<<次世代不動産経営実務者養成カレッジ 第3期 by次世代不動産経営オーナー井戸端セミナー>>
愛ある賃貸が起こしたイノベーション
愛ある賃貸経営から、新たなつながりの社会を創るひとたち
不動産業界において大きな変化が起こりつつある。そうした中、「不動産オーナー井戸端ミーティング」を主宰する𠮷原勝己オーナー(福岡市)が中心となり、貸し手と借り手、そして地域にとって「三方よし」となる、持続的でブランディングされた不動産経営を目指す勉強会を有志で開催している。
当連載では、建築・デザインを学ぶ学生たちと、全国から集まったプロフェッショナルが一緒に受講する場として、九州産業大学建築都市工学部で行った全14回の「不動産再生学」と題した寄附講座を紹介。今回は、合同会社H&A brothers半田啓祐氏・半田満氏の講演をレポートする。
合同会社H&A brothers
半田 啓祐 氏・半田 満 氏
(福岡県久留米市)
ピンチから始まったDIYリノベーション
私たちは福岡県久留米市を拠点に、合同会社H&A brothers(半田ブラザーズ)として、兄弟で不動産経営や管理、コミュニティーデザイン、DIYリノベーションなどを行っています。
私たちがこの活動を始めるきっかけとなったのは、父親が所有していた小さなアパートの存在でした。西日本鉄道天神大牟田線櫛原駅から徒歩30秒という好立地にある「ハンダアパート」でしたが、当時は築古でボロボロ、空室率は40%に達していました。さらに、家賃滞納やクレームへの対応、モラルに欠ける入居者とのトラブルなど、人生に関わるような大きな問題が山積みでした。
なんとか空室対策をしようと業者に改修の見積もりを取ったところ、提示された金額は約300万円。お金がなかった私たちは「まずは自分たちでできるところから手を加えよう」と、DIYでのプチリフォームを決意したのです。足場だけ業者に組んでもらい、外壁の塗装から室内の壁紙貼り、合板貼り、棚の取り付けまで、兄弟で地道に作業を進めました。
不思議なもので、DIYをやっていくうちにビルへの「愛着」が湧いてきました。そして「賃貸物件はこの程度でいいのか」「どうせなら自分たちが住みたいと思えるような、気に入った場所にしよう」という思いが強くなっていったのです。
「こんにちは」で始まる、顔が見える暮らし
古いアパートを解体して空いたスペースを自分たちで整備し、入居者が使える家庭菜園や広場(エキニワ)をつくりました。すると、そういった環境を好む人々が入居してくれるようになり、家庭菜園で野菜を交換したり、立ち話をしたりする風景が生まれました。次第に「お茶会や食事会をしたい」という声が上がり、最初は5人ほどだった集まりが、多い時には近所の人も含めて40人規模になることもありました。
「管理会社」と「入居者」は、サービスを提供する側と受ける側として対立しがちです。しかし、私たちは「愛着を持って住んでもらいたい」という思いに共感してくれる入居者と、協力し合うメンバーのような立ち位置を目指しました。具体的には、入居者さんたちと一緒に部屋の壁を好きな色に塗ったり、花壇の手入れをしたりと、共同作業を通じて交流を深めていったのです。
その結果、新しい入居者が来る時に、以前から住んでいる人が部屋作りを手伝ってくれるような連鎖が生まれました。引っ越してきた日に「はじめまして」とよそよそしく挨拶するのではなく、すでに共同作業を通じて「こんにちは」で始まる関係性ができあがっているのです。今では、入居者が敷地内でニワトリを飼い始めたり、50人ほど集まる「誕生日BBQパーティー」を小学生の入居者が企画して、私たち大家まで招待してくれたりします。
こうした取り組みを通して、物件の収益面も改善することができました。不動産の価値が上がるとともに家賃が上昇、ハード(設備投資)だけに頼らないため工事コストが減ったうえ、入居者満足度が上がったことでクレームも減少しました。入居者との関係性を築いていくことで、ほかの物件にはない「唯一無二の場所」として差別化できたのです。
私たちがたどり着いた「愛ある賃貸物件」とは、立地や設備といった「空間」の条件だけでなく、そこでどんな暮らしができるかという人生の「時間」に寄り添うことです。長く住みたくなる、思い出になるような暮らしを、大家としてサポートしていくことだと実感しています。

関係性のデザインと「アフォーダンス」の力
私たちが次に手がけたのが「コーポ江戸屋敷」という団地型民間賃貸住宅の再生プロジェクトです。ここは3棟全48戸、築46年(1978年築)のコンクリート造の建物で、私たちはコミュニティーデザイナー兼DIYリノベディレクターとして関わっています。
当初は、空室が出るたびにデザイン性の高いリノベーションを行っていましたが、福岡市とは市場規模が異なる久留米市では、リノベーションに投資してもそれ以上家賃を上げることができないという大きな壁にぶつかりました。
そこで私たちは方針を転換し、団地内でオーナーや建築関係者、URの職員などを交えた「コミュニティーデザインカレッジ(勉強会)」を開催しました。その勉強会で「外でピザを焼きたい」「子どもが自由に遊べる場所を」といった、7年後の「未来図(VISION)」をみんなで描いたのです。
このビジョンを形にするため、私たちは「人は環境に従う」という「アフォーダンス」の考え方を取り入れました。つまり、人が無意識に集まりたくなるような「快適な空間」をつくることを目指したのです。動線や視認性を意識し、生活領域が室内だけでなく外へと拡張していくような場のデザインを行いました。
しかし、すべてを私たちがつくり上げてしまっては、ただの贅沢なアパートになってしまいます。いかにして入居者が自ら「欲しい暮らし」を主体的につくることができるか、「関係性のデザイン」を計画的に進めました。
まずは花壇の種まきやDIYワークショップなどの小さなイベントを開催し、参加するきっかけをつくります。次に、参加した人たちが「自分もヨガを教えたい」「天体観測をしたい」と自発的に動くのをサポートします。そして最終的には、入居者自身が主催者となって、近所の人も含め100人規模が集まるマルシェイベントを開催するまでになりました。
また、月1回のニュースレター「コーポ江戸屋敷だより」を発行し、日常の出来事や工事の案内を丁寧に伝えることで、直接会えない入居者ともコミュニケーションを図りました。私たちは「あそこを直して」とクレームを受ける関係ではなく、相手の関心ごとに寄り添い、「どうしましょうか」と相談に乗りながら解決していく管理者であるよう、立ち位置を工夫しています。結果として、管理者は徐々にフェードアウトし、入居者が主役としてフェードインしていく環境が育ちました。今では、1階にパン屋や喫茶店が入り、団地全体が一つのまちのように機能しています。


アパートから「まち」へ、広がるソーシャルビジネス
建物の価値を高めるには、その建物がある「エリア」の魅力が不可欠です。部屋の中だけでは暮らしは完結しません。買い物が不便だったり、散歩に出かけるまちが快適でなかったりすれば、長く住みたいとは思えません。
久留米市でも人口減少が進み、空き家や空き店舗が増加しています。私たちは、この社会課題をビジネスで解決する「ソーシャルビジネス」の視点を持ち、活動の枠をアパートから「まち」へと広げていきました。
ハンダアパートの敷地や周辺の道路を活用して「くしわら駅前マーケット」というイベントを1日だけ開催してみたところ、25店舗が出店し、約300人もの人々が集まってくれました。これを機に、アパートの1階にあった空き店舗をDIYで改装し、パン屋やカレー屋、コーヒー店などのテナントを誘致しました。みんなで床に無垢材を張り、ウッドデッキを作る過程には、近所の人たちも巻き込んで応援してもらいました。店が別の店を呼び、徐々に駅前に素敵な店が増え、日常的な賑わいが生まれました。
アパートの入居者から始まった顔の見えるつながりは、出店者、地域の住民、大学、行政、職人など、多種多様な人々を巻き込み、今では巨大な「社会関係資本(ソーシャルキャピタル)」のネットワークへと成長しています。建築や不動産管理という狭い領域にとらわれず、まち全体に視野を広げることで、空きビルをシェアオフィスに再生したり、老朽化した小学校を子どもたちとDIYリノベしたりと、新しい仕事やイノベーションが次々と生まれています。
振り返れば、すべての始まりは「日常的な近いところで、豊かな暮らしをつくりたい」という小さな思いでした。不動産管理は、建物に関わる時間が一番長く、入居者の人生の「時間」に寄り添える仕事です。そこにコミュニティーデザインの手法を取り入れることで、ただの「空間貸し」ではなく、人と人がつながり、まちが生き生きとし始める「愛ある賃貸」が実現できると、私たちは信じています。

(2026年3月公開)






