地主の挑戦:後編
前編(東京下町ならではの相撲部屋付き賃貸住宅)から続く
非住宅事業への挑戦 高齢者施設と保育園誘致
そこで、まず京島3丁目にある全9棟の長屋を解体し、新築物件に建て替えることを決めた。当初は賃貸住宅への建て替えも当然、検討の候補として挙がっていた。だが、具体的な経営シミュレーションを行う中で、次第にその考えは変わってきたという。
「賃貸住宅を建てた場合、この地区では木造の3階建てが限度でした。そのうえ、これからの人口減少時代に賃貸住宅を建てることは必ずしも正解ではありません。そこで非住宅での活用を考えました」(片桐社長)
非住宅を考える中で初めに専門家たちから提案されたのは「医療モール」だった。複数の医院や調剤薬局が入居する物件は、確かに地域発展のためにいいかもしれない。だが、片桐社長が選択したのは高齢者向けグループホームと保育園だった。高齢化の進む地域で確実にニーズがある施設、そして今後若い層を地域に呼び込むために必要な施設の両方を手がけることにしたのだ。
「どちらの事業も、一度事業者が決まれば30年間の定期借家契約になります。テナント貸しのように複数テナントとのやりとりも不要。収入の安定性と日々の管理のしやすさを考えて決定しました」(片桐社長)
建て替えとなると、オーナーには立ち退き交渉という重い課題がのしかかると思われるだろう。だが、片桐社長は「立ち退きにはそこまで苦労しなかった」と振り返る。
「恐らく、下町という地域性もあるのでしょう。入居者の皆さんには、築古物件の危険性を説明したところ、すんなりと理解してくれました」(片桐社長)。高齢になっていた長期入居者には次の住まいを探すサポートをしたことも、大きなトラブルなく立ち退きが進んだ理由の一つだっただろう。
20年には「グループホームきらら曳舟」と「グローバルキッズ曳舟保育園」がオープン。利回りは8%弱だ。新型コロナウイルス禍の真っただ中だったものの、すでに事業者は決定していたため、賃料は予定どおり入ってきた。
建て替えるだけではない、大学の研究所に築古長屋提供
2020年には築100年の長屋2棟をリノベーションしたシェアハウス「アカデミックハウス京島3丁目」をオープンした。近隣に千葉大学の墨田サテライトキャンパスが開校したのを機に、千葉大学大学院工学研究科建築・都市科学専攻の鈴木弘樹准教授から長屋の再生について声がかかったことで実現した。
耐震性や耐火性に課題のある木造築古長屋を、研究室の学生たちが知見を生かしながら再生。共用部と6室の専有部から成るシェアハウスにリノベした。
「補助金制度はあるものの、すべての長屋を新築に変えることは難しい。そこで、必要な補修を加えながらいかに築古物件を再生できるかという試みを実践した形です」(片桐社長)
新たな価値を付けたことで、家賃アップにもつながった。長屋は4万円程度の賃料だったが、同物件では共益費・管理費を合わせて5万7000円にアップ。部屋数が増えたこともあり、収益性が改善されている。
- ▲2棟の長屋をシェアハウスにした
- ▲古い建物の良さを生かしながら住みやすいリノベ
家賃収入には上限がある さらに新事業を展開
長屋を解体し新築プロジェクトを行うのと同時並行で進めたのが、24時間営業のフィットネスジムの立ち上げと運営だ。
「賃料収入は『賃料×戸数』という上限が必ずあります。そこで、おのずと収入のリミットが決まる形でないビジネスをやりたいと思ったのです」(片桐社長)
- ▲コインランドリーと24時間フィットネスジムを併設したビル
- ▲会員特典としてドリンクを無料で飲める自動販売機は父親の発明だ
18年当時、24時間営業のフィットネスジムが台頭しているのを見た片桐社長。フランチャイズチェーン(FC)加盟ではなく、自営で同じ形態のビジネスを行うことを決めた。自営で行う際のポイントは「無人」。自販機事業では、メンテナンスのために人材が不可欠だった。その人件費が経費を大きく占めていることを鑑みて、新たな事業は無人での経営を目指した。
すでに24時間営業のコインランドリーを経営していたため、防犯についてはその経験を生かした。さらに、コインランドリーとフィットネスジムを併設し、会員証を1枚のIDカードとしたことで「洗濯をしている間にジム活動」というコンセプトを掲げての集客を可能にした。現在、大手のフィットネスジム運営会社が無人24時間営業のフィットネスジムを月額2980円という金額で提供している。エイゼンのジムでは月額3600円だが、このコンセプトに引かれたユーザーを獲得できていると考える。
また自販機事業自体は17年に撤退しているものの、フィットネスジムには特許を取った「ワンドリンク自販機」を設置。同じIDカードをかざすとドリンクを無料で飲めるシステムも導入した。
京島へ居を移し地域に密着 地場企業としてエリアの発展に寄与
2020年に就任した片桐社長は、住まいも川崎市から墨田区に移した。実は、2代目以降は墨田区に在住しておらず、片桐社長が初代の土地に戻った格好だ。
「当初は、単純に川崎からの通勤が大変だと思って決めたことではあります」と笑う。だが、不動産を所有し、事業を展開する地に日常的に住まうことの利点はもちろんそれだけではない。
「借地人の中に町内会長がいる関係から、以前よりお祭りを催す際には会社として寄付をしていたこともありましたが、本当にそれだけのお付き合いでした。今は、特に相撲部屋が入っていることが大きいでしょうが、地元の商店街がイベントを開催するときに声をかけられることも多く、つながりも増えてきました」(片桐社長)
多角化で生まれた相乗効果 新事業が物件の価値になる
19年にオープンした「24Hフィットネス筋二郎」は現在3店舗を展開中だ。所有するシェアハウスの入居者には、ジム使い放題という特典を付けている。
「実際に、シェアハウスの入居者の中にはフィットネスジムが利用できることに引かれて入居を決めた人がいます。物件に取り入れられる設備はある程度決まっている中、自営で運営している別の事業を掛け合わせることで結果として入居者を獲得できる。面白い物件だなと思われて人気につながっていくといいなという考えが、見事にあたりました」(片桐社長)
- ▲新規事業である民泊
- ▲インバウンド需要の多い下町において築古物件を使った民泊施設だ
不動産事業とフィットネス事業の相乗効果が上手に表れてきたと実感できている。別事業とはいうものの、結果としてメインの柱である不動産事業をさらに強くする役割も果たしているのだ。
25年には、手元に戻ってきた築40年の戸建てを民泊施設「ホテルポローニア京島」としてオープンした。地域に密着した企業の立場から、人の流れを見たことで思い付いたアイデアだった。民泊以外にも、今後展開していきたい別事業の候補も思い描いているという。
「現在、全体の売り上げのうち賃貸事業は6割、その他が4割です。メインの賃貸事業を受け継いだ土地でしっかり行いつつも、業態を一つ二つとさらに増やしていきたいと思います。そして新規事業を生かして、さらに特徴のある物件を造っていけたらいいですね」(片桐社長)

(2025年7月号掲載)
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東京下町ならではの相撲部屋付き賃貸住宅
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