新連載 なぜ地主は「リア王」を読むべきなのか?

名作に学ぶ

<<名作に学ぶ地主と相続>>

第1回 今月の作品「リア王」
なぜ地主は「リア王」を読むべきなのか?

相続のもめ事は昔も今も同じ

 ある夏の暑い日、その地域で有名な、とある地主一家の相続を手伝っていた時のことです。父親が亡くなり、母親と子ども4人が相続人。財産は農地と賃貸物件。納税猶予を受けられる農地も多く、遺産分割がポイントでした。協議は順調に進んでいたと思いきや、家族を前にした報告の場で突然こんな声が出てきました。

 「うーん、やっぱり〇ちゃんだけなんかずるい! 私も欲しい!」

 その声の主は、会社員の家庭に嫁いでいる次女。〇ちゃんは末っ子の長男で、農業にも賃貸経営にも精を出す跡取りであり、父親にとてもかわいがられてきました。

 長女も「我慢していたけれど、ここは私がもらうわ。お金じゃなくて気持ちの問題よ」
 三女も「そもそも今までが不公平すぎる。お父さんの考え方は理不尽」

 そこからは、さまざまな遺産分割パターンを選択肢として並べ、数字の勘定だけでなく全員の感情が収まるように整理。最後には、それまでじっと黙っていた高齢の母親からの鶴の一声「あなたたち、いいかげんにしなさい!」も功を奏し、なんとか収まりました。その後、末っ子である長男に聞いてみました。

 「亡くなったお父さんはどんな人だったのですか?」
 「典型的なワンマンで、父の言うことは絶対に近かった。自分に忠実であることを求めていて、子どもに対してもうわべだけを見ていた気がする」

 私はこの時、失礼ながらも学生の頃読んだ「リア王」を思い浮かべました。

シェイクスピア全集5 リア王 著者:シェイクスピア 訳者:松岡和子  出版社:筑摩書房

被相続人によって試される愛情

 「リア王」は、シェイクスピアによって書かれた4大悲劇の1つとして有名な古典です。登場人物は、イギリスを長年治めてきた年老いたリア王とその3人の娘たち。

 リア王は元気なうちに王国を3人の娘に配分しようと考えます。そこで「誰が最も自分を愛しているか。それを配分において考慮したい」と言ってしまうのです。長女と次女は心にもない愛情を雄弁に語り、正直な三女コーディリアはそれを拒み「(贈与を引き出すような感謝の言葉は)何もない」と言います。その結果、王は最も誠実な娘を遠ざけ、聞こえのいい言葉を並べる長女・次女に権限を渡します。しかし案の定、2人に裏切られてしまいます。三女とは最後に和解するものの、父も三女も命を落とすという悲劇に至ります。

 人のうわべしか見ていないリア王にももちろん一種の「罪」がありましたが、三女コーディリアの言葉も父の不安に正しく寄り添っていませんでした。誠実さと承継の場における配慮は必ずしも同じではなかったという意味で、三女にもいわば「相続的な罪」があったわけです。

 冒頭の私のお客さまであった地主の父親は、決して「自分への愛情を言え」とまで露骨に求めてはいなかったものの、無言のうちにそれをにじませていたようです。忠実な姿勢を見せる末っ子の長男を、とりわけかわいがっており、それが姉たちにとっては面白くなかった。父親が元気なうちはよかったものの、晩年体が弱ってくると、姉たちには介護や優しさを求める一方で、土地の分割における不公平感への配慮が欠けていたため、それが「ずるい」「理不尽」という言葉につながったと思われます。もちろん長男が土地を引き継ぐ代わりに支払った代償金もあったわけですが、農地に関する資金繰りには厳しい問題もあり、その金額設定を巡って感情が噴出したわけです。

 また「リア王」にはグロスター伯爵というリア王の側近の物語も傍流として描かれています。グロスター伯爵には嫡出子と非嫡出子がいました。非嫡出子は嫡出子をねたみ、父親をも恨み、反逆します。最終的には失敗に終わりますが、その影響で誠実な三女コーディリアは殺されてしまいます。

 現実の世界でも、このような複雑な家族構成は相続問題を引き起こしやすいです。しかし、決して家族構成や立場上の優劣だけが理由になるわけではありません。

 人は、損をするから争うのではありません。自分を軽んじられたと感じたときに、争いは生まれるのです。「リア王」でも、非嫡出子という立場への配慮を欠いたグロスター伯爵の言動が物語の発端として描かれています。このような無配慮が相続争いの直接的な引き金になることも多いのです。

承継における典型的な失敗を400年前に描いている

感情を整理する人がポイント

 では、どうすればいいのでしょうか。ワンマンな父親がマインドセットを改めるのは至難の業です。そんなとき、一次相続であれば母親が重要な役割を担います。夫と長年連れ添って苦労して家を守ってきた自負もあり、力関係はあるにせよ、夫にしっかりものを言える立場もあるでしょう。そして子どもたちをまとめることができるのも母親です。

 「リア王」では母親(王妃)がほぼ描かれていません。先に亡くなってしまったのか離婚して家を出て行ってしまったのか。いずれにせよ母親不在によって父親の翻訳ができなくなり、生前贈与は失敗に終わりました。

 では、母親がいない場合はどうすればいいのでしょうか? その場合でも、その役割を担う存在を親族内外で見つけることが重要です。例えば相続の専門家もまた、単に財産を整理するだけでなく、家族の言葉にならない不安や感情を翻訳する役割を担うことができます。そのような「母」的役割を担う存在を見いだすことが、承継の成否を分けることもあります。

 「リア王」は単なる悲劇ではありません。地主の承継における典型的な失敗の構造を、400年前に描いた作品です。相続は制度や税務の問題である前に、言葉と関係の問題でもある。そのことをこの作品は静かに教えています。地主の承継とは、土地の承継である前に、関係の承継なのです。


税理士法人レガシィ(東京都中央区)

天野大輔代表社員税理士・公認会計士

慶応義塾大学大学院文学研究科修了。2015年、税理士法人レガシィへ入社。相続実務、事業承継・M&A(合併・買収)コンサルティング、デジタルサービス企画・開発に従事。21年、グループ代表に就任。

 

(2026年7月号掲載)

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