外国人や単身高齢者、シングルマザーといった人々は、いまだに賃貸物件の入居を拒否されるケースが多い。住宅確保要配慮者と呼ばれるこうした人々の受け入れは「慈善活動」として見られる向きもあった。だが、彼らの受け皿となることが安定的な賃貸経営につながり、さらには持続可能な社会貢献ともなるのだ。
築古物件の再生と外国人受け入れ
利回りを高めながらセーフティネット化
岡野傑オーナー(51)(三重県四日市市)

三重県北部に位置する四日市市は、四日市コンビナートに代表される日本有数の臨海工業都市だ。主要駅の近畿日本鉄道近鉄四日市駅やJR関西本線四日市駅からは名古屋まで40分程度で行ける利便性の高いエリアでもある。
2010年に賃貸経営を開始した岡野傑オーナー(三重県四日市市)は、四日市市を中心として三重県内に戸建て11戸、アパート16棟252戸、倉庫1棟を所有している。入居率は96・5%と高い水準をキープ。所有する物件の2割ほどで、外国人や単身高齢者といった、いわゆる住宅確保要配慮者の受け入れを行っている。
岡野オーナーは、物件の築年数や構造、地域性を踏まえながら所有物件のポートフォリオを作成。住宅確保要配慮者を積極的に受け入れる物件と周辺の家賃相場を狙える物件といったように、物件ごとにそれぞれの役割を割り振る。例えば、2LDKのRC造ファミリー向け物件であれば、7万円程度で貸し出すが、築古木造1Rであれば2万1000円と低廉な家賃帯で貸し出す。
後者のような物件に関しては、基本的にはどのような人でも入居を断らない。入居者の「30%が外国人という物件もありますね」と岡野オーナーは話す。前述のとおり、工業都市で多くの工場を有する三重県は、人口に占める在住外国人の割合が全国で4番目に多い県。その多くは非正規雇用で収入が不安定だが、岡野オーナーの物件はそうした一般的に入居を断られやすい人々の受け皿となっている。
「地場の仲介会社も私が断らないのを知っています。所有物件の家賃帯もわかっている。そのため、すぐに私のところに入居者を紹介してくれるわけです」と岡野オーナーは説明する。

▲RC造であれば相場家賃で貸し出す
空室が発生しても、すぐに入居希望者の紹介がある。高い入居率をキープすることで、賃貸収入が安定し、結果として決算書の内容が良くなる。その決算書を見た銀行から新たな融資を受ける。融資を受けることで、新たな物件を購入することができる。このフローにより、岡野オーナーは物件数を拡大してきた。一方で、住宅確保要配慮者を受け入れることが社会貢献にもなっている。
これを岡野オーナーは「社会問題を解決することで収益を求める、いわゆるCSVを賃貸経営で実現する」ことだと説明する。CSVとは、「Creating Shared Value(クリエーティング・シェアード・バリュー)」の略語で、日本語では「共有価値の創造」と訳される。
アメリカのハーバード大学のマイケル・ポーター教授によって提唱されたこの考え方は「企業が社会問題や課題を解決し社会的な価値を創造することで、結果としてその企業の経済的な価値も上がっていく」という考え方だ。

▲木造の築古物件は格安で貸し出す
築古物件を格安購入 価値を上げても家賃は上げず
岡野オーナーは、賃貸経営を始める前は自動車部品メーカーに勤める会社員だった。45歳になるまでに会社員を卒業すると目標にしていた。ある時ファイナンシャルプランナーの勉強会で国有地購入の話を聞き、三重県伊勢市の国有地1300坪の入札に参加した。元自衛隊の官舎として使われていた戸建てが11戸立つ土地で、立地は海岸のすぐそば。東日本大震災の直後だったため、海に近い物件に手を上げる購入者は現れなかった。そこで岡野オーナーが最低価格に1万円プラスした841万円で落札。購入後は、DIYもしながら800万円ほどかけてリフォームした。4万~4万8000円の家賃で募集したところ、すぐに満室になった。年間家賃収入はおよそ600万円。これならば投資した金額は3年程度で回収することができると考えた。
それまでも株式投資を行ってきたが、会社員を卒業するという目標のためには賃貸経営が合っていると確信。そこで、2件目も手元の資金で現金購入。そして12年、1棟20戸の物件を購入するため、初めて銀行から2200万円の融資を受けた。
それ以降、利回り重視で築古かつ入居率の低い物件を購入していった。古い物件は、当然ながら温水洗浄便座の取り付けなどの設備投資やリフォームが発生する。だが、それを物件の付加価値と考えて家賃アップを狙うことはしない。
「設備を追加したから、入居者がそこに価値を見いだしてくれるとは限らない。それであれば、周辺相場あるいは少し低い家賃帯で貸し出すほうが入居につながるでしょう」(岡野オーナー)
リフォームと相場どおりの家賃で入居率を高め、収益を上げていった岡野オーナー。所有物件数が84戸に達し、年間家賃収入も3300万円になった17年、目標より1年前倒しの44歳で専業家主になった。
きっかけは孤独死の経験 賃貸経営の中心は「人」
その時点ではまだ収益を求める賃貸経営と外国人入居者受け入れという社会貢献の両輪を回すという考えは頭にはなかった。築古で高利回り物件という観点から、関心は「空き家」に向いていた。
それが大きく変わったのが専業家主になって間もない18年、同じ物件内で立て続けに起きた2件の孤独死だ。
「それまで賃貸経営といえば『家』が中心でした。でも実際は『人』だと知りました。私にとってパラダイムシフトになった経験です」(岡野オーナー)
そしてもう一つのきっかけが同時期に三重大学大学院地域イノベーション学研究科博士前期課程へ入学したことだ。指導教授の研究分野が食品や資源循環、ごみ問題などであったこともあり、貧困問題に関心を持つようになった。

▲NPOと共に外国人入居者を訪ねた
ある日、岡野オーナーは三重県のフードバンクの見学のため、支援団体の事務所を訪ねた。狭いワンルームの事務所では、集められた寄付品に囲まれて寝泊まりしている外国人の姿が見えた。住宅確保要配慮者という存在は知っていたものの、関わりを持つのは初めてだった。声をかけると「食べ物がないから川で魚を捕まえている」そんな言葉が返ってきた。
物件での孤独死体験と同じくらいの大きな衝撃を受けた岡野オーナーは、支援団体に空室になっている1戸を無料で貸し出すことを提案した。当初は遠慮していた支援団体も、岡野オーナーの申し出をありがたく受け、現在では4戸を外国人向けシェルターとして提供しているという。
「支援団体だけでは資金面の問題から住居の確保は難しい。私の場合は、所有物件で対応できます。賃貸経営で収益を上げ続ける限り、継続的な支援が可能です」(岡野オーナー)
その言葉通り、80戸を売却しながらも所有戸数は専業家主になった当時の3倍近くまで拡大している。現在、年間家賃収入は1億4000万円。賃貸経営の規模が大きくなるにつれて、融資の額も大きくなってきた。そのため、購入する建物の規模も近年ではRC造のファミリー向け物件のような規模になってきている。購入物件は築20年前後の中古物件だ。
「融資の額が大きくなったとしても、新築を手がけるようなことはしません」と言い切る岡野オーナー。その心は、「空き家900万戸時代と呼ばれる現代で、今後さらに空き家をつくり出すことにつながる新築は必要ない」ということなのだ。
むしろ、空き家になっていることで地域住民から怖いと思われているような全空物件に入居者を付けていくことが、地域住民の安心につながる。これも、社会問題の解決と賃貸経営の収益向上を両立させることにつながる。
収益を上げ、物件数を増やすというまさに賃貸経営の真ん中にある活動がしっかり回っているからこそ、シェルターを無料で貸し出す支援が持続可能になる。岡野オーナーの賃貸経営におけるCVSはこうして発展していった。
「大家は親同然」への回帰 設備投資以上の差別化
こうした取り組みについて、全国の家主の会に呼ばれて講演をする機会も多い岡野オーナー。「社会貢献」という言葉を前面に出してもなかなか手応えは少なく「入居率が上げる」「家賃収入が増える」ということを伝えつつ、外国人入居者を受け入れても管理によりリスクを軽減できることを説明する必要があるという。
外国人入居者と聞くと想像されるごみ捨て問題や騒音トラブルも、事前の説明で回避できると岡野オーナーはいう。週に2回は物件を訪問しているが、ごみ問題などはトラブルになる前に指導することが大切だという。
「外国人対応が苦手というならば、得意なところに協力してもらえばいいのです。私も、NPOに通訳をしてもらったことがあります」と岡野オーナーは話す。
オーナー自ら物件に通い、掃除をしながら入居者とコミュニケーションを取ることで管理が行き届き、トラブルのない物件になる。これを岡野オーナーは「江戸時代にあった大家と店たな子この関係への回帰」と説明する。「『大家は店子の親同然』という原点回帰こそ、空き家があふれる時代に勝ち残るための差別化なのだろうと考えています」(岡野オーナー)
【高齢者向けイベント開催 つながりで孤独死を防止】
2019年からは、高齢者が多く住む物件でのイベントも行っている。賃貸物件の入居者は町内会に入っていない場合も多い。そのためイベント情報が入りにくく、人と触れ合える機会を逸しやすい。「特に男性は会社に依存しがちなため、定年退職すると社会とのつながりがすっかり切れてしまうのです」。こうした状況が、社会的孤立、さらには孤独死につながる。

▲イベントで食事をふるまう岡野オーナー
そこで、まず11戸の戸建てが立ち並ぶ敷地内の共用庭でサンドイッチや飲み物を準備し、入居者だけでなく、家主仲間や管理会社の社員を招いて多世代交流イベントを開いた。「イベントといっても豪華な食事を準備する必要はありません。高齢入居者にとって、みんなとつながることのできる『場』を持てることがうれしいのです」(岡野オーナー)
(2025年 4月号掲載)
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