先祖への感謝と思い 後継ぎとしての役割を果たす

相続事業継承

<<江戸時代からの地主、今の生き方>>

先祖への感謝と受け継いだ思い

300年以上の歴史を持つ須賀家。埼玉県越谷市の土地を広く持つ地主だった。だが、今から77年前の農地解放により、自分たちが農業に関わっていなかった土地を失う。それでも祖父母や両親は一生懸命にある程度の土地を残してくれたという。感謝の思いを胸に、須賀一嘉オーナー(さいたま市)は「今」と「これから」を見据える。

須賀一嘉オーナー(さいたま市)

土地を守る、不動産を増やす 後継ぎとしての役割を果たす

 須賀オーナーは、埼玉県越谷市のせんげん台地区に1995年竣工のアパート3棟、さいたま市南区に2019年建築の1棟の計18戸を所有している。ファミリー向けと単身者向けの双方を合わせて、年間家賃収入は約1800万円だという。25年に官公庁職員から兼業ができる環境に転職。現在は管理委託して、部分的に直接発注している。今の関心事は、受け継いだ土地を守ることと、自分の代で不動産に縁があれば、少しでも過去に所有していた土地の規模に近づけること。そして入居者と協力会社とオーナーが安定的に暮らせる環境を維持していくことだ。

 須賀家はせんげん台地区の地主として代々続いてきた家だ。最も古い先祖の記録は1718年にまでさかのぼる。地域をまとめる庄屋として活躍していた家柄だったという。「江戸時代でも、資料によって380石や2町8反など、面積が時代によって異なっています。どのくらいの敷地を所有していたのかはもうわかりません。恐らく、現在の東武鉄道伊勢崎線せんげん台駅から見える範囲の多くだったのだと想像しています」(須賀オーナー)

▲昭和40年代の区画整理施行前のせんげん台

 しかし、現在の所有地は所有物件の立つ場所だけだ。1949年に所有地のほとんどを失ってしまう大きな出来事があったからである。

それは農地解放だ。

 「庄屋の後継ぎで大地主の長男だった私の祖父は大学を卒業後、勤めに出ていました。今でいうところのエリートサラリーマンだったのです。勤め人としては高い収入を得ていて、それを生かして旧浦和市に自宅を購入し、第二の拠点としていました」と須賀オーナーは語る。「一方、戦争下でもあり仕事が忙しかったからでしょう、祖父の時代は土地の耕作をすべて小作人に委ねており、自分は全く農業に関わっていなかった。少しでも農業をしていれば『農地解放』に遭ってもこんなに土地を失うことはなかったでしょう…。でも、考えても仕方ないですね」(須賀オーナー)

 結果として、せんげん台で所有する土地はごくわずかになった。さらに82年には祖父が死去し、相続税の支払いでそれがさらに減ってしまった。土地は結局、せんげん台地区に1カ所、旧浦和市の祖父が住んでいた自宅の土地の2カ所しか残らなかった。

ごくわずかに残った土地 祖母がアパートを建てる

 その残された土地にアパートを建てたのが須賀オーナーの祖母だった。「婚家の財産を守りたいという思いがあったのでしょう。社会に出たことがない大正生まれの女性が、いきなり1億円もの借り入れをしてせんげん台の土地に3棟、一気にアパートを建てた。私は当時高校生でしたが、両親が提案した建築計画を受け入れて自己資金もつぎ込んだ、そんな豪胆な祖母を尊敬したものです。また私から見て、両親がそれだけの大きな金額をかけた建物を計画して、引き継いでいく覚悟を決めたことにもびっくりしました」(須賀オーナー)

 そんな祖母も2014年に死去した。思いを受け継いだ父は19年、祖父が居を構えていた旧浦和市の土地にデザイン性の高い1棟を建てた。その際には須賀オーナーも両親に協力、助言して、ハウスメーカーや不動産会社を巡り「後継ぎの長男」としての役割を果たしたという。

 何件も建築会社を回った後に得たキーワードは「差別化」だった。近隣には似た建物が多買ったことから、ほかにはないデザイン性の高いブランドのアパート商品を探し、施工は地元の事業者に依頼した。そのため、大手ハウスメーカーに頼むよりも3割ほど安く、かつセンスの良い住宅を造ることができた。

▲せんげん台のアパート「エスペランサ千間台」

 

 当時、須賀オーナーはまだ官公庁職員として忙しく働いている時期だった。高齢の父に代わり、仕事の合間を縫ってできる限りのことをしたという。

 「もともと須賀家が過ごしてきたせんげん台の土地は、ある意味祖父が外で働いていたことで失ってしまったようなものです。もしかしたら祖父は責任を感じていたのかもしれません。しかし、この浦和の地だって、祖父母が一生懸命働いて残してくれた大切な場所なのです。そう思って、祖父母、また両親のためにも必ず良い物件を造りたいと私なりに頑張りました」(須賀オーナー)

収益上がり専業家主に 不動産を増やすための一歩

 この物件を新築したことにより、須賀家の家賃収入が増え、須賀オーナーは官公庁職員から転職して不動産経営に集中できる環境となった。専業家主としての抱負を「人に快適に暮らしてもらうことをモットーにしています。100%は無理だとしても、住んで良かったと言ってもらいたい」と話す須賀オーナー。

 住む人の満足感を大切にしながら収益を上げ、不動産を増やしていくための一歩を踏み出した。「須賀家は、もともとは多くの田畑を持つ地主でしたが、代々にわたって所有する土地を減らしてきました。しかし、祖父母や父母がおのおの一生懸命に努力して残してくれた今の土地があるから私たち家族は今も安心して暮らすことができています。そんな先祖への感謝の思いを持ち、今後はいいご縁のある不動産があったら取得して、増やすことができるように努力したいと思います」(須賀オーナー)

 

(2026年2月号掲載)

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