築90年超の長屋の価値

賃貸経営不動産再生

<<文化財を生かす>>
「かつては時代の最先端だった築90年の長屋」から続く。近代長屋で初の登録文化財となる可能性を示されたのをきっかけに修繕・活用の道を選んだ寺西オーナー。経営的にもメリットの多い築古再生とは。

「史上初」に心躍り 文化財登録の道へ

 ある日、寺西オーナーはふとしたきっかけで長屋を研究する京都大学の先生たちと出会い、長屋の建て替え計画のことを話す機会があった。すると「壊す前にぜひ見せてほしい」と頼まれたという。今さら建て替え計画は引き返せない。「困ったな」と思いながらも、「もうマンション建設が決まっているので、長屋を残してほしいと言わない」という条件で見学してもらったという。

 しかし、相手は長屋を保存する立場の専門家だ。いざ物件を見てもらうと案の定「こんな立派な長屋を壊すのは惜しい」という言葉が口々に出てきたという。当初はもちろんすべて断ろうと思っていた寺西オーナーだったが、一つの提案に心が動いた。

 「昭和初期の長屋は大工の腕も良い。登録文化財にできるのでは」というものだった。当時は登録文化財というものを知らなかった寺西オーナー。早速調べてみると、もし登録できた場合は近代長屋では史上初になるということを知った。

 「家族はほぼ全員が長屋を残すことに反対でした。私自身も登録文化財といわれても正直に言って、金銭的メリットはあまり感じていませんでした。確かに、建物部分の固定資産税が半額免除になりますが、建物がそもそも古いので年間3万円浮く程度でしたからね」(寺西オーナー)

 そんな中でただ一人「登録文化財か。それは面白いな」と言ったのが寺西オーナーの父親だった。その言葉を聞くうち、寺西オーナーの心の中にもいつしか「これはやってみても面白いのではないか」という気持ちが芽生えていったという。

 「初めて」に父子の心は躍った。結局、取り壊すのはいつでもできるということで父子の意見が一致。こうした転機により長屋を文化財に登録し、当面使い続けることになった。

 契機となった先生らの見学が03年1月だったが、同年12月には寺西オーナーの申請が認められ、寺西家阿倍野長屋は登録有形文化財となった。

 

テナント貸しするべく 1700万円で修繕

 晴れて登録文化財となった寺西家阿倍野長屋。寺西オーナーは、この歴史ある物件を長く保存するために収益性が高い店舗として活用しようと考えた。登録文化財となったからといって、改修ができないわけではない。特に内装は申請や許可が不要だ。所有者が自由に補強・改修することができる。「全体的に改修したので国土交通省への建築確認申請は必要でしたが、外観を大正末期の建築当初の姿に戻すというコンセプトで行いました。そのため、登録文化財の管轄である文化庁からは特に指導を受けることなく進めることができました。登録文化財となったことによる工事面でのデメリットはありませんでした」(寺西オーナー)

 建て替え新築を辞めてリニューアルで済ませたため、かかった費用はマンション建設で計画していた費用のわずか10分の1の1700万円だった。このくらいなら寺西オーナーの退職金で賄うことができ、借り入れもしないで済んだ。

 しかも、改装費用がこれほど少額で済んだのは、実は住宅ではなく飲食店に貸したからだった。これであれば内装は入居者が手がける貸し方ができるので、一番お金のかかるトイレや厨房といった水回りの工事代金は入居者負担となる。オーナーは外観と躯体を整えればいい。そのうえ、テナントに貸すほうが賃料も高く設定できる。

 屋根の葺き替えや外壁の改装、2階への物干し台の設置などを行ったことで、みすぼらしかった姿から一変、落ち着いた木目が大正昭和の雰囲気を感じさせる外観に生まれ変わった。おかげで改修工事中に入居希望者も現れ、当面の収入のめども立った。

(2025年8月号掲載)
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建て替えよりも改修のほうが利益が高い

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