシをすべて入れ替えることで耐震機能を高めた。6階部分には動画制作スタジオを完備しており、外部へのレンタルも行っている。
- ▲第2利根川ビルに入る貸し会議室
- ▲第3利根川ビルには動画制作スタジオを完備
そして「第2利根川ビル」は地上7階地下1階建てのテナントビル。1階から4階までは財団法人日本私立学校振興・共済事業団(東京都千代田区)が契約している。再開発が進むJR御茶ノ水駅の工事事務所が入るほか、5階部分は貸し会議室としてセミナー向けに一般貸し出しをしている。
所有物件の中では唯一の賃貸住宅である「Hügel Hongo(ヒューゲルホンゴウ)」は、前述のお絵描きイベントが行われた後、20年に竣工したマンションだ。10階建てで全27戸。間取りは1DKから1LDKで、専有部分は35・44〜44・88㎡と、単身者のみならずDINKsまでが入居することができる。家賃が16万5000円から18万円という高めの設定なのは、周辺に大学、特に医学部が多くあることも理由だ。
オートロックはもちろんのこと、テレビモニター付きインターホンや宅配ボックスなど、防犯面も充実させた。初めて東京で1人暮らしをする新大学生の親も安心して送り出せるマンションだといえるだろう。
- ▲賃貸住宅Hügel Hongo
- ▲TONEGAWAの本社ビル
地域の魅力を再発見し発信 不動産事業にも好影響
利根川社長には、三つの顔がある。一つ目は印刷・メディア制作会社の社長としての顔。二つ目は賃貸経営者の顔。そして三つ目が、まち並みを描いたイラストを軸にした地域活性化活動を行う一般社団法人マーチング委員会の理事・塾長の顔だ。
マーチングとは「まち+ing(イング)」の造語で、「自分たちの住むまちの魅力を、イラストを通して発信していく」活動だ。利根川社長の幼なじみでイラストレーターの上野啓太氏と共に始めた「湯島本郷マーチング委員会」プロジェクトが発端となっている。

▲湯島・本郷のまち並みを描いたイラストをHügel Hongo建設時の仮囲いに掲示

▲湯島天神で開催されたまちおこしイベント
湯島・本郷でイラストに描く風景を探している中で「やっぱり自分はこのまちが好きなのだ」と再確認することができたという。利根川社長によると、この「地域の魅力再発見」がまちづくりには欠かせないのだという。
「住んでいる人自身がまちを好きでなければ、その魅力を知っていなければ、地域創生などすることはできません」(利根川社長)
- ▲利根川社長(右)と、幼なじみでイラストレーターの上野氏
- ▲上野氏が描いた湯島・本郷のまち並みイラスト
歴史のある湯島・本郷エリアだが、教育水準の高い地域としても知られており、近年は外国人を含め新たな層が流入しているという。人の流れができるのはメリットがある一方で、その地域ならではの魅力が見えにくくなるデメリットもある。そこで、湯島本郷マーチング委員会の活動を通して、地域に根付いた老舗企業やレストランを紹介し、新たに参入してきた住民だけでなく、長くこの地に住む人々にも地域の魅力を知ってもらい味わってもらうことができるのだ。
いわばそのエリアのファンを増やすことは、巡り巡ってその地域での商売、そして不動産経営にも良い影響を与えることになるだろう。事業、そして不動産を引き継ぐ老舗企業の社長にとって「地元愛」が一つの重要なキーワードになる時代なのかもしれない。
社 名 TONEGAWA
創 業 1947年
代表者 利根川英二
事業内容 印刷、デザイン、映像・WEB・フリーペーパー制作、動画スタジオ・貸し会議室レンタル、イラストでまちおこし
1947年
利根川政次氏が現在の本社地に明興社利根川印刷所を開業
1952年
株式会社化し社名を利根川印刷に変更。政次氏が社長就任
1967年
新社屋「利根川第1ビル」竣工
1973年
資産管理会社利根川商事を設立。「利根川第2ビル」「利根川第3ビル」竣工
2010年
利根川英二氏が社長就任
2011年
社名をTONEGAWAへ変更
2013年
利根川第2ビルに貸し会議室「お茶の水エデュケーションセンター」を新設
2014年
利根川第3ビルに動画スタジオ「t-studio」をオープン
2019年
利根川第1ビルを解体。本社を利根川第3ビルに移転
2020年
利根川第1ビル跡地に賃貸物件「Hügel Hongo」竣工
(2025年 3月号掲載)
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