次世代に向けた不動産経営の取り組み
不動産業界において大きな変化が起こりつつある中、「不動産オーナー井戸端ミーティング」を主宰する吉原勝己オーナー(福岡市)が中心となり、「共感不動産」という新たな経営コンセプトを通して、貸し手と借り手、そして地域にとって「三方よし」となる、持続的でブランディングされた不動産経営を目指す勉強会を有志で開催。その第2弾として開催中の連続セミナーの講演内容を5回にわたりレポートする。
第4講:神戸のアパートから、「住まい手の健康を守るためのリノベーション の社会的意義と効用」 を考える
オーガニックアパート研究所
研究員 柳田 徹郎氏(兵庫県西宮市)
体を気遣う人にとって「オーガニック野菜」という選択肢があるように、賃貸物件にも「オーガニックアパート」があるべきだと考え、その実現に取り組む。自身が化学物質過敏症患者であることから物件、工法の良しあしを体感的に判定できるほか、計測器を用いた定量評価も行い客観的な指標の策定に挑む。また、より安全な環境規制の施行により「本質的な少子化対策・子育て支援」を目指す「環境規制特区」の構想についても検討を進める。
不動産業界に豊かさという指標を
不動産業界は、収益性を重視する人が多く集まる業界だと思われがちです。効率よく物件を売り上げることが求められるため、スクラップ・アンド・ビルドが進む過程で価値のある経年建物が、経済性がないという理由で犠牲になることがあります。それにより、地域の産業やコミュニティーが損なわれることもあるでしょう。しかし、これからの持続可能な都市開発を考えると、「豊かさ」という軸を持つことも重要ではないかと考えられています。
具体的には、古いビルを大切にする、地域文化を反映した開発を行う、場のデザインを通じてコミュニティーを育むといった取り組みです。これらの取り組みは、短期的には収益性が低いように見えるかもしれません。しかし、実は持続可能性を高め、長期的には高い収益性をもたらす可能性を秘めています。
不動産業界が、収益性の追求のために多用することになった廉価の化学製品は、安全性や健康という、本来最も大切にしなければならないものを犠牲にしてきました。この問題を解決し、健康という豊かさを価値に変える手法として取り組んでいるのが、「オーガニックアパート」と「安全性のデザイン」です。
化学物質過敏症は人ごとではない
私は化学物質過敏症を抱える患者の一人です。私の場合、例えば殺虫剤にさらされると、声は耳に届くものの、その意味が理解できなくなることがあります。このような症状を含むさまざまな作用が、外部から来た影響であることを客観的に理解し、冷静に対処できる人はまれです。多くの人はその発症因子が生活環境にあることに気付かずに苦しんでいます。そのような人々に気付きを与え、適切に生活できる環境を提供することが大切だと思います。
いったん発症してしまった後に化学物質に囲まれた生活を続けると、回復の見込みはほとんどないのです。しかし、市場にはオーガニックな食品はあるものの、オーガニックな住環境を提供する賃貸住宅はほとんどありません。この問題は化学物質過敏症を持つ人だけでなく、意外に多くの人に影響を与えていると考えます。例えば、花粉症の悪化や発達障害の原因として、農薬やビニールクロスなどの化学物質を指摘する声があります。
体の許容量を超えると、深刻な健康問題を引き起こしかねません。花粉症のように誰もが発症する可能性があるほか、さらに厄介なのは、異なる疾患と間違えられやすいことです。多様な症状が現れるため、医師が一つの症状だけを見てしまうと誤った診断をされがちです。例えば、自律神経失調症、うつ病、注意欠陥多動性障害(ADHD)などと診断されることがありますが、これらの治療法で対処しても根本的な解決にはなりません。実際には、化学物質を避ける必要があるからです。このため、化学物質による影響を受けている人はかなり多いのではないかと考えられています。
大家は誰かの人生を変える可能性を持っている
引っ越しを機に化学物質過敏症に罹患し、その後の人生が大きく変わってしまったというケースも多数報告されています。基本的に入居者と大家の利益は相反する構造になっているため、大家は期せずして入居者の人生を変えてしまう可能性を持っているともいえます。例えば、管理会社は化学製品を使用することでメンテナンスの負担を少なくします。リフォーム事業者やクリーニング事業者も、化学製品を使用して短期間で作業を行い、効率的に利益を上げようとします。このように、産業全体が化学製品に依存したシステムをつくり上げているのです。それは、効率と利益を追求することで、健康や環境への配慮が二の次になってしまうシステムといえます。このシステムから脱却して、入居者の健康を守るためには、大家の能動的な意識改革と取り組みが必要になってくるのです。
■建材、施工性、保守性の評価、検証
▲建材や施工方法などを試験し、客観的に評価したデータを分析・蓄積することで、施工の選択肢を広げる
健康や環境への配慮が持続可能な豊かさを生む
私が取り組みたいのは、「オーガニックアパート研究所」というプロジェクトです。意志ある大家たちが良質な部屋つくりを行えるように不安要素を解消し、その実施を後押しすることが目的です。また、将来の世代を化学物質由来の健康リスクから守り、持続可能な社会づくりに貢献することを目指しています。研究所で実現したいのは、従来の利益追求のシステムから脱却し、真に豊かさを追求する各プレーヤーが協力して、良質な住環境を創造していく新しいサイクルを確立することです。
具体的には、実験室でさまざまな素材の試験をし、良いものを現場で採用することなどを行っています。環境に優しい住環境づくりのための「メニュー」を開発し、PDCA(計画・実行・評価・改善)サイクルを回していくことで、持続可能な社会づくりに貢献していく計画です。大家がすぐにできることとしては、より環境に優しい壁紙や床材の選択をするといった、小さな一歩からでも始めていくことが重要です。理解のある仲間たちの協力を得て、入居者にとってのより安全な選択肢が広まることを期待しています。
(2024年7月号掲載)
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