<<THE 遺言書 ~遺言書を使いこなす~>>
第1回 悲劇を未然に防ぐ遺言書
相続を巡るトラブルは、家族・親族を仲たがいさせ、また大切な資産を失う結果にもなる。そうした“争続”を避ける有効な手だての1つが「遺言書」の作成だ。遺言書の作成は、争いの種となる恐れがある遺産分割を円滑に進行させられるという意味から、スムーズな相続を実現させるための有効な手段となる。今回から3回に分けて、遺言書の重要性、作り方、作成にあたっての思わぬ落とし穴について紹介していく。
遺言書の作成率が低く争続は増加
遺産分割の審判・調停数 2020年から右肩上がり
今、日本国内で相続争いが増えてきている。
最高裁判所事務総局の「裁判の迅速化に係る検証に関する報告書(第11回)」によると、家庭裁判所における遺産分割の審判と調停の合計件数は、近年、増加傾向にある。
2012年から19年まで、1万5000件台で推移していたものの、20年に一度減少。それ以降は右肩上がりとなり、24年は1万9550件となった(グラフ参照)。

件数増加の背景には、高齢化が進み、死亡者数が増えることで相続発生件数自体が増えていることもある。ただ、そのほかの大きな要因の1つとして考えられるのが、遺言書が準備されていないことだ。24年には日本の死亡者数が160万人を超えている。そのような中、公正証書遺言の作成数は、自筆証書遺言に関する19年のルールの緩和、20年の保管制度の開始によっていったん下がったものの年々増加。しかし、過去最多の24年でも12万8000件程度(上記グラフ参照)と、作成率は10%に満たず、富裕層であっても決して多くないといわれているのだ。
相続人確定・遺産調査に数カ月かかる場合も多い
ここで、遺言書が用意されていない場合の相続について、大まかな流れを押さえておく。
仮に父親が亡くなった場合を想定する。
①まずは死亡届を役所に提出しなければならない。併せて火葬の許可申請を行い、健康保険の資格喪失の手続きや父親が年金受給者であれば年金受給を停止する手続きが必要だ。
②次に相続人(亡くなった父親の遺産を受け継ぐ権利を持つ人)を確定させる。父親が生まれてから死亡するまでの戸籍謄本を調べて、誰が法定相続人であるかをきちんと確認する必要がある。現在の配偶者や子に加えて、前妻との間に子がいれば相続人になる。
③次いで遺産の把握。財産だけではなく負債も含めて調べなければならない。
④続いて遺産分けの話し合いである遺産分割協議が待っている。相続人全員が参加して、誰がどの遺産を受け継ぐのかを決めるもので、相続のヤマ場となる。遺産の分割には相続人全員の同意が必要だが、遺産分割協議で相続人の間で意見が対立し、もめ事に発展するケースが多い。
⑤無事に協議がまとまれば、その内容に沿って遺産分割協議書を作成し、遺産の名義変更、相続税の申告へと移っていく。
仮に相続人側が相続について事前に何も準備しておらず、父親の遺産の内容を把握していなかったり、誰が相続人であるかを調べていなかったりしたとしよう。
その場合は葬儀と併せて①の手続きを慌ただしく済ませた後、②と③に一から取りかかる必要がある。②では戸籍謄本の取り寄せで役所に行ったり、③では預金や不動産登記を調べるために金融機関や法務局を回る。すると、あっという間に3~4カ月がたつことも珍しくない。さらに、④の遺産分割協議は、幸いにして1回で済む場合であっても実施準備から終了するまでに数カ月を要することがある。だが、実際には簡単に協議は成立せず、複数回行われるケースが多いだろう。さらにもめ出せば収拾がつかなくなり、なおさら長期化する恐れが出てくる。

遺言書の作成でトラブル回避 遺産分割協議を不要にする
一方で、遺言書が作成されていれば、②と③に一から取りかかる必要がない。遺言書には、被相続人がどの遺産を誰に相続させるかが明記されるからだ。
さらに大きなメリットが④の遺産分割協議を極力減らせることだ。
相続人全員が遺言書の内容に納得すれば、遺言書の内容に沿って遺産分けが行われるため、⑤の名義変更、申告へとスムーズに進むことができる。遺産分割協議がなければ、相続人の間でもめて相続争いに発展することを防ぐことが可能だ。
もちろん、これは残されていた遺言書の内容や、遺言書の表記と手続きが正しく取られていることが条件(※詳細は7月号で解説)となるが、まず間違いなくいえるのは、遺言書があれば相続人にかかる手間やトラブルは大幅に縮小されるということ。反対に、相続争いが起きる原因のほとんどは遺言書がないことに起因するともいえる。
こじれると怖い遺産分割協議
均分相続が争いの火種になる きょうだい間でのトラブル
遺言書がない場合のリスクについて見ていく。
最も懸念されるのは、遺産分割協議がこじれることだ。
元々、日本の相続制度においては長男が一切の財産を相続する「家督相続」が採られていた。それが1948年に施行された新民法によって、「均分相続」に変わった。
均分相続とは、同じ相続順位の中に複数の相続人がいた場合(子が複数、きょうだいが複数いた場合)に、平等に分けるという考え方。実はこの均分相続が、相続争いの火種になることが多い。遺留分(特定の相続人が持っている最低限の相続の取り分)を請求されることもある。
高齢化が進んだ現代の日本で、相続を控えている人たちの生活スタイルをイメージすると、火種となるのが想像しやすい。
親世代が80~90代まで長生きすることも珍しくないため、その子どもたちは相続が発生する時期にすでに50~60代を迎えているケースが増えてきた。実家を離れている人も多いだろう。
親が元気なうちはいいが、介護が必要になればどうだろうか。例えば子が複数人いた場合、実家に近い誰かが親の面倒を見ることもあるだろう。中には一緒に実家に住んで介護をする人もいるのではないか。反対に実家から遠い人は、頻繁に、また直接的に親の面倒を見ることは難しくなる。
このように、親の介護において子どもたちきょうだい間に負担の差がある場合、均分相続によって遺産を平等に分けるとなると、納得がいかないと思う人が出てくる。
例えば「私は介護で大変だったのに、何もしていない弟と遺産が同等だなんて納得できない」という気持ちが生じてしまい、それがひいては争いにつながってしまうのだ。
一次相続が成功しても注意 二次相続がもめやすい
ちなみに、両親のうち片方の親が亡くなって配偶者と子で相続する「一次相続」と、その配偶者が亡くなり、子が相続する「二次相続」とでは、二次相続のほうがよりもめやすい。

一次相続と二次相続の違いを見ると理由がわかる。まずは片方の親である配偶者の存在。一次相続では配偶者が子ども同士の言い分の調整役や主張がぶつかり合った際の緩衝材の役になることが多い。また子どもたちにしても、自身の主張を通すより「母さん(父さん)がたくさん受け継いで」という気持ちが起きやすい。一方で二次相続では、配偶者の存在がないため、子ども同士で主張を直接ぶつけ合うことになる。
次に相続税の負担と、それに伴う手取りの差が挙げられる。一次相続には配偶者控除があるほか、配偶者がいる分二次相続に比べて法定相続人の数が多いために基礎控除額も増える。反対に二次相続では配偶者がいないために配偶者控除は受けられず、基礎控除額も減るために相続税額が増え、手取りが減る傾向にあるのだ。
また二次相続では、そもそも受け継ぐ遺産が一次相続に比べて減る場合もある。これらのために、子ども同士でより主張がぶつかりやすくなる。
資産が多くないから争いは起きないは間違い
「遺産分割協議でもめるのは、遺産がたくさんある資産家に限ったこと」と思われがちだが、これが意外とそうでもない。
最高裁判所事務総局「令和6年司法統計年報」によれば、遺産分割事件のうち認容・調停成立件数を遺産の価額別に見ると、5000万円以下が約8割を占める。反対に5億円超は0・6%に過ぎない。

ここで、母親から二次相続をする兄弟2人の例を挙げる。
相続額が4000万円だったとすると、兄と弟で2000万円ずつ相続する。ただ、兄は母親を10年間介護してきた。その貢献を2000万円の遺産で考えると、1年分は200万円。365日で割ると1日あたり5500円ほどだ。
これが相続額が2億円だったとする。母親を10年間介護した兄は1億円を相続する。弟も同じ1億円を相続するので不満があるだろうが、2000万円を相続する場合と比べて、受け止め方も違ってくるのではないか。
反対に遺産額が少なければ、限られた遺産に対して、納得がいかない気持ちが強くなるだろう。
迫るタイムリミット 資産価値が下がるリスク
実際に、遺産分割協議がこじれるとどういった影響が出てくるのか。
1つ目は、相続税の申告・納税期限を守れない恐れが出てくる。相続税の申告と納税期限は、被相続人が死亡したことを知った日の翌日から10カ月以内だ。
相続について何も準備をしていなかった場合、前述したように相続人の確定と遺産の把握を一からしなければならないが、あっという間に数カ月が過ぎてしまうことが多い。すると残りの数カ月で遺産分割協議を終わらせなければならず、こじれると期限順守のハードルが高くなる。
もしも協議がまとまらずに申告期限を過ぎてしまうと、無申告加算税(15~30%)や延滞税(日割り計算)を別途納めなければならない。また相続税の配偶者控除や小規模宅地等の特例も受けられなくなる。
これらを回避するためには、協議がまとまっていなくても、いったんは法定相続分の案分で相続税を納める方法がある。この際に「申告期限後3年以内の分割見込書」を提出しておけば、3年以内に協議がまとまって申告を済ませると、配偶者控除や小規模宅地等の特例が適用される。
このほかにも相続の手続きにはいくつか期限が設けられているので注意が必要だ。例えば、2024年から義務化された相続登記は、相続で不動産を取得したのを知ってから3年以内の登記申請が必要となる。また被相続人が死亡してから10年が過ぎると、特別受益や寄与分の主張ができなくなる。
そもそも協議がまとまらないと、相続人への名義変更ができないために、遺産の預貯金や金融資産、不動産を動かしにくいというデメリットがある。
不動産であれば、協議がまとまらないうちは、相続人全員の共有となる。現金化のための売却はもちろん、築年数がたっている物件で老朽化の進行を防ぐための大規模改修などにも全員の同意が必要で、迅速に対応できない。協議が長引けば長引くほど、遺産の資産価値が減っていくリスクが高まるのだ。
遺言書作成には適齢期がある
「健康」は平均寿命の10年前まで遺言能力あるうちの作成が重要
ここまで遺言書がない場合のリスクについて見てきたが、それでは遺言書はいつ用意すべきなのか。
「自分は長生きしそうだからまだ大丈夫」と思っていると危うい。注目すべきは日本人の平均寿命と健康寿命の関係だ。
内閣府の「令和6年版高齢社会白書」によると、19年のデータで男性の平均寿命は81・41歳、健康寿命は72・68歳。女性の平均寿命は87・45歳、健康寿命は75・38歳だ。男性、女性いずれも平均寿命と健康寿命に約10年の差がある。

特に注意したいのが認知症だ。「政府広報オンライン」によれば、65歳以上を対象にした22年度の国の調査の推計では、認知症の人の割合は約12%。軽度認知障害の人の割合は約16%とされ、合わせると3人に1人が認知機能に関わる症状があることになる。
民法の規定で、遺言書の作成には、作成者に遺言(意思)能力がなければならない。遺言能力が認められない遺言書は無効となるのだ。
認知機能に関わる症状がある人が作成した遺言書が直ちに無効になるわけではなく、あくまで作成者本人に遺言能力があるかどうかが基準となる。しかしながら、遺言書が有効かどうかという点は、相続争いの中でも争点になるので注意が必要だ。健康で認知機能に問題がないうちに作成を検討したほうがいいだろう。
(2026年6月号掲載)
◆7月号(第2回)
ゼロから学ぶ遺言書の作り方
・自分で書くかプロに頼むか
・必ず文書で作成。すべて手書きでなくてもOK
・自筆証書遺言で起きがちな失敗例
◆8月号(第3回)
遺言書作成の思わぬ落とし穴
・遺言書=万能ではない
・やってはいけない共有とは
・”感情”面のサポートが大切

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