【特集】生前贈与でメリット先取り

相続相続税対策

<<生前贈与でメリット先取り>>

「合う・合わない」を知って上手に活用

「令和8年度税制改正の大綱」で、貸し付け用不動産にかかる相続税・贈与税の評価額のルールが変わった。地主や家主の中には、すでに税負担増加の回避のため、生前贈与での税額確定を検討している人もいるだろう。だが、実際は生前贈与を行ううえで押さえておきたい注意点がある。またそもそも贈与に向くケースと向かないケースもある。そこで、改めて生前贈与のメリットを確認するとともに、上手に活用するポイントを2人の専門家に聞いた。

この記事の目次 生前贈与後の家賃 非課税で次世代に渡せる
3つの注意点を押さえて賢く検討
注意点1
┗注意点2
┗注意点3
生前贈与に向く物件3タイプ
┗将来価値が上がる物件は贈与向き
┗生前贈与が法的に成立する3条件
┗多額の修繕費がかかる物件は不向き

 

生前贈与後の家賃 非課税で次世代に渡せる

 生前贈与を行うことには、複数のメリットがある。

 被相続人が賃貸物件を相続発生時まで所有する場合「ケースA」と、将来の相続を見据えて早期に贈与する場合「ケースB」を比較してみる。
「ケースA」は物件の価値に加えて、相続発生までに家賃収入で貯まった現金も相続税の課税対象になる。

 一方、「ケースB」は、贈与後に発生する家賃収入は受贈者(財産を受け取る人)の手元に入り、相続時の課税対象から外れる。このため、トータルで税額を抑えることが可能だ。また受贈者にとっては、家賃を得ることで、将来支払う相続税の納税資金を準備することができる。

 このほか、相続争い防止対策として、渡したい人に渡したい物件を先に確定できる利点もある(最終的に現金精算の可能性はあるが、所有権の共有化は避けられる)。

 令和8年度の税制改正大綱では、貸し付け用不動産に対する相続・贈与時の評価が変更された。従来よりも評価額が大きくなる一方、施行前の2026年中に生前贈与すれば従来の評価額で済むため、駆け込みの贈与が増えそうだ。

 この後、贈与の際の注意点や贈与に向く物件と贈与に必要な条件などを見ていく。

3つの注意点を押さえて賢く検討

 生前贈与が思わぬ結果を招くこともある。特に注意したいのが以下の3つだ。無効になるリスク、移転登記後のやり直しが難しいリスク、遺留分侵害にあたるリスクである。司法書士法人ソレイユの友田純平氏に聞いた。

 友田氏によれば、生前贈与は主に6つの目的で行われる。相続税の節税、相続税の納税資金の準備、相続争い防止対策、認知症対策、現役世代への移転、共有解消などだ。きちんと取り組めば目的達成が可能だが、いくつか注意点もある。

注意点1
贈与者が高齢なら意思能力・判断能力を注視

 生前贈与の契約には原則として意思能力・判断能力が必要になる。贈与者(財産を渡す人)に認知症の予兆があるなど、意思能力・判断能力に不安があれば気を付けたほうがいい。初期の認知症と診断されていても「意思能力あり」と判断される場合もあれば、診断で「意思能力なし」となる場合もある。

 友田氏は「契約書に自署することができない意思能力・判断能力しかない場合は、贈与が無効になる可能性が高いです」と指摘する。

 例えば、不動産を贈与する際に、所有権移転登記に伴って司法書士が贈与者に登記の意思確認をする。その時に贈与者から反応が示されないといったように、意思が確認できなければ登記申請を受託できない。

 また贈与者に意思能力・判断能力がないにもかかわらず、受贈者が勝手に贈与者の印鑑を使って贈与契約書を作成したり、現金を移動させたりしても当然ながら贈与は無効になる。これらは相続争いに発展するリスクもあるので注意が必要だ。

 相続争いにおいて過去の贈与で「贈与者が認知症で意思能力・判断能力を有していなかったのではないか」ということが争点になることも珍しくない。それを防ぐためには医師の診断書を取ったり、公正証書を作成したりするといい。

財産をもらう人にも意思能力・判断能力が求められる

障がいがある子を持つ親が、子の生活資金のために信託銀行に財産を預け、信託銀行がその財産を管理して子に生活費を渡す特定贈与信託というものがある。

 子の障がいの程度に応じて3000万円もしくは6000万円まで贈与税はかからないが、子に意思能力・判断能力がないと見なされると、信託銀行から後見人を求められるケースがある。

 

注意点2
移転登記すれば原則は「なかったこと」にできない

 生前贈与を行った後、移った財産を元に戻すことはできるのか。例えば、ある親が「長男に不動産を生前贈与したが、やはり次男に譲りたいので、いったん手元に戻したい」といったケースだ。これが意外と多いのだという。

 結論からいえば、これはかなりハードルが高い。考えられる方法の1つは贈与がなかったことにすることだ。だが、友田氏は「贈与契約を錯誤(重要な部分の勘違い)があったとして無効にし、所有権を抹消して親に復帰させる方法は『当初から贈与する意思がなかった』ことを証明しなければならず、手続き上とても困難です」とする。

 2つ目の方法として、長男から親に対していわゆる逆贈与をする方法もあるが、コストがかなり増えてしまう。当初の親から長男への贈与に長男から親への逆贈与が加わり、贈与税のほか不動産取得税、登録免許税、登記の手数料、専門家への報酬なども2倍かかる。その後に、再び親から次男へ贈与となると効率も良くない。

 長男から次男へ直接贈与することも可能だが、それでも当初の親から長男への贈与がある分、コストがかさむ。

 しかも、これらのケースいずれも長男の協力が不可欠になる。

司法書士はこう指摘する

税負担の重さによっては遺言や家族信託も選択肢

司法書士法人ソレイユ(東京都中央区)
司法書士 友田純平氏


 不動産を家族に継がせる場合、税負担のコストや手間によっては、生前贈与ではなく遺言による相続や家族信託も選択肢になるでしょう。

 不動産の生前贈与の際には、贈与税のほかに不動産取得税、登録免許税などがかかってきます。

 一方、遺言による相続であれば、不動産取得税はかからず、登録免許税も生前贈与の場合と比べて5分の1で済みます。

 また家族信託であれば、相続前に管理権限を子どもに渡すことができ、贈与税・不動産取得税も抑えることが可能です(相続時に相続税がかかる)。「譲る相手を長男から次男に変更する」といったことが生じた場合も、長男の協力は必要になる可能性は高いですが、生前贈与に比べて家族信託のほうがハードルは低いです。

 

注意点3
良かれと思って行った贈与が遺留分侵害になるケース

 前妻と後妻との間にそれぞれ1人ずつ子どもがいるAさん(図参照)。前妻の子に比べて後妻の子のほうがかわいいが故に、後妻の子に積極的に生前贈与していたとする。翻ってみれば、前妻の子には財産がいかないようにしている。このことを、Aさんと受贈者である後妻の子が共にわかっていれば、この贈与は遺留分侵害目的の贈与にあたる。

 相続が発生した際に、前妻の子の相続財産が遺留分に満たなければ、その分を取り戻そうとする遺留分侵害額請求を起こされる可能性が高い。

 「生前贈与と遺留分との関係でいえば、原則は相続人への贈与について相続開始前10年以内の贈与は、遺留分算定の基礎財産として足し戻されます。ただし、遺留分侵害が目的の贈与であれば、期間の制限なしに足し戻されるので注意が必要です。後に遺留分が関わってくるケースは、自分たちだけで判断せずに専門家に相談したほうがいいでしょう」(友田氏)

遺留分とは… 特定の相続人が持っている最低限の相続の取り分のこと
特別受益とは…

相続人の中のある人が、被相続人から生前または遺言によって特別に受けていた利益のこと

特別受益の例
・高額な学費(例:私立大学医学部の学費)
・住宅取得費
・不相当なお小遣い
・婚姻の時の持参金・支度金(※挙式費用は、親自らのための社交上の出費という性質が強いため特別受益に入らないとするのが一般的)
・親が子どもの借金を肩代わりして返済した場合の返済金
・相続対策のため生前に贈与した不動産
・事業承継のため生前に贈与した自社株式

遺留分侵害額請求側の特別受益に要注意
 遺留分侵害額請求をする側が、過去に生前贈与されていたもののうち、特別受益と見なされるものがあれば、請求金額からその分を差し引かなければならない。

 

生前贈与に向く物件3タイプ

生前贈与は民法に基づく法律行為。法的に成立させるための条件のほか、贈与に向く物件、反対に不向きな物件について、税理士法人プラス代表税理士の寺西雅行氏が解説する。

将来価値が上がる物件は贈与向き

 贈与向きの物件について、寺西氏に聞いた。

 1つ目は、十分な収益、キャッシュを生む物件。受贈者の資金ニーズに応えることにもなるほか、冒頭で説明したように、受贈者にとっては将来の相続発生時の納税資金を準備することができる。

 2つ目は、都市計画に関連して将来価値が上がることが見込まれる物件。市街化調整区域から市街化区域への変更がありそうな場所の物件や、都市計画道路の整備が見込まれる場所にある土地などだ。これらの物件や土地は、相続税評価も一気に上がることが予想されるため、そうなる前に贈与するといい。

 3つ目は、相続争いの火種になりそうな物件。条件のいい物件は多くの相続人が欲しがるが、不動産は分割しにくい。このため、引き継がせたい人に相続が発生する前に贈与しておくと、将来の争いを防ぐことができる。

 これらの条件を満たし、さらに、借り入れがない、もしくは間もなく返済が終わる物件であれば贈与を検討してみてもいいだろう。

生前贈与が法的に成立する3条件

 ただし、生前贈与を行うためにはいくつか条件がある。生前贈与は民法第549条および550条に基づく法律行為であるため、法的に成立しているかが重要になる。
 生前贈与を成立させるためには次の3つの条件を満たす必要がある。
①贈与者が「譲りました」と意思表示していること
②受贈者に「もらいました」という認識があること
③受贈者がその財産を自己管理していること

 ①と②に関しては、民法上は口頭による双方の合意でも問題はないが、節税や相続税対策を考えるなら贈与契約書を作成しておくと安心だ。

 ③に関連して、贈与者が受贈者の名義でつくった口座で入出金している「名義預金」は、税務署から贈与として認められないことがほとんどだという。例えば、祖父母が孫名義の預金口座をつくって入出金をしていると、孫自身が財産を管理していないため、贈与不成立と見なされるのだ。

 生前贈与が法的に成立しないと、税務上はその財産は相続財産として相続税の課税対象になる。それに加えて遺産分割の対象にもなり、相続争いの火種になってしまう可能性もあるので注意が必要だ。

建築不可の土地に要注意  アパートに隣接する空き地には注意が必要だ。こういう土地を贈与された際、その土地は見た目はただの空き地でも、実際は何も建てることができない価値の低い土地である事例が少なくないという。

 空き地が隣地の建物の建ぺい率計算に含まれている場合、そこに建物を新たに建てることは不可能だ。

 「一筆地や隣接地を2人以上に贈与、相続させる場合は、建築基準法を考慮した分筆や越境の有無、 既存建物の建築確認申請の内容にも注意しましょう」(寺西氏)

 

多額の修繕費がかかる物件は不向き

 一方、次に挙げるような物件は生前贈与に向いていない。

 まずは借り入れが残っている物件。特に、変動金利で借りている場合は、受贈者の負担が重くなる。金利上昇局面で返済総額の見通しも立ちにくい。
 キャッシュフローが悪い物件の生前贈与もやめるべきだ。借り入れの返済を差し引いて手残りがほとんどないような物件は、受贈者にしてみればメリットがなく「負の遺産」となる。

 次に多額の修繕費が見込まれる物件。修繕で不動産価値の向上が見込めるケースであっても、受贈者に資金力がない場合は、修繕すること自体が困難となる。一棟丸ごとではなく持ち分の共有にとどめたり、土地の贈与を優先するといい。どうしても贈与したい場合は、現金とあわせて贈与を考えるといいだろう。

 遠隔地に所有する物件も向かない。目の届く範囲でないと管理が難しいからだ。管理会社に委託している場合でも、せめて2カ月に1度は見に行けるような場所でないと、何かあったときに対応が難しくなる。

 また土砂災害警戒区域にある土地も避けたほうがいい。整備費用を自己負担しなければならないケースがあり、万が一周辺に被害が出た場合に、責任が発生するリスクもある。ハザードマップをチェックすることが大切だ。

 

不動産小口化商品はどうするべき!?  今回の税制改正大綱で不動産小口化商品の評価ルールも変わった。
 
 寺西氏は「節税の観点からはメリットがなくなりました。節税目的で小口化商品を購入し、保有している人は、贈与でなく自身で換金を検討したほうがいいのではないでしょうか」と指摘する。

 

税理士はこう指摘する

通達内容を確認して慎重に検討すべき

税理士法人プラス(大阪市北区)
代表税理士 寺西雅行氏


 このたびの税制改正大綱を受けて、急いで生前贈与をしようとする地主や家主もいるでしょう。

 しかし、税制改正大綱だけを理由に安易に生前贈与をすると、かえって損をするケースもあります。

 いくつか理由が挙げられます。まず、受贈者の登録免許税と不動産取得税です。登録免許税は、相続時だと固定資産税評価額×0.4%ですが、贈与の場合は同2%と5倍、そして不動産取得税は相続時にはかかりません。贈与のほうが移転時の負担がはるかに重くなります。

 次に、改正後の不動産評価が「取得価額に地価変動などを加味した評価額の8割」にアップするのは相続・贈与発生日から5年以内の不動産のみです。本当に相続まで待てない状況なのか検討しましょう。

 さらに、今回の改正を受けて慌てて現金を不動産に組み換えようとすると、焦りのあまり高値づかみしてしまうかもしれません。「高く買ってしまった物件を低税率で渡すより、価値ある物件を新税率で渡したほうがよかった」というケースすらあるのではないでしょうか。

 なお税制改正大綱の詳細版といえる通達は、例年だと9月ごろ発遣される傾向にあります。2026年3月初旬時点では、詳細も不明です。まずは通達の内容を確認してから慎重に判断してみるのもいいでしょう。

(2026年5月号掲載)

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